今日の一枚 part

My style,My life 〜心に響く写真を、心に残る何かを。

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「私の男」読了





「私の男」
小説を読了し、映画を観了した。
 
小説では、現在から過去へ
映画では、現在から未来へと話が進む。
 
小説では、進むごとに次々と新しい事実がわかり、二人の理解を深めていくというものだけれど、
映画では、進むごとに二人の関係性や心の移り変わり、そして花の成長を感じる。
 
淳悟が花を振り回したのか
花が淳悟を振り回したのか
それは結局のところわからない。
 
小説では、淳悟がその切欠を作り、子供だった花はそれに洗脳されたように描かれているが
映画では、花が淳悟の欠損部分に気付き、それを埋めるために自らを差し出し骨抜きにしたように感じる。
 
淳悟は母に愛された記憶がなく、花は父に愛された記憶がない。
それぞれ家族観に対して欠損したものを持った者同士が出会い、
そのぽっかりした穴を埋めるようにお互いを必要とし、
愛情の確認や表現方法が、【交わる】ということだった。それだけ。
 
小説は生々しい描写が多いけれど、
映像は、雪の大地や二階堂ふみの演技力のためか、非常に美しかった。
 
映画の結末では、花は妖艶な大人の女性になり、淳悟はボロボロの生きる屍になった。
見つめ合うふたり。その時に一瞬リピートされる、若き日のふたり。
無垢な花はまっすぐ淳悟を信頼し、淳悟は花を大切に大切に思っていた頃の。
それは、とてもキラキラして輝いていた、日々の記憶。
 
このキラキラとした日々は、実の親子であるという真実と、
それを隠すための殺人という後ろめたい行動によって、形を変え損なわれていった。
 
もしも二人が、16という年齢差があったにせよ、
赤の他人であり、普通に出会い、普通に恋愛した二人だったなら、
このキラキラした日々をずっと維持することができただろう。
 
禁断の愛、なんて、私にはわからないし共感することもできない。
けれどわかることがただひとつあった。
それは、相手を想う気持ちだ。
 
淳悟にとてもとても大切にされることの嬉しさと温かさとくすぐったさ
淳悟をまっすぐ心から信頼し、大好きで大好きでたまらないという気持ち。
 
それが、私には、わかる。
まさに、旦那に抱いている気持ちがそれだからだ。
 
彼の隣は温かくて安心できる場所で、大好きで好きで好きでたまらなくて
ずっと一緒にいることを疑わなくて、くっついてたくて、
1mmもこの人が自分から離れていくなんてこと想像できなくて。
 
そういう存在の人と、みんなから祝福される形で結婚し
何も後ろめたいものもなく同じ時間を紡いでいけること。
そのことを幸せに思った。
 
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2012年を振り返って



大晦日の朝、ふと目が覚めると、心臓がものすごい早さで鼓動して胸が苦しい。

嫌な夢でも見てたのだろうか。
いつも映画のように明瞭な夢を見る私なのに、そんな時に限って覚えてない。

けれど最近同じように苦しい目覚めを繰り返していることは自覚している。
そうか、今年は、そのとおり苦しい一年だったのかもしれない、とふと思う。



 
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「レ・ミゼラブル」



エンディングロールが終わり、館内が照明で照らされたあと、どこからともなく拍手が沸き起こった。それは拍手を送りたくなるほど、本当に素晴らしい映画だった。


恥ずかしながら、そのタイトルは聞いたことあれど、ミュージカルを見たことはこれまで一度もなかったし、ゆえにストーリーもよく知らなかった。
だから物語が進むごとに、バルジャンと幼いコゼットは、これからどんな数奇な運命に巻き込まれて行くのか、ハラハラドキドキしながら見ていた。不安になったり安心したり、執念深く付きまとうジャベールに心の中で舌打ちしたり、とにかく常に緊張感の中にいるのだけど、逃亡と革命という二つの物語が交わり、胸の高まりもいよいよ最高潮に達していく。そして胸の中にこれ以上はもう入らないよーっていうくらいにパンパンに感情が詰まった状態のまま、物語は幕を閉じる。

うまくいえない。一言じゃ言えない。正義、愛情、信念、希望、友情、、、なんでこんなに感動するんだろうと振り返ったとき、そこにはあらゆる種類の美しい感情が詰まっているからなんだと思った。悪役はいても、悪人はいない。

思い返せば印象深いシーンはたくさんあるのだけど、ふと感じたのは、憎しみの中で生きてきたジャベールの人生に彩りがさしたのは、コゼットへの愛なんだなぁと。生きる希望はコゼットなんだなぁと。いつだって感動する物語には、愛がある。逆にいえば、愛なくして心の琴線に触れる物語はなしえない。

うーん、文章にすると当たり前のことなんだけど、コゼットをテナルディエから引き取り立ち去る馬車のシーンで実感したんだよね。それまで灰色のフィルターがかかったような画面に、あ、色がさした、と。

何かを守りたいという愛情。
何かを変えたいという大志。
何かを貫くという信念。
何かを信じるという祈り。
何かを許すという慈愛。

まぁ、もう見てよ。(笑)
それがここでダラダラと語るよりも、一番早く共有できる手段だから。

ただいえるのは、
最後は、誰かに対する憎しみの中で死ぬよりも、
誰かに対する愛情の中で死にたいと思った。





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「どうしようもないほどうるさくて、ありえないほど近い」


osuka



子供の頃、"親に見られたくない何か"を隠し持っていた人は結構多いのではないだろうか。

 
私はというと、確か日記をつけていたように思う。

他には幼いながらに夢見ていたものがあり、それを知られるのが恥ずかしくて、こっそり集めた纏わる資料などをタンスの奥の方だったり、あるいは意識しなければ気付かないであろう本棚の隙間に忍ばせておいたように記憶している。

 
「きっと、ママは知らないはず」

 
自分が隠した場所は、当然見つからないと確信している場所を選ぶわけで、幼い私はそんな自信を持っていた。

これは誰も知らない私だけの秘密であると。

 
けれど大人になってから振り返れば、あの頃は限りなく世界が狭かったなぁと思い出す。自分の生活するスペースや行動範囲なんてたかが知れていたし、お金を持たない分、所有する物だって限りある。それは大人になった自分から見れば、小さい小さい世界。そんな小さい世界の中のどこに何があるかなんて、大人からすれば手のひらを眺めるように容易いものだろう。



 


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絶望からの向日葵

 
himawari


  
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きっといつかどこかで誰かに

 tubaki


 
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鼻と鼻を突き合わせて

 


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ちっぽけな空

01 


もし自分から見える空がちっぽけだなって思うなら、
そこから動かなきゃ変わらない。

沢山のしがらみや思い込みで自分を囲っていたら
そりゃ大きな空も小さくなるよね。
無限の可能性も有限になるよね。

そこから見える空はがんじがらめになった自分の空。
だから、一歩、二歩進んでみれば、きっと空は広がるはず。

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写真展を開催します。[10.31-11.12]

work 

ずいぶん久しぶりになってしまいましたが、
今度通っているワークショップのメンバーと一緒に写真展を開催することになりました。

■日程:10月31日(月)〜11月12日(土) 
■時間:10時〜19時 (日祝日休廊)
■会場:NADAR(ナダール) 
     http://nadar.jp/tokyo/info/access.html
■交通:渋谷駅徒歩6分
※opening party11/5

全てフィルムで撮った写真を各自が暗室でプリントした写真です。
個性豊かな写真たちが見れますので、ぜひ遊びにきてくださいね。

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その、刹那。



人を好きになるのに理由なんてないように、
何かをやりたいと思う事にも
理由なんてないんじゃないかと思う。

大人になると、やりたいと発言するのにも、そこに建設的な理由や、将来につながる見通しがないと認められないところがある。

だから”やりたい”を言うために、後付けで色々な理由を考えることになる。そしてその理由に矛盾なく筋道をたてるために、やりたい事自体も少しだけ形を変えなければならなかったりする。

結果、何を聞かれても答えられるロジックは組めたし、立派な大義名分を振りかざす事はできた。
だけど答えながらも自問自答してる。『本当にそれがしたいんだっけ?』と。
周りの大人は誤魔化せても、自分の気持ちは誤魔化しきれない。


もう、繕わないで、衝動に素直に生きよう。
それが結果的に周囲の大人から見て、刹那的だと言われようが、私はもう人生を迂闊に踏み外すようなステージにはいないのだから。

将来の事ばかりを考え、保守的になっても、人生は計画通りになんてならなかったし、結果やれなかったことへの悔恨だけが残ったのだから。

過去の自分には感謝してるよ。
手堅く地道に生きてきてくれたから、今の私がいるし、道を踏み外さずに衝動的に行動できる余裕もあるのだと思う。だから。



人を好きになるのに理由なんてないように、何かをやりたいと思う事にも理由なんてない。

だから、せいいっぱい”刹那的に”生きるんだ。




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自由というもの






夜風が気持ちいい。
このまま遠くに行きたいなぁ…。

お金はある。
携帯電話もある。
どこかへ辿り着くために判断できる頭もある。
日本のどこに何があるかの知識だってある。

だからすぐそこの電車やバスに飛び乗って行ってしまう事だってできるのに、実際の私はそれをしない事がわかっている。

なぜなら、明日も会社に行かなければならないからだ。

そんな無責任な事はできない、ともう一人の自分が残念そうに言う。
いつも彼女は残念そうで、どこか悲しげだ。

かつての私は、もっと自由だった。
もっと若い頃、行きたいと思った時に行動に移せる自由があった。

けれどそんな自由があった頃にはしなくて、なくなった頃に行きたくなる。
つまり自由な時間はあったけれど実際には自由に生きてはいなかったのだ。
ただ言えるのは、あの頃はいつだってすぐ自由になれる切符を手にしていたってこと。


って思ったけど、
本当のところは今だって自由なんだろうな。
いつか振り返ったときにそうわかる時がくるんだろう。

今は会社に縛られてると思うように、
あの頃は学校に縛られてると思ったり、
さらに幼い頃であればそれが親だったりしただけで、
これからもその存在は形を変え私とともにあり続けるんだろう。
それが生活になったり、子供になったり、そしてまた親になったりするだけで。

だけど後になって振り返ると、それは今よりも自由だったと感じる。
つまり結局縛ってるのは環境じゃなくて、自分なんだ。
自分の中の恐怖だったり、責任感だったり、義務感だったり、あるいは単に気力だったり。

そしていつか、自分の体の自由がきかなくなる時がきたときに、それらさえもとんでもなく自由だったと感じるんだろう。

いつだって自由に生きる切符を持っている、わたしたちは。
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左の谷、右の山。

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20110502_canbodia



それは違う。

それは環境のせいじゃなくて、
全てを環境のせいにしてきた自分のせいだ。

強く、まっすぐであれば、それは乗り越えられたはずだし、
君の現在はもっと違ったはずなのに。

それは環境のせいじゃなくて、
単に自分が環境に負けたんだ。




写真は、canbodiaのPre Rupから見た夕日。




 

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FLOWER6_日常の尊さ

20110313_flower


前から時々自分を戒めていたことだけど、日常の尊さって忘れてしまいがち。

ある意味では今回の件で、当り前のように生活できることがどれだけ奇跡的なことだったかを実感した人も多いんじゃないかと思う。
私も、いつもは会社に行くのがめんどくさいなぁと思っていたのだけれど、今日、普通にみんなが働いているオフィスに来てすごく安心した。

長い間平和が続き、物が豊かになって、不便なことがなくなって、全てが事前に用意されている時代になった筈なのに、一方で現代病と言われる心の病を抱える人が多く、生きる意味がわからないと閉じこもる若者が多かった。
ポジティブな方向よりもネガティブな方向へ走る人も多く、足の引っ張り合い、批判、イジメなどをよく聞くようになった。
平和ボケ、とも言われてたっけ。

けれど今回の件で、何かしらの刺激だったり気付きだったりを得た人は多いんじゃないかと思う。
足を引っ張り合うんじゃなくて団結し合う。批判し合うんじゃなくて頑張りを感謝する。イジメるんじゃなくて励まし合い助け合う。

命の危機にさらされたとき、人はもっと強くなる。ならざるをえないんだと思う。
心を開いて受け止めて、次の試練に対応する準備をする。

今日という日が、明日へと続くだけのただの過程ではなく、
今日という日が、神から与えられた贈り物なんだと思える。

それから、大切な人の存在って忘れがち。
戦争時代は「次」なんてなかった。「今」しかなかった。
伝えたい事はその時に伝えなければならなかったし、今一緒に笑い合える事がとても有難いことだった。

今回はとても大変な事が起こったけれど、これを乗り越えたとき、人々の意識がいい方向へ変わっていくんじゃないかと思う。そしてそれは、低迷気味だった日本という国自体が、いい方向へ変わっていくということでもある。そう、信じたい。


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FLOWER6_だから際立って見えるものがあった。



明日があると思ったときには意識しなかったもの。
明日がないかもしれないと思ったときに意識したもの。
それはなに?

きっと、それが一番大切なもの。

大事な人は?
伝えたいことは?
やり残したことは?
想いは?

全てが流され辺り一面は色を失った。
だから際立って見えるものがあった。

それが一番大切なもの。
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HEART2_絆




気付かなかった絆に気付くとき。

きっとココロは暖かくなってるはず。


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HEART1_みんなもってる



クールでなに考えてるかわからないあの人も、
ちょっとぎこちなかったあの人も、
いつも意見が対立してたあの人も、
一緒に泣いて、一緒に心配して、一緒に頑張って、
そして、手に手を取り一緒に笑い合う日がくる。

ココロがひとつになった日は、
あの日だったねと、言える日がくるさ。

みんながもってたハートに触れる日。
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FLOWER5_同じ方向




みんなが同じものを見て、

みんなが同じゴールを目指して、

みんなが同じ方向に歩いていく。


そんな感覚に、鳥肌が立つ。




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FLOWER4_いろんな色




いろんな色が集まって、まとまって、
ひとつの美しい花ができる。

何枚も何枚も重なれば、
そのぶん大きく美しい花が咲く。

咲かせられる。
こころを合わせれば。

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FLOWER3_ここに咲く白い花




無抵抗な たくさんの花が流され、
ここには たくさんの花が残っている。

のびのびと育ったコスモス、
水路にそっと生きていた名もない小さな白い花。
志津川に咲いていた花とともに、
そこに残る思い出や生活も流された。

ここに咲く白い花は、
いつものように歩く人々を
いつものように見上げていた。

また来年も、花開け。
再来年も、そのまた次も。

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FLOWER2_希望の花

20110312_flower



今日、花を撮ろうと思った。

花を撮りに外へ行こう。
いま咲いているたくさんの花を撮って、アップしていこうと思った。
ここには今もまだ咲いているんだから。

そして何枚か撮ったときに空を見上げると、
電柱に括られた造花が目に入った。

あれも花だ。

そう思ってシャッターを切ったけれど、
強い逆光で影になっちゃうなと思った。

そして撮った一枚を見てみると、そこには
太陽の光が、花のように写っていた。
光がつくる花。

根拠なんかない。
けど、希望を感じた。




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FLOWER1_チカラへ




別れを嘆き、悲しみ、
そしてそれを力に変えよう。

きっとできるよ。。
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東日本大地震で見る希望




3月11日金曜日14:46
私はオフィスで仕事をしていました。

地震はよくあるもの、と認識していたので最初は普通に仕事をしていましたが、その尋常じゃない揺れ、長さに只事ではないと思い、机の下に隠れた。
小学生の頃に教えられて以来、訓練以外で机の下に入ったのは初めてだったと思う。

オフィスの階段の壁には、大きなヒビが入っていました。驚いた。これはいつもの地震ではないと、それを見て改めて実感したのです。

一度帰宅難民になり、やっと家に帰り着いたのは翌日になってのこと。それからはつい状況を知りたくてテレビをつけるのですが、悲惨な映像、そして原発の説明が繰り返され、ずっとみているとなんだか憂鬱になってくる。

帰宅難民になっていた頃は、スマートフォンだけが情報源だった。TwitterやFACEBOOKは以前からやっていたので、主にそれらから情報を収集していた。そしていまテレビを見ていて思うのは、テレビよりもそこからの情報の方が前向きなものが多く、有益だったということ。

もちろん現状を知ることも必要だ。けれど、これらのネットの情報には、さらに「私たちはどうしたらいいか?全体の為に何ができるか?」という前向きな情報が載っている。

私は東京に居て、正直被害は少ない。ライフラインは生きているし、最も大きな影響は一時的な交通機関の麻痺だと言っても過言ではないと思う。そんな私たちができることは微力。けれども、節電、寄付、情報の流通、できることはある。見ていると憂鬱さ、不安だけが増すテレビに比べ、何かしようという気持ちにさせてくれるし、実際みんなの相互扶助やひとつにまとまった気持ちが伝わってくる。
それをみていると熱い気持ちになってくる。

そこには絶望では無くて希望がある。
感動した。

そして、日本人であることを改めて誇りに思った。
海外メディアは今回の件について、日本人の冷静さ、モラルの高さを賞賛している。

何かあればそれに乗じて略奪などの人的被害の方が大きい他国に比べ、充電器の無料配布、飲料水の無料配布、インフラの回復に向けた努力、トイレや避難所としての開放など、全体は閉じるのではなく開く方向に動いている。

私はいろいろな国を旅してきたけれど、その度に、日本人はホスピタリティが高いなぁと思ってきた。
それが、主観だけではなく裏付けができた気分だ。

世界から見て、言いなり、意思がない、働き蟻、と悪い方向に言われがちな日本人の性質だったけれど、そう、そうだよ!こういう災難時でも相手のことを思いやり、全体の為に一丸となって結束することができる人種なんだ!と良い面が浮き彫りになったと思う。

世界唯一の核被爆国、地震大国、津波の危険にさらされた島国、数々の災難を乗り越えてきた日本。むしろ、その度に発展をしてきたんじゃない?

マグニチュード8.8
国内最大、1900年以降では、世界五番めの大地震。

大丈夫。
私達は乗り越えられる。
政治不信が強まり、中国にGDPを抜かれ、世界的に微妙な立場になってきたいま、これを機にこれまでのように、日本人同士で足を引っ張りあうのではなく助け合う力を、批判し合うのではなく励まし合う力を発揮して、日本が立ち直るきっかけに変えられるんじゃないかと期待している。
そして、自分の国を好きになる日本人が増えるんじゃないかと思う。

私は祈っている。
そして恐怖にとらわれるのではなく普段通りの生活をしながら、
冷静に判断をしつつ、私にまずできることをしていきたい。




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モロッコ8日目:風紋

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 20101201_fuumon
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モロッコ8日目:Merzouga again

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20101201_camel 

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孤独

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20071209_sora


「孤独であること」と、
「ひとりで居る」ことを混同して会話されていることが多いような気がする。

「寂しいから、恋人が欲しい」と考えている人が多いけれど、
恋人ができたからといって、孤独ではなくなるわけではない。
むしろ、その人との関係性次第では、恋人がいるからこそ余計に孤独を感じる事がある。
例えば不倫が後を絶たないのは、それを最も良く表していると思う。

そして、孤独を埋めようと次から次へと恋人を変える人は、どんどん孤独の深みにはまっていってしまう。
もしくはとりあえず大勢のパーティーの中へ身を置いたところで、きっとより強く孤独を感じるに違いない。
それは自分がそのような浅い関係の人ばかりを増やしているのだから当然の結果といえる。

「ひとりで居たくない」のなら、誰かと一緒にいればいいと思う。
けれど「孤独になりたくない」のなら、それは誰かと一緒にいることで解消されることではない。

言うなれば人間は一生孤独な生き物だから、
孤独から逃げようとしたところで、どんどん孤独感がまとわりついてくるだけ。

だからいっそのこと、ひとりになってしまえばいいと思う。
ひとりの時間を楽しめるようになった時が、孤独から解放されている時だと思う。
そして、人との繋がりを強く感じることができる瞬間が、訪れると思う。

私はよく一人旅に行く。
それは、決して好んで行っているわけではないのだけれど、自分のやりたい事をやれるチャンスを逃したくなかった結果なだけで、勿論タイミング良く同行できる人がいたらウェルカムだ。

けれど、ひとりでマチュピチュを見下ろしている時、
ひとりでサハラ砂漠が夕闇に染まっていく様を眺めている時、
ひとりでアンコールワットからのぼる朝日を眺めている時、
私はひとりではあるけれど孤独ではない。

正直、誰かと共有できたら何よりも嬉しいな〜と思う。
けれどそれは孤独とはまた違うもので、
むしろ、ひとりでいるからこそ「私には帰る場所がある」「待っている人がいる」と、
人とのつながりを強く意識する瞬間でもある。

日常生活の中で、「他人とのつながり」を意識することってあまりないと思う。
けれど、一人きりになってこそ色濃く感じるつながりは、孤独ではないという事を教えてくれる。


 

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モロッコ7日目:ハリーという人

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 ハリーの家の玄関前で、お肉を焼いてる男の子


 

最初にハリーに声をかけたのは、私の方からだった。

私は大迷宮と例えられているフェズの旧市街の中を文字通り迷っていて、ひっきりなしに降り続く雨に打たれ、スニーカーからはじわじわと水がしみ込んできていて、体調は最悪だった。とにかく早くこの状況を脱したいと必死だった。

ガイドブックにある地図で民営バスオフィスを探すと、その近くにはランドマークとなるような建物が見当たらない。あるとすれば、最も近いメディナの門だ。私はひとまずその門を目指した。
けれどガイドブックの地図などアテにならないほどメディナの中は複雑で、迷っているのを楽しんでる余裕もない私は、道行く人に門の名前を言っては、道を聞き歩いた。けれども発音が悪いのか、現地語しか理解できないのか、人々はわからないらしく顔を横に振っては去ってしまう。ある人は門の下に設置された護衛所のような小さな小屋を指さした。あそこで聞けということか。
そこにいる人ならきっと観光客を相手にしているだろうから、理解してくれる可能性は高いとみて、私は喜々として駆け寄った。そこにはガードマンのような服装をした男性がひとり座っていて、同じように門の名前を言うと、理解したかのようにうなづいて、そして説明をしてくれた。けれど彼の説明は現地語とたどたどしい英語だったため、私は彼の指さす方向にとにかく進み、その先でまた人に聞くしかないと思い、お礼を伝えて指さす方向減向かった。

もしかしたら私の発音が悪くて間違えて認識されていたとしたら、無駄足になるかもしれない。
とくに現地語が英語ではない国では、ガイドブックに書かれた通りに発音しても、実際とは異なる場合が多い。
もうこれ以上はこの雨の中をさまよいたくない。嫌だ、嫌だ。。。けれど今与えられたヒントはそれしかないのだから、行くしかないのも事実。私は気持ちを奮い起こして、まっすぐ50mくらいはある道を歩いていた。もし違っていたらどうしよう。そんな不安を解消するために、すれ違う人たちに確認の意味を込めて門の方向を聞いていった。その人が、ハリーだった。

ハリーは陽気な笑顔と高いテンションを持っている人で、英語を話すことができた。
そして、とても親切で、門の場所だけではなく民営バスまで案内してくれるという。これなら確実に辿りつける。私は藁にもすがる思いで、ありがとう、と伝えた。


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モロッコ7日目:寒さ×雨のフェズ

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寒い・・・
バスの中は、ほどほどの込み具合なので、隣の席には誰もいなかったけれど・・・
そういう意味では快適なのだけれど・・・
なによりも、さ、さむい・・・。

季節は冬。
ええ、冬です。
なのでエアコンを切ったところで車内が暑くなる事は全くなくて、むしろちょうどいいと思うのに、なぜかクーラーをハイマックスでかけている模様。
うう、寒いよぅ。
マラケシュに戻る予定はもうないので、当然友人が貸してくれたダウンもない。
私は、自分で持ってきた薄っぺらいダウン一枚で耐えたけれど、本当に風邪ひくんじゃないかというくらい、泣きたいくらい寒かった。
これが4時間とかの移動ならいいけれど、10時間。本当に地獄のようなバス移動でした。
CTMバス、、公共のバスだから確かにきれいかもしれないけれど、この寒さはもう勘弁だなぁと思うのでした。

そしてフェズに朝の9時に着いた。
なんと、雨・・・。
寒くて凍えそうだった私に、とどめの一撃となるには十分だった。
傘は当然持ってきていない。けれど、100円ショップで購入した安物のレインコートがあったので、とりあえず取り出した。

さて、どうするかな・・・。
当然ホテルの予約などしているわけがなく、今の私は全くのフリーだ。予定も、所在も、知りあいもいない。
フリーであるという事は、言葉のとおり何もかもを自分で決められるし、誰にも制限を受けない自由ではあるけれども、一方で心細いことでもある。
信じられるのは自分とこのガイドブックだけ。

その唯一の師匠であるガイドブックで、まずは現在位置をチェックする。
ざっくり説明すると、フェズは世界一の迷宮都市と言われる旧市街(メディナ)と、新市街、さらには新新市街の3つで構成されており、とにかく、ひろい。
必要なものがぎゅっと狭い範囲に集まっていたマラケシュとは反対に、あらゆるところに散らばっているのがフェズと表現しても間違いではないように思う。
自分の現在地は、新市街。見どころが多い旧市街でできれば宿をとりたいけれど、そこまでは4kmくらいある。
CTMのバスターミナルは新市街と旧市街に二つあるのだけれど、旧市街ではなくて、新市街の方に到着するなんてついてない。

そして、もしこのまま宿を決めてチェックインしたとしても、今日何ができるだろうと考える。
この雨じゃ、観光はできない。
風邪気味だからホテルでゆっくりと体調を整えるべきだったのかもしれないけれど、今の私にはものすごく無駄な時間に思えた。

よし、出よう。

私は、さっきフェズに到着したにも関わらず、もうフェズを出る決断をしていた。
他にも行きたい町はたくさんある。こんなことならマラケシュにもう1拍してエッサウィラに行きたかったなどと後悔するけれど、仕方ない。
シャウエンに行こうか。シャウエンは町中が青で塗られていて、とてもロマンチックな街だという。モロッコについて語る人に口々にお勧めされた。
けれど、シャウエンはフェズよりもさらに北上する上に、バスで3時間の距離。つまり、さらに寒くなる上に雨が降っている可能性が高いと思った。
そんなんじゃ意味がない。

私はCTMバス乗り場の中を徘徊した。
バスの時刻表を見るためだ。
私が探していたのは「メルズーガ行き」
そう、ツアーで行ってきたばかりにも関わらず、再び砂漠へ行く道を選んでいた。

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モロッコ6日目:マラケシュのサロン

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もしも風船のように空に浮かぶとしたら

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20100401_fusen

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永遠に届かないもの


20091018_haburashi





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天高く輝く星という象徴

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違うようで同じ色




自由になるために辞めたら、
今度はその自由に縛られるのだろうか。

死んだような生き方をしたくないからと辞めたら、
所在ない自分に生きた証がないような気がするのだろうか。

飛び込んで見ないとわからないことがたくさんある。
想像して怖がっていたら、結局何も変わらない。
もし同じ結論だったとしても、それはそれでいいと思える勇気、、、じゃない。
そもそもそんなこと考えてしまうこと自体が違っていて、自分を信じればそんな恐れなんかは生まれないんだろう、と思い直す。

さて、起きるか!
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モロッコ6日目:アルガンツリー

20101129_fez


フェズのジャマイルフナ広場。
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モロッコ5日目:サハラ砂漠で迎える朝

 




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モロッコ4日目:初めてのサハラ砂漠!

sahara2

 
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モロッコ3日目:アイトベンハッドゥへ!

20101126_ad

 
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モロッコ2日目:カサブランカからモロッコへ移動の一日

20101125_マラケシュ

 
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モロッコ1日目:カサブランカ到着

20101124_casablanca


今回は、ちょっと長めのお休みをいただけたので(仲間に感謝!)2年前から狙っていたモロッコ&中東へ旅行してきました!!

25日間の旅で、モロッコ→エジプト→ヨルダン→イスラエル→シリアを回るという弾丸ツアー。

去年の中米も結局書き起こさずにそのままになって1年が経過してしまったので、今回は記憶が新しいうちに書き残したいと思います!

今回の旅はひとことでいうと「トラブルだらけ・・・」
今までは良い人にしか出会わなかった幸運な旅をしてきた私でしたが、
今回は良い人にも、そうでない人にも出会った。

実は、最近なんだか運勢が下降しているなぁというタイミングだったので、そこから逃げ出したつもりだったのだけれど、やはり海外へ行っても運勢は下降したままなのね、、、と実感。

とりあえず、とりとめなく書いていきたいと思います。

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形を変えず残る言葉。そして、形を変えて届く想い。


20101119


最近、鞄の中には何かしらの小説が入れてあったのだけれど、
旅行が近くなって、その前に片づけなければならないことが山のようにありすぎて、そちらに集中するために小説断ちをしていた。

けれどやっぱり何か読みたくなって、ついつい引出しをあけてみると、そこには過去に読み終えた小説たちが整然と並んでいた。
その顔ぶれを眺めていると、もう一度読みたいと思うものと、そうでないものがはっきりと二分されるのだけれど、そこには実はまだ解読しきれてなかったり、もっと深い意味があるんじゃないか?という感覚を漠然と抱きつつも、その時の自分にはうまく呼応する経験なりボキャブラリーがないままにページを閉じたものが「もう一度読みたいと思わせる作品」ってやつだったかもしれない。
気付けばそれらは名作と言われているものにだいたいが該当する。


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クーポン




こんにちは。
だいぶ、ご無沙汰してしまってすみません。
Mamiyaは元気にやっております。

ちょうど1年後にはグループ展を開催する予定もあり、着々と動いてます。
それから、今年はちょっと長めの休みをとって、中東・アフリカあたりを旅しようかと思ってます。
去年の中米旅行もBlogにアップしようと思っていて、気付けば忘却の彼方に・・・
なんとか、過去のノートブックとか掘り起こして、ちょっとずつでも記録していけたらいいなぁ。
写真は、アメリカのセドナで撮影した、朝日の写真です。
多くの観光客が訪れていて、ちょうど全く違う方向を向いている人たちの間からさしこんでいて、
不思議な一枚になったなぁと思っているものです。

ところでいま、フラッシュマーケティングが大流行ですね。
私はただ遠巻きに眺めているだけかと思っていたら、
なんと、クーポン掲載のお誘いがきました。

で、試しに掲載を。

http://check8.net/


ほんとうに気軽な気持ちで掲載してみたのですが、
こういうユーザーとの接点もあるのだと、気付かされました。

インターネット社会になって、いろんなメディアが頻出しましたが、
ユーザーも常に新しいコミュニケーションツールを探し、見つけてくる。
発信側も、柔軟にならなければならないのかなぁとか、思ったり。

このBlogは開始してもう6年くらい経つのですが、
その間に、SNSや、Twitterや、、、いろんな変化がありました。

実は公開しちゃいますが、私はTwitterをやっていたりします。
あんまりつぶやく回数は多くないですが、移動中でも簡単に発信できるので、
なんだかBlogよりそっちへのアクセス数が多くなっているような気がします。
(お待たせしている方がいらっしゃったらすみません。。。)

今のところ誰にも教えていないのでフォロワー数は少ないですが、
ご興味のある方は除いてみてくださいね。
http://twitter.com/3colorjp

では、また〜|。


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言葉にする想い、できない想い。

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20061123_mizuotiba


時には、言葉にしちゃいけない想いもある。

誰も幸せにならない言葉だ。
  

口を噤んで、彩りを称えよう。




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切り取られた記録

201008.11_sora

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かもしれないの試練

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20070212_hito2


敵意を持たれているかもしれないと思うと、

心理的に辛いし、防衛本能でこちらからも敵意を向けてしまったりして、いつの間にやら大惨事になっているけれど、

そう考えなければ何事も起こらない。

 

その人のホントウは聞かないとわからないのだから

態度や空気で感じた敵意は気のせいかもしれない、という可能性。

 

逆にあなたの態度や空気によって意図しないところで誤解をされて

余計な敵意を持たれているかもしれない、という可能性。

 

「かもしれない」は、あなたを試す試練。

 

ボードスポーツで、視線の方向に体が進んでいくように、

気にして相手を見てればぶつかるし、

気にせず見なければぶつかり合うこともない。

何も気にせず笑ってれば、だいたいの問題は起こらないで済む。

問題を生む出しているのは自分の思考だ。

自分の試練は自分で招いていることかもしれない。





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何も吹き抜けない大地

20070925_sabaku




懐疑心からは何も生まれない。


そもそも懐疑心とは、何も起こらないようにするための砦だから。


失望も裏切りも、気づきをもたらしてくれる出会いや心強い賛同さえも。

 


暖かい風も冷たい風も、


春の訪れを告げる花の香りや、子供が戯れるシャボン玉も。


何も吹かない大地になるだけだ。



 

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美しく開くダリアの花

 
20100611_daria



心を開いているときほど、世界は美しい。


という言葉にあるように、

心を閉じているときには、何を見たって世界は薄汚れて見えるだけなんだろう。


だから、そんな状態になっている人に、

何を語りかけたって、

何を真剣に伝えようとしたって、きっと、届かない。

それどころか、きっとそんな言葉さえ何か裏があるんだろうと勘繰られて、

結果的に、こっちが傷つくことになるんだろう。



真実を、失う。

本当に大事なものや、本当に想ってくれる人や、

いらないものといるものの本当が見えなくなって、

そして、全てを失う。

けれど、それはきっとその人に必要な試練なのかもしれない。



疑いのフィルターを通してみる世界は、

全てが欺瞞的でどんよりとして見えるだろう。


小さなことにとらわれないで、

心を開いていよう。

きっと、世界は美しいから。




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瞼を閉じて。


20090412_sakura


先のことなんてどうなるかなんてわからなくて、
放っておけばリスクがあるかもしれないとは感じていても、
楽観的予測をどこかでしているどこかの自分が、
とりあえず問題を先送りにしようと、
瞼を閉じさせるのです。

後悔しない人生を送る。

それができるのは、
チラついた問題を見て見ぬふりをせずに、
きちんと向き合ってきたからできること。

もしくは、
開き直っているか、
のどちらかです。

できれば前者でありたいけれど、
不透明な未来を判断できるほど、
思い切りもよくなくて、情報も足りなくて、
その為の、強さがない。そもそも。

ドライに生きるか、
ウェットに生きるか、
その方針さえ、定まらない。

ドライに生きるなら、とことん自己中心で、
ウェットに生きるなら、とことん自己犠牲で、
そうやって決めないと、迷うのです。
その為の、強さがないから。

やはり、自分を持っている人は強い。
迷いがない分、強い。

けれど、迷いがある人も、魅力的だ。


瞼を開けたら、そこに見えるのは、
何色の世界だろう。 

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ふわふわ漂う綿毛の自由さ

20090613_flower


綿毛が、ふわふわと飛び交う季節になりました。


綿毛が、空へ羽ばたいていく景色を見たのは、いったいいつが最後なんだろう。

いまは、記憶の中だけの、景色。


そんな景色が、頭の中にはたくさんある気がする。

希望は、見ようと思えばいつでも見れる、ということ。

けれど、見ようとしなければ、気づかぬ間に、失っているのかもしれない。


希望だけじゃ、いつまでも成立しなくて、

行動を起こすという事が、きっと、大事。



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20100308_flower 



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写真展TRICOLORを開催します!

tricolor


写 真 展 「 Tricolor 」


赤と青と白でもいいし、黄と緑と黒でもいい。

ガラスとガラクタと石ころでもいいし、折り紙と風呂敷とカーテンでもいい。

全然違うけど、でもどこか共通点があるような。

ちぐはぐな3人が織りなす、けれど調和されたTricolor(トリコロール)。

あなたの目と耳と舌をフル回転にして、お楽しみください。


■期間:2010/3/29(月)-4/11(日)※入場無料
■時間:11:30-23:00(L.O.22:00)定休日なし

 ※貸切の場合がありますので事前にご確認ください。
 ※予めご予約いただくことをおススメします。
 ※飲食店ですので1品以上オーダーをお願いします。

■場所:ギャラリーカフェバー縁縁[enyen]
http://enyen.jp/about/first/
「麻布十番駅」大江戸線 7番出口より徒歩4分。南北線 4番出口より徒歩5分。
港区麻布十番2-8-15 1F
TEL 03-3453-4021

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次の季節をかんじるとき

 20100220_gallery


風が温かくなってきて、

たとえ強い風が吹いていたとしても、

まるで毛布に包まれてるような気持ちになる。

ぬくい、ぬくい。

いつも思う。

次の季節を感じさせる風は、

どうしてこんなに愛しいのだろう。







さて、写真展「白昼夢」引き続き開催しています。

オープニングパーティーには50名ほどの方にお越しいただきました。

21時までだったのですが、そのあとも閉店まで飲み続けちゃうほど盛り上がりました。

楽しんでいただけたなら、とてもうれしいです。

http://mamiya2.jugem.jp/?eid=599

LUBERO
目黒駅徒歩5分



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究極の選択

20060323_hasi


ほんとうに誠実な人は、

ちゃんと、究極の選択をしているものだ、と思う。

それが例え崩れそうな橋が行く手にあったとしても。


もしも彼女が自分で答えを出さないようであれば、

究極の選択をせざるをえない状況にするしかない。

誠実でない人に、誠実を迫るだけ、既に無駄だとは思うけれど。


だからそれは裏を返せばつまり、

けじめがつけられない自分のための儀式ともいえるのかもしれない。

目の前に生々しい現実を突き付けられなければ認められない、いつまでも夢みがちな自分の。。。

けれど痛みを伴う分だけ、きっと明日のあなたは賢くなっているでしょう。


あなたは、あなたの隣にいる人は、

ちゃんと自ら究極の選択を日々行ってますか?



ここで一句

『決めぬ逃げ 決めるは四季の 分かれ道』


2009/12/16

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「MARKET HOPPING ! × CHEESE LABO 2010」終わりました。

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 20100122_labo

コラボ展も、無事、終わりました。。

この週末は忙しかったぁ。。。
でも、充実した週末でもありました。
私はどうやら忙しいのが好きみたい?

ずっとどこにもお披露目できなかった
数年前のアジアで撮りためた写真がやっと日の目を見ることができ、
なんかよかったです。

みなさまありがとうございました!


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『20代女性のためのキャリア講座』が終わりました


20100123_seminer


先日告知した
 『20代女性のためのキャリア講座』にパネラーとして参加してきました。

なんと当日はたくさんの方に来ていただき、
定員を越えて50名の方にお越しいただき、大盛況でした。

学生の方や、社会人の方など20代の将来を真剣に考えている方たちに溢れ、
みなさん前向きで、一生懸命でまっすぐで、
会場の中は純粋なキラキラしたものに溢れていたような気がします。

最近、若い方たちと触れる機会はなかなかないので、
私にとっても刺激的な1日で、とても楽しかったです。

そのあともお礼のメールや、この言葉が心に残りましたと伝えてくれて
あーそんな事言ったっけなぁと自分を客観視することにもつながりました。

そしてそれぞれの方に響いた言葉ってみんなバラバラで、
それも私にとっては面白かった。

それから嬉しかったのは、
『いろいろと悩みながらの参加だったのですが、間宮さんと話していく中で、「今のままの自分でも良いのかな…」と、少し自分を受け入れられたように思います。』という言葉。
 
そう!みんな誰しも、自分を変える必要なんてないんだ、と思っています。
だから、自分の良いところも悪いところも受け入れて、それでどうする?って次を考えていってほしいなぁと思います。

あー、それにしても楽しかった。
私はあがり症で話し下手ですが、
今後はこういう機会を増やせたらいいなと思いました。

みなさま、どうもありがとうございました♪



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小さな、花。

20091129_flower6


ここ半年くらい、ずっと考えていたこと。
自分は何を目指しているのか?何を行動指針にしてるのか?ってこと。

最初に写真を撮り始めたのは、美しいものが好きだった、この感動をどこかに収めて伝えたかったから。ただそれだけ。
けれど活動の幅を広げていくにあたって、そのベクトルが必ずしも同じ方向に向いていないことに気づく。

その矛盾を突き付けられ、考えるきっかけとなったのは、前にメディアから取材のご依頼をいただいたときからはじまってるのだと思う。そういう意味では、自分を立ち返る良い機会をいただけました。どうもありがとうございます。

最近は、色々な方にお声掛けいただいたりするので、自分で出来ることはなんでもやろうという気持ちでやってきました。
結果的に「旅して出版」、だけではなく、アート写真の普及についてだとか女性の生き方のロールモデルだとか色々な立場の人間になって、色々考えました。
何かっていうのであれば、そう、自分の使命ってやつを。

その答えに到達するまでの過程をうまく表現できませんが、ざっくりとしたコンセプトはこれなんだ、と、やっとしっくりくるものがありました。

それまでは、旅を通して感じたその貧しさから、ボランティア活動につなげて子供たちを救えないか、だったり、エッセイと写真で強く生きてほしいというメッセージを発信していくことだったり、、、と考えましたが、それらひとつひとつのピースがなんかつながらない。なんか無理矢理感がある。なんか、とってつけたかんじじゃない?スケールも違くない?と思ってましたが、それらに共通している一つの想いがありました。

それは
「みんなで一緒に幸せになろう」
です。

あぁ...
どうして最後の最後につきつめていくと、陳腐な言葉になっちゃうんでしょう。
でも、色々難しいこと考えてみたところで、本当に大事なものって、結局シンプルだったりすると思うんです。
逆にシンプルでわかりやすいことが大事で、そこからいろんな解釈が生まれ展開していくのかなと。
だから、うん、これでいいのだと思う。

それが言葉なのか、写真そのものなのか、ひとつの活動なのか、みんなと何かを実現させることなのか、色々やり方はあるのだと思うから、それをベースコンセプトに、よし、がんばろう、と思った2010年の1月なのでした。

私なんて、小さな存在だ。
私ひとりが何をしようが、そんなに大きな影響力はないかもしれない。
けど、この排水溝にひっそりと咲く花が、太陽を浴びてこんなにもキラキラと輝いているように、
小さく、私なりに、輝ける人生を目指そうと思う。

そして、みんなで一緒に幸せになろう。
みんなで手と手を取り合って、一緒に一段上の階段を昇ろう。

みんなで幸せになろう。







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2/20〜3/21 写真展「白昼夢」開催します@目黒Lubero

hakutyu-mu


先日軽くお知らせした写真展の詳細が決まりました。
場所は目黒にある素敵なギャラリーカフェです。

今回は友人2名とのグループ展にしました。
グループ展の面白いところは、テーマに対する各自が持つイメージの違いを楽しめること。

今回のテーマは「白昼夢」
それを写真で表現するとどうなるのか!?
それぞれが持つ白昼夢というイメージを展示します。

私の展示数は、今のところ5〜6枚くらいの予定です。
なので今回は旅写真ではなく、白昼夢というイメージでランダムに選定したいなと思っています。

オープニングパーティーも開催予定ですので、ぜひご参加ください。
LUBEROはカフェとしても素敵な所なので、お料理の面でもご満足いただけると思います。みなさまにご足労いただくので、2,000円という破格にて提供できるよう頑張りました。。

もしお近くにいらした際には、ぜひ立ち寄ってみてくださいね。


▼ 詳細はコチラ ▼

====================
 写真展 「白昼夢」
====================

はらはらと、散るような。
ふわふわと、流れゆくような。
ほんのつかの間に見るそれは、届きそうで届かない気まぐれな夢。
昼と夜の、現実と夢想の、意識と忘却の、あらゆる狭間へと誘う真昼の夢。
今に在る中で、今を忘れに、3人が紡ぐ白昼夢をお楽しみください。
 

【期間】2010年2月20日(土)〜3月21日(日) ※入場無料
【時間】Lunch 11:30〜14:30 / Dinner 18:30〜22:30
        月曜定休日
  ※土日は休憩時間中でもギャラリーOPENしています。
  ※急遽レストランにて貸切パーティーが催されることがございますので、事前にご確認ください。【会場】Cafe&Restaurant Gallery  LUBERO
    http://lubero.jp/access.html
【交通】JR・地下鉄 目黒駅徒歩5分

【お知らせ】
●盛大に!?OPENING PARTYを開催します!
 2010年2月20日(土) 18:00-21:00
 2,000円 (1drink&buffet)
 ※定員数に限りがあり、参加の際は事前にお知らせいただけると助かります。
  →申し込み先:info@3color.jp
 
●厳かに!?CLOSING PARTYもやります!
 2010年3月21日(日) 15:00-18:00
 無料 (キャッシュオン方式で、注文した分だけお支払いください)
 ※地味に開催してますので、突然のお立ち寄りでも大歓迎です!


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1/23(土)20代女性のためのキャリア講座にパネラーとして参加します

20050117_isu

こんにちは、間宮です。
今回は、講演会のお知らせです。

「相互支援スクールGIFT」が主催するキャリア講座に、パネラーとして招待していただきました。
ラジオも緊張しましたが、大勢の人の前で話すのは苦手なので、今からさらに緊張しています。

20代の女性向けのようです。
ご興味ある方はまだ枠が空いてるようですので、お早めに〜。
  

=======================
     20代女性のためのキャリア講座
      〜自分らしく働いて幸せになる!〜
=======================

■日時:1月23日(土)17〜21時
■場所:参宮橋(国立オリンピックセンター) 
         詳細はこちらをclick>>

最近よく言われるのですが、
どうやら私の生き方は「新しい女性の働き方」だそうです。

ちょっと前まではキャリアウーマンというと、「バリバリ仕事一筋で男勝りに働く!」というイメージでしたが、どうしても「何かを犠牲にして」というイメージが強く、ストイックな印象が強かった。

けれど今は「女性らしく働く」だったり「自分のやりたい事も両立させる」だったり、仕事一筋ではなく、バランスの良さが求められているような気がします。 

私自身、ま〜ったくそんな事は意識していなく、やりたいようにやっていた結果だったりするので、最近そんな風に言われると不思議な気持ちでいっぱいです。笑 

でも確かに、私もどこかの時点で「バリバリ働くのは違うな」と思った時がありました。

新社会人になり、とにかくがむしゃらに頑張っていた頃が確かにあって、それこそ目指すのは「男性のように」働こうとしていた時がありました。そうして、学生の頃からの友人にも「理屈っぽくなったね」「表情が怖い」「カリカリしてる」とか言われるようになったりしてました。けど、ある程度仕事をやりつくした感があったときに、ふと、何かが違う、目指してたのってこれだっけ?と考えた時があり、そこから今の形に徐々に方向転換をしたのを覚えています。

 ・・・と、まぁこんな話が当日は聞けると思っていてくださいっ。

私もどんな内容になるのかはよくわかってませんが、私の他にも3名のパネラーがいるそうです。だからいろんな話が聞けるんじゃないかな〜と、私自身楽しみにしています。

では。

 


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コラボ展「MARKET HOPPING ! × CHEESE LABO 2010」開催!

20100112_rabo


チーズラボを主催している佐野加奈さんとのコラボレーションで、
世界のマルシェをテーマにしたグループ展を開催することになりました。
場所は外苑前のイチーズギャラリーです。

チーズラボのワークショップも同時開催ですので、
こちらにお申し込みいただければ世界のチーズを食べながら、
写真も楽しめますよ。

===========================
■写真展「MARKET HOPPING ! × CHEESE LABO 2010」
===========================

ヨーロッパからアジアまで、世界各国のマルシェ(市場)で出会った風景をあつめました。
店主の笑顔や鮮やかな野菜、おいしそうなチーズたちをお届けします。お楽しみに。

Photo by:
Photo Essayist Miki MAMIYA /anonymous table Rieko KUBOTA
CHEESE LABO Kana SANO

 ■ギャラリーOPEN時間
 1/22(金)15:00-21:00
 1/23(土)10:00-18:00
 1/24(日)10:00-13:00

■場所
イチーズギャラリー
〒107-0062東京都港区南青山2-11-14イチーズビル3F
TEL&FAX 03(3401)2247
※最寄り駅:メトロ青山一丁目駅/外苑いちょう並木正面http://homepage3.nifty.com/ichys/map.htm


間宮の滞在予定は
1/22(金)19:00-21:00
1/23(土)12:00-16:00
1/24(日)未定
となっております。

但し、以下の時間帯はチーズラボのワークショップを開催しておりますのでご注意ください。こちらへのご参加も可能ですので、世界のチーズを堪能しながら写真もお楽しみくださいね☆


======================
■チーズラボ・ワークショップスケジュール
======================

佐野加奈さん主催のチーズラボのワークショップが開催されます。
(開催中も写真は展示されています。)

●プチワークショップ
青山でワークショップに参加しませんか?
「チーズ」「ワイン」「スパイス」など、チーズラボおなじみのプチワークショップ。
お散歩途中に、気軽に参加してみてください。

日時:2010年1月23日(土)
内容:13:00〜13:45 スパイス・14:00〜14:45 チーズ ・ 15:00〜15:45 ワイン 
参加費:1,000円/1回45分
講師: 佐野加奈/大滝恭子

 ●テイスティングパーティ
20種類もの美味しいチーズとワインを楽しむチーズラボの新年会です。
チーズはシェフにも大人気の「北海道」にスポットをあてています。
洞爺湖サミットで登場したチーズもいろいろご用意していますよ。

日時:2010年1月24日(日)13:30〜15:30
参加費:4,000円

※申込方法
チーズラボ<info.cheeselabo@gmail.com>宛に「イベント名」
「参加者の氏名」「メールアドレス」「連絡先電話番号」 をご記入のうえ、メールでお申込み下さい。

 

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あけましておめでとうございます。

20060102_kane2


新年あけましておめでとうございます。

ついに、2010年になってしまいました。

っていうか、あっというまに7日ですね。。

 

今まで200Xとカウントしてきたのが、1桁繰り上がるってすごい変化だなと。

思えば、19992000年代への変化も経験してるわけで、

それがつい最近のことのように思える事を考えると、

「はやいな。」って、単純に思うわけです。

こんな調子であっという間に2100年とか迎えちゃいそうな気すらしちゃいます。

え、それはないって?

 

2009年の振り返り、今回もしました。

2009年は、私にとってあまり良い年とはいえませんでした。

迷走し、そしてもがいた1年だった気がします。

今振り返ると、結論は変わらなかったのだから、もがく必要なんてなかったのだけれど、

でもやっぱり「もがく」ということ自体が学びだったのかもしれません。

 

2010年は、迷走から一歩だけ先に進めそうです。

それが正しいのかどうかわからないけれど、方針をざっくりと決められたからです。

今までは、捨てれないものや諦められないものがあった。

あれもこれもで矛盾が生じ、方針が決められなかった。

けれど、もがいた結果により、それは追う必要のないものだとわかったのかもしれません。

 

どんな方針か?というのは、まぁおいおい書いていくことになると思います。

そのうちWEBサイトもそちらの方向にマイナーチェンジの予定。

はぁ、やることいっぱいだー。

 

 

最近は、ちょっとした展示のご依頼をいただく機会が増えました。

友人のイベント開催場所での写真提供だったり、パーティーでの展示だったりと。

本当にありがたいことです。

つながりが、ありがたいお話を持ってきてくれます。

 

そして、去年の3月にも個展を実施しましたが、

私にとって春は個展の時期。

 

ということで、220日に写真展を開催します。

私にとっては初めてのグループ展にしました。

なんでも自前主義だったりして、ひとりでやっちゃう方が気楽な私にとって、

グループ展をやるということはひとつのチャレンジです。

そうすることで、お互いのシナジーを活かせたらいいなと思ったからです。

 

つながりつながり、そして生まれる。

そういうサイクルを肌で感じた時、ちょっとゾクっとします。

ゾクっとして、ワクワクします。

何かが広がっていく感覚をかんじます。

その可能性を見てみたい。

 

詳細に関してはまた後日ご連絡します。

場所は目黒駅から徒歩5分の場所にあるカフェギャラリーです。

お時間ある方はぜひ♪

 

それでは本年も、どうぞよろしくお願いいたします!

 

間宮

 

 



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幸せになれる空気

20090613_wine2




ここで一句。




「清き愛 聖なる夜に 満たされて」 











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メリークリスマス!!!

20041201_turi 



クリスマスは、なんだかわくわくしますね。

この浮かれたような雰囲気に触発されて、
私の心ももはや目の前の仕事には向けられてません。
クリスマスソングを口ずさみながらパソコン叩いてます(笑)


「クリスマスなんて嫌いっっっ!」

なんて、言っていた頃も確かありましたが、
それは世間一般の物差しで測っていたからなんだなと思います。
いまは、自分なりの楽しみ方を見つけたような気がしてます。

一人でローストチキンを丸ごと平らげたり、
帰り道のついでに表参道のイルミネーションを見てみたり、
行き先のないシングルの寄せ集めの会に出てみたり、
そんなことでもなんでも、楽しいと思うようになった。

つまりは、「クリスマスというイベントに参加してみる」
ってことが、大事なんだと思う。

恋人同士でラブラブな1日を過ごすのだけが正解ではないから、
一人でも家族でも友達同士ででも、
自分流のクリスマスを過ごせればいいなって思う。

どんなクリスマスでも、きっとそれは素敵な思い出になります。
そう思う心が、景色を、気持を変えてくれるはず。

イベントって思い出を刻みこむ絶好の機会。
それをいつもと同じ1日に終わらせるのはもったいない気がする。

まっすぐ家に帰って籠ったままではなくて、
ケーキを買ってみたり、クリスマスソングを大声で歌ってみたり、
自分のクリスマスを作れればいいなって思う。


私は今日は仕事でしたが、少しでもクリスマスに参加しようと、
近くで働く友人と待ち合わせてクリスマスランチを食べました。
その友人は、席につくなり、クリスマスカードを渡してくれてびっくり!!!

「さっき社内で急いで書いたから・・・」といって、確かになぐり書きされた
メリークリスマスの文字は、なんだかと〜〜〜〜〜っても温かかったの。
(しかも誕生日用のカードだったし。笑)

こうやって、クリスマスにちゃんと参加してる友人は、楽しみ方を知ってるなって、
そして、一緒にいる相手までも、クリスマスを楽しませてくれるんだなって、
本当にうれしかった。

彼女のこういったところにすごく感激し、そして尊敬するなぁと改めて思ったのでした。
ありがとう。


メリークリスマス!そういうメールをもらうだけで、
なんだか、それだけで嬉しい気持ちになるのです。

全ての人に、Merry Xmas!




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ピンク色のカーテンの世界で思うこと

 
20091223_curtain 



つまりは、

その遺伝子を愛せるかどうかって事なんだろう。






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キャベツか花かそんなようなもの

 
20091129_hana 





馬鹿でいいから、気高く生きよう。










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紅一点

20091205_momiji


ここで一句。


『紅一点 息長いのか 出遅れか』






 
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紅葉

 20091205_kareha




ここで一句。



『時遅し 紅葉ピーク 三日前』

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花と風と。

 20091129_flower3



踏ん張らなくても逆らわなくてもいい。

風に吹かれるままに、

そよそよそよそよ。







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花と太陽と。

20091129_flower4



君はスポットライトを浴びようとしちゃダメだよって。


ただ、太陽の下にでて自然光を浴びてればいいんだよって。


日陰でもない、人工の光でもない、


太陽の下が、君の居場所なんだ。






 
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花と大地と。

20091129_flower1




誰かにだいじにされるってことが、

誰にもひつようなんだとおもう。






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秋刀魚の味心地は・・・

 
20091031_sanma




ここで一句。



『危機迫る   秋刀魚かきこむ   昼時間』






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縁結び

20091014_jingu 




ここで一句。




『縁結び 願い好い人 夢で来る』




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蜜柑


20091108_mikan




ここで一句。

 

 

『生か死か 蜜柑に問うも 解あらず』



 

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幼き日々


20091101_ren1



ここで一句。


迷走し、辿り着いたは、幼き日』









 

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『私の男』 桜庭一樹


watasinootoko
 

会社に行ったら、有給奨励日なのにたくさん人がいた。
なんだか残念な気分。

そんなことはどうでもいいとして、
昨夜の夢は自分の結婚式の夢だった。

私は結婚したくなくて、ユーウツで、やる気がなくて、
そうこうしている間に時間はどんどん迫ってきていて、
気づけばヘアセットもメイクもなぁんにもしてなくて、
ただ、ウエディングドレスを着ているだけでみすぼらしい花嫁姿の私がいた。

結婚したくない理由は明確だ。
私は彼を愛していなかった。

結婚をする目的というと、
安定した生活がしたいから、条件さえあってればとにかく結婚したいという人と、
愛してる人と一緒にいたいから結婚したい、という2種類の人に分かれると思う。
私は明らかに後者だ。
どんなに条件が揃ってようと、好きでもない人と結婚するくらいなら一人でいたほうがいい。

たぶん夢の中の私は、うっかり前者を選んでしまったんだろう。
けれど日が近づくにつれその間違いが浮き彫りになり、感情は素直に反応してユーウツになったのだけれど、
けれどもう式の直前、いよいよ扉を開けて教会へ入っていかなければならない。

その式場はコンサートホールのように階段式の座席がぐるりとステージを囲むように配置されており、私はその間を練り歩いてステージまでたどり着かねばならない。

ああああ、こんな姿でみんなの前に出たくない〜
と、さらにユーウツになる。

けれどもう出ていかなければならない現実は変えようがなく、
であればベストを尽くすしかなく、せめて少しでもユーウツさを取り除こうと
私は簡単にアップスタイルにできないか、美容師に交渉したりとバタバタする。
そんな内容だった。

これは何を暗示しているのだろう?
とちょっと考えたけど、すぐに答えに辿り着いた。

単に、夜寝る前に読んだ本で、結婚式のシーンが出てきたからだった。
桜庭一樹の「私の男」
衝撃的な作品で、養父とそれ以上の関係を持ってきた花は、
それを断ち切ろうと、安定を提供してくれる美郎と結婚を決め、
ついにその日が来た。というシーンで私は眠りについたところだった。
夢を見たのがそんな単純は理由だと知って、なんだか少しほっとする。

世の中で結婚をする幾つものカップル達の中で、
いったい何組が「この人しかいない」と思っているのだろうか。
それともそう思っていても離婚はするのだろうか。
だったら最初から打算だったほうが、最後まで貫けるものなのだろうか。
誰か答え持ってませんかね? 

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オープンカー


20090816_drive





今日の一句。



『オープンカー 過ぎる秋風 走馬灯』









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送別会の贈り物

 20041202_tiru




ここで一句。


『木枯らしに 負けぬ想いは 一途こそ』





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情報誌『Weekly LALALA』に掲載されました

JUGEMテーマ:日記・一般
lalala



ロサンゼルスの情報誌 『Weekly LALALA』 (2009.10.23号) にて、
インタビュー記事が掲載されました。


9月の夏休みは、この取材があったために、ロサンゼルスへ行ってきました。
そのついでに、前から行きたかったティカル遺跡などもまわってきた、というかんじです。
おかげでとても充実した夏休みになりました。

こういった取材を受けると、
果たしてこの人は、私の何にに関心を持ってくれてるのか?という事を意識させられます。

私は何かを意識したり目指したりして今のカタチになっているわけではなく、
やりたいとか楽しそうだとか思ったことをやったり、
なんとなく流れる方向へと道を歩んでいっていただけで、
どういう写真家になりたいとか、そういう明確なイメージは正直ありませんでした。

が、取材をされている中、インタビュアーの方に何か面白い話を提供しなくては。。。
と思うのですが、その時にはたと気づかされます。

私って、何が面白いのだ????

ラジオでは、「OLとの両立」でした。
そして今回はどうやら、「旅する写真家」のようです。

でもそれって、、、
3歩歩けば当たるくらい、たくさんいるよね、そういう人。。。。

なんていうか、うーん、
もっといろんなことを語れる人間にならなきゃいけないなぁと思いました。
本当に。

私ってなんだろうね。
なんなんだろうね。

自分探しって言葉はあまり好きじゃない。
けれど、自分ってなんだろうって、何歳になっても考えさせられるんだなぁって思った。

私は普通の中に埋没できないで、ちょっと浮いちゃう人なんだと思う。
だから居心地の悪さを感じることもあった。
けれど、それは微妙な浮き方で、どうせだったらもっと振り切ってしまった方がよいのだと思う。

中途半端。
どっちにも割り切れずに間をウロウロしていたら、
それは何にもなれない。

自分を知って、そして受け入れること。
それがいまの私に大切なことだ。


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ただ、住む人の姿だけを除いて。

JUGEMテーマ:写真

20091018_jikka


お祭りがあるというので、3、4年ぶりくらいに親戚の家へ、母と訪れた。

懐かしい町並みが祭り仕様になっていて、
懐かしい玄関は変わらず静謐な空気を携えていた。
そこは、何も変わっていない。ただ、住む人の姿だけを除いて。

あんなに元気だった叔母さんが、歩くのもままならないようになっていた。
急須を持つ手さえ、わずか3人分のお湯の重さに耐えられず、震えている。
それを母が慌てて支えた。

そんな姿を見て、少しショックを受ける。
叔母さんは、確か、母と10歳くらいの年齢差だろうか。
ということは、母も、あと10年経てば歩くのもままならない姿へとなるのだろうか。
そうしたら私はどうしたらいいんだろうか。


住む人の姿を除いて、何も変わらない家。
よく考えればそこは、母の実家だった。母が育った場所。
ほんの30、40年前にここに住む人の中に、母はいた。

私は幼いころから何気なく幾度となく訪れていたけれども、
「母の実家」という言葉が持つ意味に全く気付いていなかった事を知る。
その言葉のとおり、そこは母にとってはかけがえのない場所なんだろう。

母のように60歳くらいの年頃になっても
幼少から住んでいた家がそのままの形で残っているというのは、どういう気分なんだろう。

きっと、すごくスペシャルに違いない。
だって、そこに20年〜30年は住んでいたんだもの。
思春期も、青春も、すべてあるんだ。
もっともコアな時間が、すべて詰まってる。

そんなことを改めて認識した。
母にとって大切な場所なら、私にとっても大切な場所だ。

そして久しぶりに会う伯父さんは元気で、引退後は俳句の先生をやっているという。
なので話の流れで、俳句を勧めらる。
「文章書いてるんだから、きっと上達早いよ」と。

もちろん、文章を書く仕事をしている私にとって
それに全く興味がないわけではなかった。

まぁ、ありかも。

そんな程度。

けれど伯父さんは、「興味があります」という私の一言を聞くなり、
とても嬉しそうに説明し始めたかと思うと、
2階から俳句の本を何冊も持ってきて「これ、持って行きなさい」と差し出した。
そして「見てあげるから、書いたらFAXでも手紙でもいいから送りなさい」と続けていった・・・。

あーん。どうしよう。そこまで本格的には考えていなかったのにぃ。

と思ったけれど、そう言われちゃったら、やるしかないっしょ。
最低でも、一句くらいは送らないとね。

ということで、このBlogでも時々一句やりたいと思います。
うふふ。
まったくの素人ですが、本なんか読まずにやっちゃうもんね。

ルール、制限、そういうものは少ない方がいい。



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律する制約

JUGEMテーマ:写真
20061225_ie


 

正しい方向へ導くための制約が、

その意味を見失えば

そこを行き止まりにしてしまう。

 

あるべきだ。と、唱える数を減らして

したいようにする素直な気持ちに、身を委ねてみるのもいいと思う。

 

安全なところへ自分を保つために

何もかもをに制約を設けていたら、

知るはずだった何かは未知のままかもしれない。

 

もっと自由でいい。

心は。

 

 

 

 

 

 
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白い花と、墓参り。

20091012_flower


お墓参りに行ってきました。
富士の麓にあるそこへ向かうには、ちょっとした小旅行の気分で、なんだか、楽しかった。

花を携え、桶に水を汲み、線香を小脇に、その場所へ向かう。
空気は澄んでいて、そして穏やかで、墓地は、こんなにも癒される場所だったのかと思う。

色とりどりの花々に囲まれた賑やかな墓石が並ぶそこで、
目指したそのお墓だけが、何の花も周囲に植えられてもなく、寂しく佇んでいた。
近寄ってみれば、そこには切り花用の花立すらない。
この十何年間、誰もここに花を手向けなかったのだろうか。
だから最もシンプルな形で、ただ墓石だけが横たわっていた。

墓石に水をかけ、タオルで念入りに磨き、その名前をなぞるように洗う。
長い年月が、その名前と墓石との境界線をすっかりなくし、同化させてしまっている。
今度来るときは、墓石文字用の塗料を持ってこようと思う。

2つの花立を左右対称になるよう深く深く差し、そこに、白い花を生けた。
色とりどりの花が咲き乱れる墓地もある中で、私は、白い花を選んだ。
華やかさはない。けれど、静かな高貴さがある。そして、ほんのりとした寂しさと。

それはもう誰も訪れることのないその墓石にはぴったりのような気がした。
華やかな花を飾ったところで、それは実態とはそぐわない気がしたのだ。
そして違和感は、さらなる寂しさを強調する。

最後に線香をたて、そこに火をかざす。
勢いよく燃え、そこから立ち上る煙は、その刻印をさらに視界から隠す。

墓前に、そっと、手を合わせる。
静かな、静かな時間が流れ、それは初詣のお参りとも、違う。

ずっと、放っておいてごめんなさい。
ずっと、寂しかったよね。

そこには私のルーツがあり、私の感謝すべき人が眠り、私が生きるということの意味があった。

来てよかった。
これからは、毎年来よう。
ひとりで、そして誰かと。



 

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暗いところで待ち合わせ 乙一

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kuraitokoro


朝、目覚めると、窓から差し込む光がぼんやりと視界に映る。
ああ、朝になったんだと思いつつも、すぐに時計を見て確認をしたりはしない。
そして、私を包む羽毛布団の感触を確かめるようにしっかりと頬ずりをする。
もっと、深く、深く、うずもれるように。

時計を見なくちゃいけない。
あと1時間は眠れるのかもしれないし、もう起きないと間に合わないのかもしれないし、既に遅刻なのかもしれない。
それは、時計を見ないとわからないことだ。
けれど、時計を見ないことでしばしの現実逃避を楽しむ。あと5分時計を見るのが遅かったところで、きっと現実への影響はそれほど大きくはないだろうから。

このまま眠り続けていたい。
会社も辞めてしまって、携帯もとまってしまって、誰とも連絡をすることもなく、ずっと、ずっと眠り続けていたらどうなるんだろう。
そして、そのままの姿勢で眠るように死ぬのだ。生きていても仕方ないのだから、それもいいかもしれない、と。

けれど合理的な方の私は知っている。
現実はそうはならないということを。
寝すぎで体が痛くなるし、お腹は減るし、トイレにだって行きたくなるし、そしてきっと何よりも、孤独に耐えられなくなるだろう。
ただちに会社を辞めたことを後悔し、連絡の途絶えた友人との時間を巻き戻そうと必死になって携帯を操作しているのかもしれない。
その姿は、ちゃんと時計と向き合って決められたように会社に向かう私の姿よりも、何十倍も悲しい。

結局、死んだように生きることなんてできないんだ。
生きている限り、何かを望み、何かを期待し、何かを欲するだろう。
誰とも関わらずに孤独でいることなんてできるわけがない。
特に私は健常者なのだ。


盲目になったミチルの孤独が、胸に刺さる。

彼女は真っ暗やみの世界の中、
一人で生きていくことを覚悟し、あらゆる感情を摩耗させていった。
そして、上っ面だけの強さを塗りこんでいって、
きっと大丈夫だと、涙を飲み込みながら自分に確認をしていった。
ささくれだった心も、いつかはそれすら気づかなくなるだろうと。

本当は誰かにいてほしかった。
本当は誰かに必要とされたかった。
本当は誰かに許されたかった。

アキヒロの孤独が、ミチルの孤独が、痛いほど重なった。
彼女らの感情を、思考の経緯を、私はなぞった事があるかのように覚えていた。

 

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ラジオの収録

JUGEMテーマ:日記・一般
20090827_radio


今更ながらラジオの収録について。

当日は、すごい緊張しましたぁっ!

アドリブきかないからどうしよう、、、なんて言っていたら
「ラジオって台本あるから大丈夫だよ。」
なんて励ましを友人からいただいてましたが、
とんでもない!!
台本なんてないし!!

けれどMCの相田ひさとさんが上手にエスコートしてくれました。
さすがです。
慣れているなぁと感心しました。

そしてきっと、プロの手で綺麗に編集してくれるはず。。
どもった所は全部カットされてるはず。。。
そう信じよう。

実は、未だに聞いていないんです。

それにしても、いい経験になりました。
相田さん、それからディレクターさん、
どうもありがとうございました!!



 
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淀み

JUGEMテーマ:写真

20090627_tabako


たくさんの情報がありすぎて、
たくさんの経験がありすぎて、
たくさんの意見がありすぎて、
もう、ごちゃごちゃのぐちゃぐちゃで、
わからなくなってきている。
なにがなんだか。なんだかなにが。

もしも今、この耳を塞いでしまったら、
あっという間に浦島太郎になっているのだろうか、という焦燥感。
けれど全てを断ち切って、余分な絡まりを排除したい、という切迫感。

淀みの中へ、
目をつぶって手を伸ばしたものが真実になるのだと、
真実にするのだと、それが真実かもしれないと。





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それが持つ、力を信じて。

JUGEMテーマ:写真

20090906_birds2


夏休みが終わり、普通に日常に戻っています。

案外ナチュラルに戻れたなぁと思ってましたが、

確実に綻びというものがでていました。

 

なので、今日はちょっと落ち込んでます。

 

私が周りに甘えていたことが原因です。

実はこうなることは予測できてました。

けど、私は何もしませんでした。

だからそりゃそうなのです。

自分が悪いのです。

怒りの矛先はどこにも向かわず、

ただただ内に向けて悲しさが押し寄せてきます。

 

なので、元気になりそうな写真を選びました。

青空を大きく羽ばたく鳥は飛躍の象徴で、

自分ももっと頑張れるんじゃないかと思わせてくれます。

 

人の気分を明るくさせることが写真にはできて、

一瞬にして人を立ち直らせてくれるのが言葉だと思っています。

だからそれらを扱う仕事に就けてよかったと、感謝しています。


それが持つ、力を信じて。


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朝日

JUGEMテーマ:写真
20090914_sedona 


お久しぶりです、みなさま。

ずいぶん、ご無沙汰してましたが
実は夏休みをいただいていました。

正確には、まだ、夏休み中です!!

何気に今年初の旅行だったので、
チームメンバーの気遣いもあり、
ちょっと長めにもらっちゃいました。
感謝感謝です。
お土産たんまり買っていかねばー。

ところで今回の旅行は、なんだかトラブル続きでした、、、、。

まずは初日からスーツケースが行方不明になり、
それからカードがとめられ、移動の途中でビザ申請に写真が必要だとわかったり、
あとあと、携帯も停止になったり、トドメには乗っているバスが事故にあいました。汗

時間と心の余裕と記憶が残っていれば
後々旅ブログを更新したいと思います。

この写真は、セドナの朝日です。
乱射したものの、何気に気に入っています。

では、また帰ったらご連絡しますね。


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電車越しの再会

20090625_train


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月のように

 20090905_moon



月でいたい。

ずっと、地球の周りをまわってるの。



私はどこかに行っているようで、

でも本当はどこにも行ってなくて、

ただずっと、それを軸にまわってるの。



いちばん地球に近いところで、

ずっとずっと、それだけを見てまわり続けるの。








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無数のつながり


20060326_line




無数の紐や糸や導線やリボンが、

これとそれとをつないでいる。

それらは風に吹かれて、絡まったり切れたりそよめいたり。


何を意識するでもなく、

何を無理するでもなく、

自然の力で、自然に無数のつながりが生まれ、維持されている。




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そいつの主張

JUGEMテーマ:写真
 

 20050807_himawari



何においても控えめが好きだ。

主張しすぎるものは大体においてうざくらしい。

どちらかといえば。

 

ロゴ一面のカバンより、裏にこっそりロゴが入っているカバンの方がいい。

満面の笑みと大きな声で席を譲る人よりも、無言でさっと立ち上がる人の方がいい。

誕生日を主張する人よりも、オメデトウと言われたらしっかりとアリガトウを言える人の方がいい。

どちらかといえば。

 

良いものはきっと良いし、

主張せずとも漂う雰囲気に気品があるはずなんだと思っている。

その言葉尻に凝縮されているものなんだと思っている。

良いものはきっと良いのだから。

 

でも、

薔薇や向日葵は好きなんだけどね。

乙女心的には(笑)

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シャボンは吹かれて球となる。

JUGEMテーマ:写真

  
20090614_syabon


シャボンは、
人に吹かれて、風にさらわれて舞い上がる。

ただの液体を美しくするのは、ただそれだけではないんだ。


===========


今年に放映されたとあるドラマの中で、ご縁があり私の写真を使っていただいたのですが、
本日そのDVDが送られてきました!

 

実はまだそのドラマは見ていないので、今からすご〜く楽しみです!

DVDのほかに、実際に私の写真が使われた小道具も同封されていて、なんだか微力ながらもドラマの制作に関われたんだぁという実感がわいてきて、すごく嬉しかったです。わざわざどうもありがとう。

 


私は色々な活動をしているように見えるかもしれませんが、

でもそれは私がすごい努力したからでも、才能があるからでも、人より何かが優れてるからでもなく、

ただやりたいと思ったことを行動しているというのと、何よりも、すべて周りの友人あってこそなんです。

 

私は本当に良い友人に恵まれているなぁとつくづく思います。

写真を使わせてとお声掛けしてくださる方、個展を快く手伝ってくれる方、

メディアとの取材を調整してくださる方、ずっと変わらず私と接してくれる方、

そして、応援してくださるみなさま。。

 

ほんとうにほんとうにありがとう。

みんなあってこその私だと思います。

 

これが自分の力だと過信せぬよう、みなさまへの感謝の気持ちを忘れないよう、
心を引き締めていきたいなぁと思います。

丁寧に丁寧に接していかないとなぁと思います。

これからもどうぞ、よろしくお願いいたします☆ 

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「やりきっていない感」


20080823_door



やりきっていない感。

ゴール設定が出来ていない事と
自分で勝手に決めた価値観が原因だと思う。

自分の身の丈でわかりやすいゴールを設定するだけで
「やりきった感」は積み重ねられる気がする。

扉を開いたその時から、目指すべきものは明確な方がいい。




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懐かしの花火 

JUGEMテーマ:写真
 20090801_hanabi





疲れたぁ。

 
何かに誰かに寄りかかりたい。。



あぁ、

また船上から花火を見上げたいなぁ。



花火の写真を見て、なんだかもう、遠い昔みたいだ。

懐かしい。

懐かしい感情は、それだけ楽しかったということ。

だから嫌いじゃない。



楽しみなことと、懐かしいことのバランスが、

いまはちょうどいいのかもしれない。


けどもうこれ以上、バランスを崩したくはない、なぁ。



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ラジオにゲスト出演します

 
20090827_stadio


ラジオにゲスト出演することになりました。

わずか10分程度の会話ですが、だからこそ、難しいぃぃ。

このBlogやフォトエッセイでしかお会いしてない方たちが、
私の声を聞いてどう感じるのかとても興味があります。

声や話し方って、自分じゃわからないけれど
すごくキャラクターが出ますよね。

聞いていて楽しくなる声、
もっと聞いていたくなる優しい声、
知性溢れる凛々しい声。

みなさんがどう感じるのか恐々ながらも楽しみです。
感想いただけたら喜びます♪ 



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■9月13日(日)25:0025:12

76.1MHz Inter FMArt Mode」内

 「相田ひさとのHuman Knowledge

 http://www.interfm.co.jp/artmode/index.php?mode=sun

 

「輝く女性を応援したい」をコンセプトに、

仕事・教養・ファッション・グルメ・ライフスタイル・恋愛・結婚など、
今、女性が気になる情報をお届けします。

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片眼の猿 −道尾秀介

JUGEMテーマ:日記・一般
 katamenosaru



ほんと、書くスピードが追いつかない。。。




以前テレビで見かけたことがある道尾秀介さん。
ミステリー作家として高い評価を受けていますが、
この「片眼の猿」も面白かった。

ミステリーといっても、ちょっと現実味に欠けるというか、
道尾氏ならではの世界観がそこには描かれており、登場人物すべてにユーモアがある。
だから単なるミステリー小説としてだけではなく、雰囲気ある作品だ。

それからこの物語においては、文字だけの小説で物語を進めるという点をうまく利用して
読者の錯覚、そしてそれによる発見をもたらしている。
物語自体にも、そしてそれとはまた違ったところでの大どんでん返しがあるというかんじ。

読み終わったあとは、
うーん、見事!とうなってしまった。

ほんとこの人って、小説が好きで、
そして頭がいいんだろうな、きっと。






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フラット

JUGEMテーマ:写真

20061118_sea


フラットに見ること。

 

自分の感情や利益に偏った視点は排除して、

全体最適の観点で考えること。

 

フラットで居続けること。

 

そう思ってきたし、そうしてきたつもり。

けれど気持ちはよりインプレッションが多い方に偏りがちだし、

モノゴトはフラットさよりも声の大きさで決まっていく。

 

情熱がモノゴトを動かすのは確かで、

フラットで居続けようとする限りその点で勝ち目はない。

そうして本当は失いたくなかったものさえ守れないんだ。

 

「したいようにすればいいんだよ。」

 

自分でこうしたいという想いと、

フラットであり続けたいという気持ちが交差して、

どう動けばよいのかわからなくなっている。

 

「我儘に生きたっていいんじゃないの?」

 

フラットの仮面を被った者たちが、

黒々とした表情を隠し迫ってくる。

 

 

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避暑地でラヂオ

20050618_maruta

 

こんにちは。
今年は暑かったり寒かったりですね。


とはいえ東京の暑さやその匂いにちょっとうんざりして、

関東の端の方まで逃げてきました。

 

避暑地、という言葉だけあって、とても涼しくて気持ちよかった〜。

空気の匂いも透明で、風も優しくて、すべてが新鮮で気持ちよかった。

 

海派・山派とかってよくありますが、のんびりしたい時は山かもなぁ。

海は、なんだか莫大なエネルギーを消費するかんじで、

山はのんびり柔らかいかんじですね。

 

 

ところで、今度ラジオにゲスト出演することになりました。

収録は来週ですが、放送は9月の下旬になるようです。

 

ラジオって、ラジオですよ。

声だけが流れるんですよね。あたりまえだけど。

表情も、間合いも、そういった要素がない声だけの収録。

 

かなーり緊張します〜。


私はあんまりおしゃべりが得意じゃないんですよね。

しかもアドリブがきかない人間なので、、、フリートークはかなりドキドキです。

 

視聴者のみなさまが楽しめるような事が、私に話せるんだろうか・・・?

はぁ〜。大丈夫かなぁ。。。。

 

放送日が決まったらまた告知しますね。



 

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■日曜日25:0025:12

76.1MHz Inter FMArt Mode」内

 「相田ひさとのHuman Knowledge

 http://www.interfm.co.jp/artmode/index.php?mode=sun

 

「輝く女性を応援したい」をコンセプトに、

仕事・教養・ファッション・グルメ・ライフスタイル・恋愛・結婚など、今、女性が気になる情報をお届けします。

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JUGEMテーマ:写真 

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ベロニカは死ぬことにした -パウロ・コエーリョ 

veronika





よく「変ってる」と言われる私は、たびたび「普通」について考えていた。

 

普通ってなんなんだろう?普通って正しいのだろうか?普通になるべきなの?

 

けれどこの物語には、その答えが書かれていた。







最近読むペースに書くペースが追いついていない・・・


なのでとりあえずメモ程度。



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魔王 −伊坂幸太郎 ★

 maou


「魔王」は、私が知っている伊坂幸太郎作品の中では異色だった。
この話は全てにおいて政治に関するエピソードが取り上げられていて、
平和ボケをした日本の未来を案じる至って真面目で固めのお話だ。

そんな予想と違うテイストに戸惑ったためか、
気づけば後半は筋を追うだけで読み飛ばしていた。
どうやら私が彼に求めていたのは、冗談のようなコミカルなお話だったみたい。

そして私は物語の展開や構成だけではなく、
文字と文字が紡ぐ世界というか、文章の舌触りというか感触を味わうように読んだりする。

けれどそういった芸術的な要素が「魔王」には足りない。。。
だからじっくり読むのではなく、筋だけわかればいいや、ってなるのかもしれない。


内容としては、
なるほど私もファシズムという流れへ加担してる一人なのかもな、と思わされる。

危機感が足りずに政治へ無頓着になりつつある日本人は、
それを利用され知らず知らずのうちにファシズムへと扇動されている。
いうなればファシズム前夜の光景が描かれている。

それに気づいた主人公が、自らの特殊能力を生かして日本が向かう未来を変えようとするのだが、
前編の「魔王」は兄が考察を重ね、後編の「呼吸」は弟が直観力で対抗していく。

でも結局最後、弟は日本を変えるためにどう動いたのか、
そしてどうなったのかが語られておらず、前編の兄の幻想で想像するのみにいたっており
そこが物足りないかもなぁ。

いつものような、感覚的なおもちゃのようなお話だったらそんなラストでもいいのかもだけれど、
ここまで固く語っておきながらあとはご想像に、、、は、ちょっとひどい気もする。

 

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おもてなしのココロ。

 20090809_tisikiwine


壁一面の書籍。
それは私の憧れのひとつでもあった。
それは持ち主の脳みその複写でもあり、歴史でもある。

その部屋は、モノは沢山あるのに意図されて配置されてるせいか
整然としていて、アカデミックな雰囲気が出来上がっている。

居心地のいい場所。
何もないのも好きだけれど、沢山ある中に紛れて
一緒に整理されているように存在するのも、居心地がいい。

それはきっと家主のおもてなしのココロが、
ところどころに散りばめられているからなんだろう。

感謝!


 

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ユージニア -恩田陸 ★★★

 yu-jinia



物語の構成が不思議。
これが恩田ワールドというものなのだろうが、パズルのピースを組み合わせていくような感覚だ。



 

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赤×ピンク -桜庭一樹 ★

 redxpink



桜庭一樹小説のさらに初期の頃に戻る。
「赤×ピンク」
同じように表紙の美しさに目を引かれた。


舞台となるのは、「ガールズブラッド」というイベントだ。

それは六本木にある廃校となった小学校の中庭で夜な夜な行われる、会員制の格闘技。
闘うのは少女。あらゆるコスプレをした少女たちが囚人として手錠にかけられ、
軍服姿のウエイターに檻の中に入れられた瞬間からファイトは始まる。

主人公はそこで働く3人の少女だ。
それにあわせて物語は3つに分けられ、
そこで闘う事を望んだ4人の少女の背景や心に抱えた傷が描かれている。

一言でいえば、残念だ。
何が残念かって、彼女たちの行く末という物語の結末に対してではなく、この物語そのものに対して。

狙って購入したものではなく、本屋で気まぐれに手に取ったものだったならば、納得はしたかもしれない。
けれど単に設定の奇抜さだけに頼った小説に思えた。
そこに表現の美しさも、じんわりくる後味も、なにか含蓄めいたものもない。

ゆえにここから想起されるものは特になく、
ということで、書評はここまでとする。





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夏サングリア


20090808_sangria


友人宅のホームパーティにお呼ばれした。

ジャムを手作りするような家主の手作り料理を披露してもらえるというので、
スイーツかワインをそのまま持っていくのではなく、
あえてサングリアを作っていくことにした。

ワインが好きで、そして果物が大好きな私にとって、
サングリアは好きな飲み物のひとつ。

ライム、レモン、オレンジ、グレープフルーツなどの柑橘系に、
家にあったのでイレギュラーだけどスイカをいれてみた。
だってほら、夏だし。夏サングリアだし♪

それから色はにごってしまうけれど、
甘みを出すためにバナナ。

前回はそれにさらにキウイとかポンカン?とかメロンとか
家にあった果物全部いれたので、
果物の隙間にワインがあるくらいの混雑度で主役はどっちだ!?
というかんじだったのだけれど、今回はもう少しすっきりさせてみた。

赤いワインと、優しい果物と、そしてワインボトルの緑が綺麗だ。






JUGEMテーマ:写真
 
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忘れろと、空。

JUGEMテーマ:写真
 iichiko


この写真、好き。

いいちこの広告は、なにげに注目しているひとつだったりする。



「忘れろと、空。」

このキャッチフレーズもいい!



iichikoさん、写真使用させていただきました。


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花と咲き、雨と降る。

20090801_funehanabi 

 

「すごーい!きれい!!!」

そんな同じような言葉を、何度も繰り返し言っていた気がする。

デッキに寝そべりながら、今にも頭上に落ちてきそうな花火を見上げた。

それは花のように咲き、そして雨のように降り注いでいた。


瞬間的な美や、衝撃的な感動はきっと

短い言葉でしか言い表せないのかもしれない。


だからこそ、目と目を合わせて、

その表情で分かち合うのかもしれない。

 

『一緒に来たかったなぁ。』

たった2時間ほど前の彼女の言葉を思い出す。

きっと彼女は、さっきよりも強く、そう思っているに違いない。


ごちゃごちゃとした言葉なんて必要なくって、

ただ目と目を合わせて、そしてまた花火を見上げる。

それだけで通じ合える。

それだけで十分だったりする。


瞬間的な美や、衝撃的な感動の前ではきっと、

言葉なんていらないんだろう。


見上げる誰もが、3.4種類の単語だけを繰り返し口にし、

そしてじっとずっと黙って見上げていた。



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船上で想い、海へと散る。

20090801_bird 



「一緒に来たかったなぁ。。」


波の音と、風の音と、太陽の瞬きと、そしてカモメの鳴き声に紛れてたけれど、

聞きなれた友人の声は、たとえそれが囁きであってもちゃんと私の脳で選別されて届いた。


それは、花火が良く見える場所へと向かう海の上。

これから観るであろう花火はもちろんのこと、

水平線へと消え行く太陽を背に浴びる風も、

頭上を高く舞うカモメたちの群れも、

すべてが愛しくて、そしてそれに導かれるように愛しい人を想ったのだろう。



この美しい感動を見せたい。

この愛しい時間を共有したい。


まずはそう思える人がいることが幸せで、

そしてそれが実現できる状況にあることがさらに幸せで、

自然にそうなっていることが最上の幸せなんだろう。

そういう意味では、彼女は私より幸せだ。



ぽつんと呟いたその言葉は、その人に届いてるでしょうか。

そんな風に思っていてくれる人がいることを、その人はどう思うのでしょうか。


けれど彼女のつぶやきは、あっという間に風に飛ばされ、海へと散っていった。

想いは届かない。



この美しい感動を誰かに見せたかった。

この愛しい時間を誰かと共有したかった。

目と目を合わせ、微笑みあいたかった。


けれどそれも、海へと散った。


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砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない -桜庭一樹

 satougasi


「少女七竈とかわいそうな7人の大人」から桜庭一樹の作品に入り、そして魅了され、
まずは著者の初期の頃の作品をと次に手に取ったのがこれだった。
前作に続いて特徴的なタイトルは、個人的にはセンスがあると思う。つまり、かなり私的ツボ。

そして、七竈の古風な文体はあの作品に限定されたものだったのだとわかる。
けれどここでも同じように独特な表現が使われていて、それは不思議だけれど、なんだか心地いい。
そんな視点で語るのかと、新しい発見を運んできてくれたかのように関心してしまう。

もしも「正しい小説の書き方」なるものがあったのならば、きっとそんなルールは片っ端から無視してるのではないかと思う。著者の、著者ならではの世界で、ならではの表現が好きなようにのびのびと広がっている。

 

この物語は、結末から始まる。
海野藻屑(13歳)のバラバラ死体が発見されるところからだ。

物語はその一ヶ月前に遡り、
その誰もがわかっている悲惨な結末へ向かって確実に進行していくのだけれど、
もしかしたら。違って欲しい。実はどんでん返しがあるのでは?とつい期待してしまう。

それは生きている間の海野藻屑の輪郭があまりにもくっきりと描かれていて、
だからこそ健気に生きている少女に早くに大人になって武器を手にできるようになって欲しいと願う。

けれどまだ13歳である二人にとって、その現実は目の前に横たわっていた。
まだ義務教育中の未成年であり、親の保護無しには生きていけない、親を選べずに生まれてきた子供だということ。

なんていうか、、、、一日で一気に読んでしまいました。
衝撃的なのにコミカルで、そして美しいお話です。
さらにさらに、桜庭一樹ワールドにハマりそう。。。



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私の周りにふわふわと風船がたゆたう

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20080823_balloon



私の生活は何人かの優しい人たちで成り立っている。

と、感じるときがある。


もしかしたらそれは気のせいかもしれない。

けれどそう思えてることが、きっと豊かだ。


勘違いでもいいや。

感じていることだけは、ホントだから。




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少女七竈と七人の可愛そうな大人 -桜庭一樹

nanakamado




不思議だ。

最初の1頁目までは抵抗感がある、古めかしく改まった文体なのに、
読み進めていくうちにそれが癖になっている。
物語の主人公である少女七竈のキャラクターがその古風な言葉尻からよく表現されている気がして、その世間ずれしていない素朴さに彼女への好感を持ってしまっていた。
美しい容姿を持ちながらもそれを持て余している七竈と、その幼馴染である雪風。
目立たぬように、欲を持たずささやかに暮らしていた2人を、周りの大人たちが、そして運命が放っておかない。美しく切ない物語だ。


人より優れたものを持っていながらも、それを誇らない謙虚な姿に人は好感を抱く。
逆にそれを誇示した時点で、途端に羨望はそれと間逆なものに姿を変える。

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それでも、明日はくる。


20071230_train



それでも、明日はくる。


行き場のなくなった心も、ささやかな思い出も、時折立ち止まった記憶も、

全部 置き去りにして、過ぎ去って、どんどん小さくなっていく。



明日を迎える勇気がなくて、

でも、最後は明日が救ってくれる。

全部の輪郭を放り出したまま、明日はくる。



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重力ピエロ -伊坂幸太郎

piero


不安定なものはある。
いつだって、いくつだって。

例えば大好きな彼の気持ちが本物なの?とか、
目指すべきものが見えないまったりとした毎日、だとか、
更年期障害を迎えた母の機嫌だとか。。。
大小の差や質の違いこそあれ、何かに不安定さを感じることはあるだろう。

それがもしも、自分の出生に纏わることであったら?
生まれてきた所以に確信めいたものを感じられなかったら?

そんなこと、考えてみた事もなかった。
だって私には父と母がいて、2人が結婚して、そして次女として普通に生まれてきたのだから。
それが「普通である」ということさえ意識しないほど当たり前のようにその事実を受け容れていたわけだ。
つまり、私が生まれてきた経緯には、何の疑問を挟む余地もなかった。

それがもしも、母親がレイプされた結果として自分が生まれてきたのだとしたら?
だとしたら、自分という存在を根底から否定された気分になるのかもしれない。

自分はどうして生まれてきたの?
私は何のために生きるの?

そんな疑問はきっと誰だって一度は持つだろう。
けれどその疑問に伴う深刻さが、切実さが、きっとまったく違うのだ。

果たして自分は望まれて生まれてきたのだろうか?
いや、その経緯を知るからには、きっとそうでない可能性のほうが明らかに高いと誰でもわかるだろう。
そして、そんな犯罪者の血が自分の中にも流れているという事実。
生まれもって、自分が汚れた人間に感じるのではないだろうか。

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隣のトトロ

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「ところで、マミヤさん、いつもsimulationを、”シュミレーション”って、間違って言ってますよ。」

その人が作った資料について質問をしにいくと、突如としてそう切り返された。

「え?どう違うんですか?」

「正しくは”シ・ミュ・レーション”です。シュミレーションじゃなくて。」

と、不器用さを思わせるゆっくりとした口調をさらに緩めて、彼は”シ・ミュ”を強調して発音した。

たどたどしいけれどしっかりと発音をするその話し方は、巨大な草食動物と研究者を足して二で割ったようだと思う。
そう、イメージでいうと、彼の台詞には句読点が多いかんじだ。そのくらい、ゆっくりと、発音する。




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日本海

20090720_sea

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カーテンの隙間

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20070616_ka-ten



最近また、読書熱が高まっている。

一度読み始めると寝る間を惜しんで読みふけってしまうから、忙しいときには積極的に読もうとはしないけれど、最近時間ができたのと同時に何かに没頭する時間が欲しくなったので、早速次々と購入してみた。

なんとなく、夏目漱石の「こころ」や、太宰治の「人間失格」が読みたくなって、まとめ買い。
なんど読んでもいつ読んでも、常に何かを感じさせてくれる物語は素晴らしい。

燦々と降り注ぐ太陽をカーテンの隙間から想像しては、
急かされるようにページをめくり、気づけば優しい光に変わっていた。




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夏と夜と風と都会

20090623_singo2



夜風が好き。

だから、夜が好きだった。



でも今は嫌いだ。

なぜなら、そういう夏だから。



好き嫌いに、理由を探したくないときもある。

whatだけでいい。whyはいらない。

そういう夏もある。



街中をふらふら散歩したくなる。

都会の雑踏と夜は、こういうときいい組み合わせかもしれない。






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わたしのなかのあなた 〜My sister,s keeper

 mysisterskeeper


「わたしのなかのあなた」

この邦題を見たときに、最初はよくある恋愛物語かと思った。
けれどあらすじを読んで、なるほど、もっと物理的な意味なのかと理解した。

とはいえ結局どちらの意味においても、
それは男女の恋愛ではないとして、愛というものがあるのは間違いないんだろう。

自分の中に誰か別の人の存在を感じる。
それはとても心温かい気持ちになるものだし、そして心強く思えるはずだ。
けれどそれは状況変われば途端に苦しみにとって変わる。

つまり誰かを自分の中に受け容れるということは、
どんなカタチにせよハイリスクハイリターンなのだ。


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霧靄のタワー

 
 
20090703_tower




なんだか、久しぶりに東京タワーを間近で見た気がする。

東京タワーは大好きだ。
なんでか、裏切らない。
そんな感覚。


人は、信じるものがあれば強く生きられるけれど、
心はあやふやで儚くて脆くて不安定だ。
けれど東京タワーは強くて輝いていて安定感がある。

車で東京へ戻ってきたとき、
高速道路からビルの合間を潜り抜けていくと、
そこにはいつだってちゃんと想定通りの場所に東京タワーがある。
あぁ、帰ってきたんだなって思う。


変わることは成長をしていく上で大事だ。
けれど、変わらないものだってやっぱり大事だ。
そこには言い知れぬ安心感がある。

東京タワーは、いつだってそこにいてくれる。
嬉々とした私も、情けない私も、
いつだって同じように受け容れてくれる。


友人の結婚祝いで久しぶりに訪れた東京タワー。
女だらけの夜は、楽しく更けていきました。



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神の子たち

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ボランティア活動をしている友人の誘いで、
映画「神の子たち」を見に行った。

そこは大学のキャンパスの一部で、
映画館というよりはセミナーという雰囲気での手作り感満載の上映会だった。


内容はフィリピンのスモーキーマウンテンというゴミ捨て場の町のドキュメンタリー。
そこで暮らす数家族にフォーカスし、子供の死や飢えについて撮影されていた。
まぁ、良くあるアジアの貧困について赤裸々にありのままを映したもの。

最近なんでか、こういう映画を見る機会が偶然舞い込んできているように思う。
前にブログで書いた「未来を写した子どもたち」も、
友人とたまたま訪れた映画館で上映していたから観ただけだったし、
今回も、このボランティア活動の運営をしている友人の誘いで訪れただけだった。

まぁ、そんなことは良くあるただの偶然で、
たぶん重要なのはその偶然に私が気づいたことなんだと思う。

だって「未来を写した子どもたち」だって、
よく考えれば半年くらい前に観たものだったし、
そんな長期スパンでみれば、他にももっと多くの色んな偶然があったはずだ。

けれど私がそこに何かしらの縁を感じたのは、
すでに私の潜在意識の中に、それらにつながる何かを持っていたからだと思う。

そしてそれら二本の映画にその潜在意識が触発されて、
私はいま何かをぼんやりと思っている。






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梅雨の楽しみ


 20080823_water


そして私は、雨上がりも好きです。

そこかしこに出来た水たまりに映る景色は、

もうひとつの世界を思わせます。


あっちにも、こっちにも。

新しいもうひとつの世界が生まれた。









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揺らぎ。

20080921_turi



水面に風が触れれば、揺らぎ
水中で魚がUターンをすれば、揺らいだ。



豊かな水流は愛情のようだ。

けれど揺らぎ続けるのなら、
いっそ枯れてしまえばいいのにと。

枯れた大地を望んではいない筈なのに。








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人は。

 
 
20080823_bird




人は、自分で思っているよりも、案外自由だ。







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3colorから生まれる無限色

20051106_color2



自分という人間が、

ひとり歩きをしている。


cyan、magenta、yellow...。

この3colorから、無限の色彩が生まれるように

気づけばあちらで混合され、そしてこっちでも新しい色が生まれていた。

出会った人の数だけ、分離し、増殖し続けていく。







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カフェからの相合傘

20051001_cafechear


楽しくて美味しいランチタイムはあっという間に過ぎ去り、

カフェを出ようと外を見ると、いつの間にか雨が降り出していた。

「どうしよう。
 とりあえずすぐそこのコンビニまでダッシュして、傘買うかね?」 

と私が言うと

「うん、それでもいいけど、傘持ってるよ。」

と友人。

そしてカバンからするり、折り畳み傘がひとつ出てきた。



そして駅まで、ふたりで相合傘。

半分ずつ、肩を濡らしながら。

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時間を大切にするということ

 20090627_cry


時間を大切にするということは、

今に満足することだ。


泣いても、笑っても、悩んでも、

それは生きているということだ。


そばにいる人を、

そばにいてくれる人を、

大切にしよう。


私と同じ時間を共有してくれた人に、感謝しよう。

いま目の前にあるものを、大切にしよう。

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それをキラキラしてると感じたのか、考えたのか。

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20090627_kori



溶けたらもう、

戻らない。



光をキラキラと輝かせていたそれが美しいと思うなら、

面倒くさいことは考えないで、

手にとってみればいいと思う。


考えることと、

感じること。


考えすぎて感じたことを逃さないでね。

溶けたらもう、戻らないんだから。





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捨てる勇気

 
20080830_tomato

 


何かをソリッドに追求するなら、

捨てる勇気が必要だ。


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宙ぶらりんなそれ以上とそれの以下

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もういいや、

と、苦しさと向き合うことから逃げた時点で、

それ以上になることはないんだよね。



心配しても、

その想像以上に悪いことは大抵起きないけれど、

諦めるということは、

その想像以上に良くなることもあんまりない。



考えることをやめたら、

それ以下になることはあっても、それ以上になることはないんだな。


そうして、いつまでもなんだか宙ぶらりんのまま。







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魂の響き

 

20050626_doramu


優しさを持っていても、

気遣いができなければ、

その優しさは埋もれてしまう。



何事もきっとそうで、

どんなに素晴らしいアイデアを持っていても、

プレゼン力がないと採用されづらいし、

どんなに達観した考えを持っていても、

語彙力がなければ伝わらないのです。



それを表現する術を持っていないと、

なかなか伝わらない生かされない。



どんな想いを持っていたとしても、

それを言葉や行動にしないと伝わらないし、

逆にそれは言葉や行動にした時点で、

既成事実となって誰かの心に永遠に記録されるわけです。



それは少し怖いような、それでいて少し寂しい事のようにも感じるけれど、

じんわりと伝わり来るその優しさを、

ちゃんとキャッチできる人でありたいなぁと思う。

そして、伝えられる人でなければいけないなぁ、と思う。



魂が持つ優しさを、才能を、

私が媒介となって、誰かに伝えよう。

その魂の響きを、私が媒介となって奏でよう。




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影の存在

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20061226_shadow


それは蜃気楼と同じように、

人を錯覚させる。


そこにはない、どこにあるかもわからないのに、

影は色濃くその存在を押し付ける。


触れることはできないその存在を。




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happy wedding♪

 20090613_wedding



軽井沢まで、友人の結婚式へ行ってきました。

なんていうか、、、とても良いカップルで、お互いをとても大切に想っているふたり。

そこには【真の愛】というものがキラキラと輝いて存在していました。

本当に、温かくて素敵な結婚式でした。



そんな2人が言ってました。

「若い頃に結婚しなくてよかった。」と。


確かに若い頃は、まだ見るべきものが見えないままに結婚しがちかもしれません。

何が大切なのか、とか、相手を大事にするってどういうことなのか、とか。


何事においても、自分を知るというか、

自分にとって一番大事に思っていることや

自分の好きなこと嫌いなことがわかっていることは

何かを選択する上での納得感が大きく違う。

そこにはもう迷いなんてなくて、むしろ確信があるわけです。


ふたりはきっと、今日に至るまでに沢山の迷いや葛藤や模索が孤独の中にあったのだと思います。

けれどそれがあったからこそ、出会って、話して、共鳴して、確信したのだろうなぁと思います。

ほんとうに、一欠けらの迷いもない、結婚式でした。



結婚って、結果が全てだと思われがちだけれど、

その時に真実だと思えるならば、その先どうなったとしても、

そこに愛はあったのだと、それは間違ってなかったのだと、

そう言えると思う。



彼の手は、彼女を守るためにあるのだと、

添えられた手は、

そう、宣言していました。


happy wedding♪


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どこに行っても景色が変わらないような閉塞感。


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どこに行っても景色が変わらないような停滞感。
時間が足りないという焦燥感。
パソコンのレスポンスがちょっと遅いだけで何かをロスしているようでなんだか苛立つ。
もっと、もっともっと。はやくはやくと、生き急いでいる自分に気づく。
これはなんなんだろう???

決して怠けていたり、何もしていないわけではない。
日々あるものを精一杯こなしているつもりだし、平日も土日もそれなりに充実している。
なのになんでだ、なんなんだ???

そんな気持ちをどこかにずっと持っていては、
やれ次の会議の資料を作らねば、やれ待ち合わせ時間に遅れそうだと
すぐに意識は目の前の現実に向けられた。


そうか。

きっと、原因はソレだ。
ぽっと浮かんだ想いやアイデアは、熟すこともなく意識から消えて忘れ去られていた。

何かひとつを徹底的にやりぬくこと。
それを習得するまで、もしくはカタチになるまで。

例えば最近始めたトランポリン。
とても楽しいのだけれど、先生に技を教えてもらってそれを体で覚える前に、自分の番が終了する。
コツを掴みかけそうになった途端に終了する。毎回その繰り返し。
どこかで道具を貸しきって、自分のものになった!と言えるまでひとり徹底的にやりぬきたいのだ。

高校のバスケットボール部の練習では、汗だくでフラフラになるまでスリーメンをした。
目標の連続100本にたどり着くまで、エンドレスで徹底的に走り、投げ続けた。
あの感覚。あの充実感。


例えばイメージ。
朝、私はさっきまで見ていた夢と現のはざまで、ぼーっと色んなことに思いをめぐらせカタチになってない何かを考えている。
頭の中では、小さい頃母に連れられていった親戚の家を思い出していた。
その頃の自分に意識が戻って、すごく懐かしい感覚が体中に充満する。
あの階段を上って、それはこんな感触で、そこに金魚があって、それを私は眺めて・・・
記憶をひとつひとつ辿っていく中で、その望郷の彼方に何かが見えてきそうだった。
あともう少し、あともう少しで何かにたどり着けそうなんだ。
そして畳のにおいさえしてきそうだったその途中で、目覚まし時計がなった。
私はぱっと目を覚まし、会社へいくために起きあがった。
そしてその瞬間、さっきまで充満していた感覚は消えていた。

執筆中の時のようにたっぷりとイメージの湖の中を泳ぐ時間が欲しいのだ。
パソコンと写真しかないような環境に身を置き、テーマに沿ってひたすらイメージを膨らませては浮かんで来た何かをひたすら文字に落とした。そして文章から写真選定までを一日で作り上げた。あの感覚。あの達成感。


例えば写真。
日常生活の中で「あ。」と思う光景を目にする。
「あ、なんかいい。」と私のアンテナが捉え、それをどんな切り口で撮ったらいいだろう?
こういったテーマの写真を撮りためたらこんなことが表現できるんじゃないだろうか?と、一瞬思いつく。
けれどそんな私の思考なんておかまいなしにエレベータは止まり、電車は目的地につき、待ち人は来た。
私は否が応でも頭を切り替えなければいけない。
その構図やテーマをメモにとれたならまだいいほうで、大抵が、そのまま雑踏と共に消えてなくなった。

ほんとだったなら、その感覚を漲らせたままカメラを手に飛び出して、納得のいくまで撮り続けひとつの作品を完成させるまでやり遂げたい。一人旅に出たときのように、毎日の目的は感じることとそれに反応するように撮ることだけ。ひたすらその先にある一期一会を求めて撮り続けたい。
あの感覚。あの満足感。


浮かんでは消え、掴みかけてはまた消えていく何かを、しっかとこの手に掴み取るまで時間を費やしたい。
今の私はどれもこれも中途半端で、浅く広く触っただけで、何も【自分のもの】にはなっていない。
だから徹底的に何かをやり抜きたい。没頭して自分の世界に埋もれていたい。
徹底的にやりつくした先には、必ず何かが見えてくる。精神が研ぎ澄まされ、そして身体が反応するようになった先。

 

うーん、そう思いついたなら、具体的なアクションプランを考えよう。。。



なんか今日は思いつくままに書いてしまった。

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三枚目な結婚式


20090606_wedding


共に生きるということは、

その人の全てを抱きしめるということ。


過去も未来も。

罪も秘密も。


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信じる≒前進


20080823_sora
 


まずは信じてみなきゃ、

そこから何も始まらない。


信じるということは、

前を向いて進むという決意だから。


自分を、未来を、君を。

言葉を、希望を、約束を。

私は信じたい。







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ギャグ的人生センス

20080822_police

 


何かを楽しんでみること。


嫌な奴がいても、
そいつを観察して面白いとこコレクトしてみたり。

憂鬱なプレゼンがあっても、
逆転の発想で勝算をゲーム感覚で考えてみたり。

片思いに変化を起こせなくても、
たった1日だけドキドキDayを作ってみたり。


人生をギャグにしろ。
辛い事ほど笑って話せるようになりたいと思ってた。

何でも楽しんだもの勝ちで、
例えば目の前に横たわっている厄介な現実も、
人生という長い線上においては、小さな点。

人生はギャグだ。
そうやって生きられたらいいと思う。

そして瞬間的にだけ、真剣に生きるんだ。

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慣れゆく枯れゆく

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慣れるって、いいことなのでしょうか。

いろいろと慣れてしまって、毎日たくさんのモノや人や情報が過ぎ去っていく中で、サラリと交わして見過ごしてしまうことが、多くなってしまったのではないかと思う今日この頃なのです。

それはたとえば自分にとってのひとつの価値が小さくなっているということで、
また次がくるさとどこかで感じてしまっているわけで、
つまり価値のあるものがどんどん少なくなっているということは、
それに比例して幸福の数もきっと減っているということなんでしょう。

慣れというものは一緒に感覚を摩耗させていきます。
悲しさや喜びや希望も一緒に、きっとどこかに連れ去っていってしまいます。

だから大人は、感情を抑えることが容易になるのかもしれません。
傷つくことも減り、その悲しみも継続しなくなるのかもしれません。

大事なことはなんでしょうか。
鈍感になって、心を七人の敵から守っていくことでしょうか。

能動的に動くことをしなくなり、ただ刺激への反応だけを繰り返して生きるようになり、
そして、ついにはその反応さえも鈍くなっていくのかもしれません。
夏空と降り注ぐ太陽を背に、枯れゆく木々のように。
そこに最後残ったのは、ちっぽけな価値かもしれない。

もしも大事なものさえもやり過ごしてしまうようになっているとしたら、
それに気づかずに生涯を終えればいいけれどいつか気づいてしまったとき、
私はああと叫んで頭を抱えるのでしょうか。
そしてもしそうだとしたら、その時に出来ることなんてただそれだけなのもきっと事実なのです。

わかったふりして見過ごそうとしてる自分に気づいたなら、
そのひとつを軽視している自分に気づいたなら、
ふんぬと立ち止まって、そして少し考えて、自分から行動に移して生きたいと
そう思った湿り気の多い夜でした。









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幸せのカタチ

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自分はどれだけの人を幸せに出来るんだろう。

幸せの定義はなんだっていい。

他人でも身内でも。

全力でも片手間でも。

一瞬でも一生でも。

それがどんなカタチでも。




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ふわふわ

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幸せだったな、と思うわけです。

何も知らないって、きっと幸せだ。

幸せに生きるために、知らなくていいことなんてウンとある。






けれど前進するために、私は知る方を選ぶ。

そしてきっと、最後に感謝するだろう。


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咲きゆくも散りゆくも

20090523_tutuji

何か間違いがあったなら、
それは知っているべきだ。

正しくない選択をしているならば、
それは知っているべきだ。

自分を是正していくために。

周りの何かがうまく回らないと感じているとき、
それは自分の才能だったり、愛だったり、
魅力だったり努力だったりが足りないから起きていること。

知らないと何も変えられない、変えていけない。
どこにも行けない、向かえない。

このままでいいんだという開き直りに近い強さと
是正していこうとする謙虚さはアンバランスで
咲きゆくも散りゆくも結局見ているだけなんだ。





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ざらつく欲に。

20081002_rose


欲深い自分が、嫌です。

表現欲以外の、全ての欲を失くすことができたら、
どれだけ生きるのが楽になるんだろう、と思うことがある。

だからか、
欲が起点となって生まれるネガティブな感情に素直に従っている人に接すると、
ざらざらとする。

ざらっと撫でるものがある。
ぐっと締め付けるものがある。

復讐ごっこのようなネガティブなことに時間を費やすよりも、
自分を向上させるポジティブなことに労力を割きたい。

失われていくものは振り返らずに、
新たに作り上げていくものだけを考えていたい。

けれど、
所有欲や虚栄心から生まれた感情が
どこかにざらざらと存在しているのを感じるときがある。

そんな欲に煽られた感情さえなければ、
きっともっとすんなりと色んなものが許せるようになるんだろう。

それはもしかしたら強さゆえの許しではなく、
無関心ゆえの許しなのかもしれないけれど、
少なくともこんなに心を苦しめることはないんだろう。

あるものを、あるがままに受け入れる。

川に流されていく花を見送るように、
空に消えていく風船を眺めるように、
それはなるべくしてなったのだと。








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薪能

90514_takiginou

神田明神で開催された薪能を観に行ってきました。

知人が主催をしているので、
早々にS席の、さらに一番よい席をKEEPしてもらってたのですが、
舞台のまん前ですごい迫力でした。

薪能とは簡単にいうと、
舞台の周りに篝火を炊いて行う能のことなのですが、
夜が気持ちいい季節にそんなシチュエーションで見る舞台は
とても厳かで、とても幻想的で、とても優雅でした。
そして、とても心地よかった。

私はアウトドアが大好きというイメージがもしかしたらあるかもしれませんが、
こういう観劇や映画とかを観るのも好きだし、
屋内でのんびり読書したり料理するのも好きです。

つまりまぁ、快楽主義者なんですね(笑)
楽しい事や心地よい事は全部好き♪

とはいえこの夜は風が強くて、、、
気付いたら風邪を引いてしまってました。
GWはじめにも海風にやられましたが、
最近風邪を引きやすいです。
しかも風っていうのがどうやらポイントみたい。
これから夏だし、風に当たりたくなる季節。
でも風邪はひかないように、気をつけます。




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ひとり時間と。

20061014_dog


私はひとりで過ごす事が
多分それほど苦じゃない方だと思う。

ひとりランチに行くことも、
ひとりカフェで休日を過ごすことも
ひとり旅にいく休暇だってある。

そういうときはひとり空想にふけることもあるし、
ひとり読書をするときもあるし、
PC持ち込んでなにやらひとり作業をしてるときもある。
そして勿論、散歩をしながらひとり写真を撮ったりすることも。

かといって、決してひとりが好きってわけじゃない。
ただ、ひとりの時間を無駄にはしないってだけで、
やっぱり誰かとなにかをしてるときが最も楽しい。

そしてひとりで過ごす時間があるからこそ、
誰かと過ごす時間がとても愛しく感じるようになったように思う。
それが大好きな人だったらなおのこと。

私は結構人の好き嫌いをする方かもしれない。
自分の時間は、好きな人たちと重ねたい。
もしかしたらだからこそ、ひとりでいる時間が多くなってしまうのかもしれないし、
つまりは私にとっての優先順位がそういうことなんだろうと思う。

ひとりの時間は、大好きな人たちと過ごす時間をよりスペシャルなものにしてくれる。
同じ時間をより密度の濃いものに感じさせてくれている。
そして、そんな時間をくれている大好きなひとたちに、感謝したい。

もっと、ちゃんと、忘れずに、
大好きな人たちとの時間を大切にできますように。


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ストレスと努力

20061014_flower


私のお肌はトラブル知らずなのですが、
先日、親指ほどの大きさにうっすら赤くなっている箇所を発見。
一瞬火傷?かと思ったけれど、ようく見ると肌荒れしてる様子。
なんだこれ。なんでここだけ丸く荒れてるんだ?

例えばそれは、何かの薬品がかかってしまったようにも見えるし、
毛虫のような害虫に触れてしまったかのようにも見える。
そんなかんじ。

けれどどう考えても外部のものが触れるはずのない場所であったり、
気付けば同じものが体中のそこかしこにあるのを見て、
外的要因ではないんじゃないかと思いつく。

まさか・・・・・。

ストレス性の湿疹?

1ヶ月くらい前に、仕事で強いストレスを感じていた。
一瞬で肩がガッチリと凝るほどのストレス。

けれどそれくらいのストレス、今までにも何度も味わってきた。
そして若い頃より気分転換がうまくなったのか、深刻性・継続性もなくなってきた。

なのになんでかっていうと、それはつまり理由はひとつで、
遂にストレスが身体に出るようなお年頃になってしまったのだ!!
がーん。。。

とはいえ、湿疹のように目に見えるストレスの形はいい。
けれど、身体の内部の目に見えないところにもしも影響があったとして、
そしてそれに気付かずに悪化させていたとしたら、
それはなんて怖いことなんだろうと思う。

よく、女性の身体は繊細だ、という。
切ないほどほんとだと実感する。

だから、自分の仕事のスタイルが確立されたと同時に、
若い頃と違う仕事の仕方や意識の持ち方を心がけてきた。
決して無理はしない。心を追い詰めない。
なのになのに、身体はストレスに弱くなっているんだね。。

よく、20代の子たちには「がむしゃらに働け」って言うけれど、
がむしゃらに働いて得られるとても貴重な何かを逃すな!
っていうアドバイスなんだよね。

働いて働いて頑張って、プレッシャーを沢山感じて跳ね返して、
そしてその先に見えるものが何かを自分の目で確かめる事は、とても大切なことだし、
社会人として成長する上で必要なプロセスだと思う。


「努力なんて実らないよ。やるだけ無駄。」
かつて母にそう言い放った高校生の私。
そのとき母は絶句していた。

お母さん、ごめんなさい。
若さゆえの過ちでした。


そして、
今がその時だと思う人は、頑張れ!!
ほんとうに頑張って!






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無意識の喪失

20081227_candole

時間とともに、
または変化とともに、失われていくものがある。
それは必然だ。

きっとそれは避けられない宿命のようなもので、
ただ目に見えているものと、そうでないものとがある。

切ないのは後者だ。
知らず知らずの間に失われていること。

だから、

それはきっと、悲しくなんかないんだ。




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空回り観覧車

20070609_Ferriswheel


空回ってる感満載だ〜w

空回りたくないからって停止してると何も進まないし、
かといって空回り続けるとどんどん本質が見えなくなっている気がする。

こんな事で、やってる感を得ている場合じゃないんじゃなかろうか。
こんな事よりも、もっと核心に触れた何かがあるんじゃなかろうか。

決めるのは自分で、
マイルストーンを置くのも自分で、
正しいか正しくないかなんてきっと誰にもわからなくて、
だからきっと、意思が試されるときなのかもしれない。

迷いを吹っ切る事。
正しいと信じられる根拠を持つ事。
意思を持つ事。

ディテールに拘らないで、
ゴールだけを見据えること。

必要なのはWILLだ。



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奇跡の虹

20090508_Rainbow

東京の空に、大きな虹がかかりました。

オフィスのブラインドを全開にして、光の反射が少ない会議室に篭って撮影。

けれど結局、青空の反射を全面に受けてるこの一枚が、一番気に入りました。

虹は奇跡で、青空は希望。

この虹を見て、勇気付けられた人はどのくらいいるんだろう。


まずはひとり。
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喜怒哀楽を大空へ。

20080412_balloom


どうしてなんだろう。

いっつも肝心なときに、
気持ちをぐっと押し込めてしまう。

相手を慮っているつもりで、
この言葉が負担にならないようにって、
押しとどめて気づかないふりして誤魔化して、
気づいたらレールは全く違う方向へ敷かれてた。
あれれ?って、気づいたときはもう遅かったり。

もっと表現していこう。
素直に、思ったことを。

それでダメだったら、
確かにもっと悲しくなるけれど
納得はできるのかもしれない。

喜怒哀楽を表に。
傷つく痛さは判断に入れない。

喜怒哀楽を表に、思い切り生きよう。
握り締めた風船を、大空に高く飛ばすんだ。

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ゼロ基準の包容力

20090117_sora


すべてを包み込みたい。
あれもこれも、全部それも。

その弱さ故の過ちも、
過ち故に傷ついた心も、
傷ついたが故に空回る君も、
穏やかに受け止めてあげたい。

私は偉くなんかないし、だからその価値基準を押しつけられないし。
だからゼロにして、ゼロ基準で、ありのままを包むよ。

すべてを包み込みたい。
そういう人でありたい。

それで、笑ってくれるなら。


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海と裸足と太陽の変化

20090502_sea

海だ。嬉しい♪

みんなでわーーーって裸足になって、

みんなでわーーーーって波の中に走り行って、

みんなでわーーーーーーって水をかけ合う。


首にくっきりと襟ぐりの形が焼きこまれてしまいましたが、
しかも海風にやられて風邪をひいてしまいましたが、
とても、とても楽しかった。

そして、すごく懐かしかった。
こんなこと、ここしばらくやってなかったな。

海と裸足と太陽は、青春の匂いがする。
10年前と、なにひとつ変わっちゃいないその匂いがする。

変化は、環境だろうか、心だろうか。


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涙の持て余し方

20090412_sakura



さらさらさらさらと流されていく。

木々から散っていく花びらは涙のようで、
美しいけれど、泣いているようで寂しくもある。

女性が一番美しいのは泣く瞬間だ、とかつて言った人がいた。

それは慰めのつもりだったのかもしれないけれど
泣いている姿を堪能されているようで、少し悔しくもあった。

悲しいときに泣きたくなって、
悔しいときに泣きそうになって、
寂しいときに泣いてみようかと思ったりする。
全部ひとりで。

やっぱり泣き顔よりも、笑っている顔を見せていたい。
混乱や動揺よりも、安心や元気をあげられる人になりたいから。

涙を持て余して、その持て余し方もまだわからなくて、
ひとりでふらふらと行き場のない花びらを握り締めて彷徨う。
その花びらが行き着く先は、どこなんだろう。








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ツツジの色香

20090424_tutuji

新築マンションへ引越した友人宅に、
仕事を早く切り上げてみんなで押しかけ。

海辺にあるその高層マンションは、
レインボーブリッジから東京タワーまで、
東京の夜景全てを見下ろせる。

みんなで大人買いと称して、
好きな食材をわんさか贅沢にカゴに放り込んで、
最上階にあるキッチンスタジオでワインを片手に手料理。

前菜からパスタ、メインまで、
打ち合わせなんかしてないのに気づけばフルコース。
仕事ができる人は料理もできるんだ、と感心さながら。

グラスを2回も割ってしまった子がいた。
みんなはそれを笑ってネタにする。
彼は酔っ払って割ったのじゃなく、
一生懸命皿洗いをした末に割ったドン臭さ。
それを愛するからこそネタにする。

何もせずにひたすらワインだけ飲み続け食べ続ける人がいたり、
ずっとキッチンの前に立っている人がいたり、
それぞれがそれぞれのキャラクターとして受け入れられている。

誰も何も選んだわけじゃなく、
ただ偶然同じグループとなった、ランダムに集められた仕事上の同僚たちなのに、
そんな全てが調和して丸くおさまってるかんじが、とても居心地がいい。

その中に私はどんな存在としているんだろう、と思ったけれど、
まぁいいや、考えるのはよそう。

それが△であれ□であれ、
とにもかくにも自分もそこに調和しているということが、
今はとても大切なのだと思ったから。

仕事明けの金曜日に、とても贅沢な時間を過ごすことができました。
家主さん、どうもありがとう。


そしてみんなで駅へと向かう道すがら、
小雨が降りしきる中、強く咲いているツツジの花があった。

雨なんてはじけ飛ばして、
強く咲き誇るその凛とした様は、とても美しい。

強さは時として色香を伴う。
だから小さな街灯しかない暗い夜道でも、
私を惹きつけたんだろう。


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あの空の向こうにある未だ見ぬ景色へ

20090405_sakura.jpg


気がつけば
通勤路に咲いていた桜が、
葉桜になっていた。

桜ももう、終わりかぁ・・・

今年は気候が味方して、
いつもより長く桜が楽しめるといっているけれど、
でも
私にとってはこれで長いほうなの!?
と思うくらい、短い。

小さい頃は、
なんとなく桜は一か月くらい咲いているものだという気がしていた。
桜の季節が来たら、まぁ特別気にしなくなるほど一定期間続いて、
そして気づけば夏になっていた、というかんじだ。

それは桜や自然そのものに対する感じ方が
大人になって変わったせいもあるだろうけれど、
よく考えれば実際に桜に触れる時間も確実に減っているのだ。

単純に考えて、
昼間外にいる時間が、イコール桜に触れている時間だと換算すると、
10倍くらい違うということに気づく。

こんな風に、
大きいけれど小さな鉄筋の箱の中に一日中こもって、
いったいどれだけ美しい景色や感情に触れる機会を減らしてるんだろうと思う。

小さな箱の中のプレッシャーや虚勢や喜びや達成感と落胆が私の日常のすべてで、
その積み重ねだけの人生になってしまっていいのだろうか。

ひとたび旅に出れば、そんな重圧や悩みは小さなものだったと感じれるように、
私の人生は小さい島の小さい箱の中で小さくまとまろうとしているのかもしれない。
そんな風に、思うときがある。

けれどそんな日常が私を支えていて、
そんな日常でも人間は確実に成長することができて、
そんな日常もとても大切なものだとも感じている。

ただこの空の下のどこかに、
私がまだ見ぬ美しい景色がどこかにあって、
それを知らないまま死んで行くのかと思うと、
なんだかいてもたってもいられない気分になるのだ。

なんとか旅をしながら生活する方法はないかなぁ。
なんて、そんなことを今日もぼんやり考えながら、
実はそんなちょっとした現実逃避が、私の日常を支えているのかも、
とも思ったりする。

何事もやらなくてよかったことなんてなくって、
ただ、そうただ、そこにはちょうどよい分量ってものが、
それぞれあるだけなんだ。

私にはただ、十分経験してきたことと、まだ経験してないことがあるだけなんだ。

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桜吹雪の頃

20090404_sakura

お花見に行ってきました。
ちょうど満開になった頃で、すっごくキレイ・・・。

この時期の桜も好きだけれど、
もう少し経ってからの散り始めの桜も好き。
桜吹雪の中にいると、とても幻想的で不思議な気分になる。
心があらわれるっていうのかな。。

高校生の頃は、自転車通学でした。
だから放課後にくまなく色んな道へ場所へと行くのだから、
とびきり素敵なスポットを偶然見つけることがよくあった。

あれは、どこだったんだろう。
あの頃は、こんなにキレイにな桜吹雪を独り占めできる場所が
そんなに貴重だなんて思わなかったから、特に覚えてようとも思わなかった。

今はどこの花見スポットへ行っても、人・人・人。
単に花見を理由に飲むだけの場所。
けれど、桜を本当に楽しみたい私にはちょっと物足りない。


あれはどこだったんだろう。

風通しが良いちょっと小高い丘の上に
大きな桜が何本も咲いていて、
風が吹き続けて、それと一緒に桜の花びらも舞い続けた。
ただ風がふく音と、ただ桜の散る音だけが静かに繰り返されてた。

そのど真ん中に私は駆けていって、風と桜吹雪を体中で受け止めて、感じた。
本当に、本当に夢のような素敵な場所だった。
私はとても幸せな気分に包まれた。


あれはどこだったんだろう。
大人になると、そんな場所を見つける機会がぐ〜んと減る。


そうだ。
散歩、したい。
散歩は、思わぬ発見と感動を運んできてくれる。

家と、会社と。その往復だけの平日。
休日は決められた目的地へとまっすぐ向かうだけ。

いつもの行きつけの場所があるのはいいけれど、
でもたまには道をちょっとはずしてみる遊び心を、
いつまでも、いつまでだって、忘れないでいたいな。

今日は、静かな桜が見れました。
ありがとう。


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最後の誇り

20080816_himawari


社会の大きな渦に巻き込まれていく、非力さ。

どんなに抗っても変えられない、虚しさ。

脱力した身体は、諦めへの誘惑に流されそうになる。


でも、最後に突き動かすのは、誇り。

それが最後の原動力かもしれない。



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闘い

20060326_boys


結果を覆す事はできないのに

なぜ闘うのかと問われれば

それは誇りのためだ

と、答えるだろう。








 

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浮き彫り

20090301_0012125


最近、なんだか知らないけれど
今更ながら見えてきたこと、考えさせられたこと。

個対個の関係性のこと。


よく、結婚式とかお葬式で、
その人の人生が現れる、というけれど、
それに似たようなものかもしれない。


いろーーーんな友達に連絡をして、

久しぶりにコミュニケーションをする人もいて、

けれどその時にはお互いにベクトルが向いていたり、
心を寄り添わせる事ができたと思った一瞬があったりしたわけで、
もう大人になると、時間なんて関係なく、
その人の存在というものが自分の中に出来上がってるわけです。
「彼女(彼)とは友達だ」と。


けれど見えてなかったのかもしれない。

その場で楽しく笑いあっていた、ただそれだけで、
心を寄り添わす事ができたんだと思い込んでいた。

土壇場で人間性が出るっていうけれど、
(別に土壇場なんかはなかったんだけれど)
でも個展やらなんやらでちょっと一生懸命に何かをしはじめたとき、
その人の姿勢が見えた気がした。

ほんのいっとき、必要性があって絡んでいただけなのに、
環境が変わってしまった今でもすごく律儀な人もいる。

あんなに楽しく笑いあっていたと思っていたのに、
肩透かしをくらったような気持ちにさせられる人もいる。

それはいい意味で意外だし、
残念な意味でも意外なことだ。


前から、友達は大事だなんだと確か私は言ってきたような気がするけれど、
「大事にすべき人を見極めて、大事に関係性を築いていく」
ということが出来てなかったんだなって思わされた。

今回、いろいろな場面で私の友達をたくさん呼ぶ機会があって、
そのときに何度か言われたこと。


「まみやは、いい友達がいっぱいいるねぇ」


そういわれて振り返る。

果たして、私はそれを実感してきたんだろうか?

意識して作ってきたものだったんだろうか?

今まで別の方向にベクトルが向いてたんじゃないだろうか?

その、大事にすべき人たちにちゃんとベクトルを向けてきてたんだろうか?


大事にすべき友達、というものを見誤っていたのかもしれない。

そう気づかされた気がした。


そして、利害関係だけで動いていた人たちが、
浮き彫りになって見えた気がした。


大事にすべき人を、見誤らずに、ちゃんと大事にしていこう。






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空に溶けゆく朝の月

20050717_sunset



紺碧の空に浮かぶ白くまぶしい月は、
徐々に空に溶けゆき、ついには朝日に全てを拭い去られた。

空気は静かで、そこには私しかいなくて、
朝へと衣を変えていく空だけがあった。

私の心は無になった。

無は、私を救った。





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病は気から。

20051225_snow


どれだけ雪がその上に降り積もっても、
折れない負けない。

土は足元をしっかりと固め、
そこからたくさん栄養を注ぎ込み、
より屈強な大木にしてくれる。

だから、折れない負けない。
どんな吹雪に吹かれようとも。



=============


肩凝りの私には、週1で通っている整体院があります。

個展前は、その準備に追われていて全く行けてなかったせいか
日に日に身体にガタがきているのがよくわかりました。

で、やっと個展が終わり、整体院へダッシュ。
さぞかし「うわぁ、これまた凝ってますねぇ」と言われるかと思っていたら
「あ、個展楽しかったんですね。こんなに調子のいい間宮さん珍しいなぁ」と言われました。

私としては、意外なことを言われ、え!!!??ってかんじです。
でも、そういわれて納得するところも。。

私は「病は気から」ということわざを信じています。

例えば、私は一人旅の最中はなぜか病気になりません。
真冬のインド、息が白くなるほど寒い寝台列車の中で凍えながら寝ていても、風邪をひきませんでしたし、個展の日も寒かったにも関わらずノースリーブ&素足でいて、風邪はひきませんでした。

やりたい事、楽しい事をしてると、病気になんないんです。
それは、気合が入ってるから。

そうして、精神的にもすごくいい状態になります。
実は個展の2・3週間ほど前に、仕事ですごく悲しい事があってやる気を失ってました。
会社は、努力したからといって実る場所ではないんだとつくづく実感し、裏切られたような気持ちになってました。

ですがそれも、個展が近づくにつれ、その準備に熱中するにつれ忘れていき、ついに、「小さなことだな」と思えるようになりました。
だって私には、努力すればしただけ返ってくる場所があったんです。

海外旅行も、私にとって同じ効果があります。
広い世界を見て、価値観を再構築していくうちに、会社云々の悩みなんて、小さなことだなと思えてくるんです。

私の人生は、きっと、多分まだ続くと思います。
今の悩みは継続したとしても長くてたかだが1年で、人生の1/80でしかありません。
いや逆に言えば、そんだけ人生に影響力のない悩みに1/80でも捕らわれてしまうのは、なんだかすごくもったいない。
残りの79/80に関係のないことであれば、考えるだけ無駄だと思うんです。

どうせ悩むなら、どうやって生きるかについて悩みたい。
どうせ悩むなら、やりたいことに向けて悩みたい。

広い世界に出たり、やりたい事をやって充実していると、そんな風に思えてくる。
そして、そこからプラスのスパイラルが始まるんです。
だから悩むべき事、悩まざる事を見極めてから、ポジティブに悩みたいと思う。

今回の個展で私をそんな気持ちにさせてくれたのは、
ひとえに皆様が来てくれたからです。
よかったと言ってくれるからです。
それが、私の栄養源になっています。
本当に本当にありがとうございます。





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写真展「インドの欠片」が終わりました。

20090302_flower

無事、写真展「インドの欠片」が終了いたしました。
ご来展いただいたみなさま、寒い中本当にありがとうございました。

2日間で記帳いただいた数を数えると、なんと100人を超えていました。
ほんと、感謝感謝。
この記帳していただいたノートは一生の宝物です。
また次回の個展開催時には、DMを送付させていただきますね。
(といっても多分とうぶんないですが・・・)


そして、みなさまから沢山のお花や差し入れをいただいて、
帰り、荷物をまとめたときは嬉しい悲鳴でした♪

立派な胡蝶蘭まであって、大事に抱えて持って帰りましたが、
きっと私の部屋に胡蝶蘭が飾られるのは人生でこれきりだと思います。笑
送っていただいた方には本当に感謝しております。

20090301_flower


ところで私が個展を開催するとき、
ご来展いただいた方にいつもお願いすることがあります。

それは、気に入った写真にシールを張ってもらう事。

そうすることで自分と他人の感性のギャップや、
いろんな人のいろんな視点に気づかされたり、
そしてキャラクター分析までできちゃって、何気に結構面白いんです。

男性が好きなものや女性が好きなもの。
繊細な人、枠にはまらない考えを持っている人、素直な人、、、
などなど、選んだ写真を聞いていると、結構傾向がでるんですね。

ある人に、自分を晒すことをしている人は強いね。と言われました。
確かに私は、エッセイで文章として考えを書いてもいるし、
写真なんて言葉よりも無抵抗に自分の内面が晒されてしまうものだと思っています。

なので、ご来展いただいた方にもちょっとだけ晒してもらうんです。
どの写真が好きか、どうしてそれがいいと思ったか。
それを教えてもらうと、ちょっとだけその人が見えるんですよね。
だから、面白いなぁと思っていて、これからも個展の際には続けていきたいと思っています。
あと、みんなすごく一生懸命選んでいて、なんか、その姿を見て嬉しくなっちゃいます。


それから個展でもうひとつ拘っていること。
それはタイトルです。

写真を見たままのタイトルではなくて、そこに伝えたいメッセージをちょっとのっけてみる。
どうしてこのタイトルなの?どういう意味があるの?
と聞かれたらしめたものです。

例えば「どうして”時速10cmのキッチン”なの?」と聞かれました。
それは、まぁインドへ行った人はもうわかっているかと思いますが、
そんだけ料理が出てくるのが遅い!!っちゅーことです。笑

そんな会話をしながら、
ご来展いただいた方と会話できればいいなぁ、なんて思ったりもしています。

とはいえ、聞くことができないお客様もいる事を思うと、
次回からはタイトルの下に小さく解説を入れた方がいいかな、とも思います。

写真を見ただけではわからない、
実際に旅してその写真を撮った人にしかわからない、
その写真にまつわるエピソードを添えて展示できたらいいな。


個展は準備のときは大変で、
もうしばらくはいいや・・って思ったりしますが、
終わったあとは本当に充実感でいっぱいです。

直接写真の感想を聞けたり、
blogを見てきましたって人とお会いできたりと、
みなさんからエネルギーをもらう場だと、改めて認識しました。

この2日間で、みなさんからたくさんの喜びとエネルギーをもらいました。
これからも頑張ろうと思いました。
本当に、どうもありがとうございました!!!!
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役割を全うするというプライド


20081227_siger

プライドで、身動きできなくなる人がいる。

頭では理解っていても、心が動けない。
何かに拘束されているような感覚。
それはプライド。

プライドが高いことは悪いことじゃない。
けれど、何にプライドを持つかで、結果は全く違うものだと思う。

「くだらないプライド」とかって言葉はよく使われるけれど、
それはプライドを全面否定してるのではなくって、
「そんなところにプライド持ってるの!?」って意味であるように
どこにプライドを持つか?
それで、その人が問われる。


私は、役割って言葉が好きかもしれない。
役割を全うする、ということ。

どうせなら、
役割を全うするってことに、プライドを持ちたい。

それは、
生を受けた人間として、生き抜く事だったり、
自分の家族を守り抜くことかもしれない。

それはとっても根本的でスタンダードなこと。
そういうことかもしれない。

見栄とか世間体とかステータスとかよりも、
そんなものを全部投げ捨ててでも、
生き抜こうとすることを真剣に考える人や、
家族を守るために泥臭い仕事をする覚悟を持てる人のほうが、かっこいい。
断然かっこいいじゃん。その生き方がね。

それはとっても根本的でスタンダードなこと。
そういうことかもしれない。


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2009/2/28-3/1に写真展「インドの欠片」を開催します。
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言葉の果て、

20080428_faucet



どんなに言葉を尽くしても、伝わらない事ってあるんだろうか。






あるんだろう。



けれど、その限界がどこかまだわからないんだったら、

その限界が見えるまで、言葉を尽くそうじゃぁないか。



蛇口を捻っても何も出なくなるまで、

最後の一滴まで、努力してみようじゃぁないか。





それは、君が大切だからだよ。




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限られた空

20080823_mado



枠を拡げる。
いまいるそこが狭苦しいなら、
枠を拡げるのだ。

自分への制限をつけられたくないのなら、
明日への制約がひとつでも少ない方がいいのなら、
その枠を拡げるのは自分なんだね。

手を、足を、
思い切り踏ん張って拡げて、
もっと自由な自分へ近づいていく。

そこに映るのは限りなく拡がる可能性。
限りない空を追い続け、デキナイを、デキルに変えていこう。
ひとつでも多く。。




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図太さと繊細さと

20081227_ginza


図太いって言葉が、最近好きだ。

そうだ、どうせならとことん図太く生きてやれ。

簡単には傷つかない。
小さなことなんて気にしない。
打算とか嫌味とか面倒くさいものには惑わされない。
動揺なんてしない。

表現者としての繊細さと
生きる事への図太さを持って、
感受性を時には豊かに、時には鈍感にして、生きてやる。

生きてやる。



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7年の歴史

20090117_wedding

友人が結婚しました。
お相手の旦那さんも、良く知っている人です。

ふたりはずっと付き合っている事を隠していたので、
ここ数年でその事実を知ったときは、7年だなんて聞いてびっくり☆
完璧に隠し通してきた二人はアッパレというかんじです。

で、結婚式ということだから、お決まりのスライドが流れます。
大抵が、二人の幼少の頃からの写真が多くを占めると思うのだけれど、
今回は、付き合ってからの二人の写真の数がとても多かった。

アンコールワットで、変な格好をしながらお互いを撮る二人、
湖のほとりで仲良く並んでいる二人、、、と、
場所がどこかは覚えていないけれど、
日本国内から、南国や遺跡などのあらゆる海外までと、その点数は多かった。

あぁ、7年、なんだな、、、って思った。

二人には7年の歴史があって、ビビビ婚みたいに盛り上がりのまっただ中で結婚したってわけではなかったのかもしれない。お互いの嫌な部分も散々見ただろうし、悩んだこともあるだろうし、若い頃から一緒なのだからそれこそ喧嘩なんて沢山したんだろう。

けれど7年ずっと一緒にいたって、すごいなぁ〜って思った。
そこには既に”二人の歴史”があるわけなのだ。

なんだか、それを思うとじーんときちゃいました。
最近歳なのでしょうか?
歴史モノに弱いんですよーっ。

もう、私には年齢から考えて、そういう結婚は無理なんだろう。
だからか、ちょっと羨ましい気がした。

と思ったところで、でもそういえば、
別に結婚してからだって歴史は作れるんだからって事に気づき、
そうかそうかと、少し、楽しみになってきたのでした。

何をやるにも遅いってものはないんだね。

結婚、本当におめでとう。
二人は友達のような、兄弟のような関係性の夫婦。
そういう夫婦は、一緒にいて本当に楽しいんだろうなぁって思います。
末永く、お幸せに。


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2009/2/28-3/1に写真展「インドの欠片」を開催します。
詳細はこちら>> click here!

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励ましの神

20080909_tree

励ましてくれる人がいる。
強く、励ましてくれる人がいた。

それが思いきり偏った意見でもいい。
とことん客観的な意見なんて、言われなくてもわかってるから。

味方がいるという心強さと、
自分の何を信じればいいかを思い出し、自信が生まれる。

自信はエネルギーだ。
だから励ましはエネルギーをあげることだ。
奈落の底から一気に天上まで持ち上げるそのマジックに、いつも神を見る。

だから今でも落ち込むと、神を思い出す。

けれど神はもうそこにはいないから、
どんどんどんどん、落ちていくんだ。



■2009/2/28-3/1に写真展「インドの欠片」を開催します。
 詳細はこちら>> http://mamiya2.jugem.jp/?eid=446



20081114
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2/28〜3/1 写真展「インドの欠片」開催します@外苑前

20071227_agra

先日軽くお知らせした写真展の詳細が決まりました。
場所は前回と同じ外苑前のギャラリーです。

今回は過去に撮りためたインドの写真をメインにし、
スペースに余裕があれば、ペルーなどその他の国の写真も展示したいと思います。

28日には18時からはスライド&トークショーと、
その後ささやかながらパーティーを開催します。
簡単なフィンガーフードやドリンクを用意いたしますので、
おしゃべりやお食事をしながら写真をご覧いただければと思います。
インドのお酒を用意する予定です。

もしお近くにいらした際には、ぜひ立ち寄ってみてくださいね。


▼ 詳細はコチラ ▼

====================
間宮三紀 写真展 「インドの欠片」
====================

ひとりでインドへ行ってきた。
それは息を吐けば白くなる、真冬のインド。
そこはモノや人や匂いが溢れ返る情報のカオスだった。

だから、欠片をひろってみた。
インドの欠片たちを、1枚1枚 収めていった。
すると喧騒と混乱のインドは、たちまち「静」の姿をみせる。
その欠片は、静かに何かを訴えていた。とても強く。

【日程】2009年2月28日(土)11時〜20時
    2009年3月1日(日)11時〜18時 (入場無料)
    ※28日18時よりスライド&トークショー。 
    その後、ささやかながらパーティーを開催します。
    簡単なインドの軽食とお酒をご用意しています。(partyは3000円)
【会場】ichys GALLERY
    〒107-0062 東京都港区南青山2-11-14 イチーズビル3F
【連絡】 03-3401-2247
【MAP】 http://homepage3.nifty.com/ichys/map.htm
【交通】地下鉄 外苑前・青山一丁目駅徒歩5分程度。
    青山通り沿い、銀杏並木の向かいになります。

  party参加される方は事前にご連絡いただければ助かります。
   →申し込み先:info@3color.jp



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2009年、あけましておめでとうございます!

20050222_hata

あけましておめでとうございます。
2009年、始まりましたね。
みなさんはどんなスタートでしたか?

新年って、いい言葉ですよね。
ずっと昨日と今日と明日の継続で、一週間前と同じ一日の筈なのに、
冬の空気が澄んでいるせいか、街のあわただしさのせいか、
なんだかまっさらな気持ちになって、新鮮な一日を感じます。

そして新しい手帳に1月の予定を書き込むとき、
ちょっとシャキっとした気持ちになります。
なぜか、やけに丁寧な字で書いちゃったりして(笑)

そんな私ですが、今年の年末年始はなんだかバタバタしていて、
1年の振り返りや新年の抱負などをまだ決められてませんでした。

私は1年の振り返りをしたときにまとめる項目として
いくつかにジャンル分けをして書いています。
仕事、写真、などはもちろんのこと、
旅先や出会った人などもメモしています。

それをやっと落ち着いて書けそう。
頭の中で2008年が走馬灯のようにぐるぐるして、
そして2009年のイメージ、というか空想というか妄想!?をしています。

総括として、2008年はなんだか仕事がメインの年だったような気がします。
そして、日常的に写真はあまり撮れなかった・・・。これがちょっと残念。
なんていうか、センサーが反応しなくってね。。

けれども仕事が楽になった後半は、再び写真活動に専念。
「ふたり日和」とポストカードの出版が出来、そして個展の準備も始めました。
それから旅行もバリ、タイ、ペルーと行けて、特にペルーではよい写真が何枚か撮れた。
また後半は活動範囲を広げたので、色々な人との出会いもありました。
なんだか後半は充実した時間を過ごせました。

そういえば占いの話になりますが、私は2008年で大殺界を抜けます。わーい!
だから、後半はよくなってきたのかなぁ、なんてこじつけて考えちゃったりして。

けれど思い返せば、2006年、2007年は、なんだか辛いことの多い年でした。。
確かに出版や個展などをして、写真活動は順調に見えたかもしれませんが、
その他の部分で精神的に辛いことが多々あって、未来がぱっと見えなくなりました。
もしもそのときの私に写真と旅がなかったら、上手に気分転換を図れなかったかもしれません。
あー、やっぱり感謝だなぁ。

そして2009年は、素敵な1年になると確信に近いものを感じています。
アテにならない私の第六感ですが(笑)都合のいいものだけを信じて
新しい1年をスタートさせたいと思います♪

それではみなさま、本年も、どうぞ何卒宜しくお願いいたします。

>コメントや感想をくださる方、
ルールとしてblog上ではお返事ができなくなってしまったのですが、
本当に楽しみに、そしてありがたく思っています。感謝しています。

「そうだよね。」「うんうん」「ありがとー」なんて独り言をしながら読んでいますよ。
これからもどうぞ、どうぞ宜しくお願いいたしますね。

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奪ウヒト、奪ワレルヒト。

20080823_flower


「奪うより、奪われる側の方がいいよ。」

そう言われ、
最近いろいろなものを奪われ失ってきた私は、
そうだよねと、同意した。

人を羨むだけの人生なんて、そんなの嫌だ。
下から奪われ続けたって、私は上に手を伸ばし続ける。

どれだけ奪われたって、私は無くならない。
高く、高く、手を伸ばし続ける。



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未来を写した子どもたち

080827_miraikodomo_main


入ろうとした喫茶店が満席だった流れで、偶然に立ち寄ってみることになった映画館。
そこでちょうど1分後に本編が始まるということで見た映画がそれだった。

この映画のキーワードをあげると、
写真、インド、売春宿で生活する子供たち。

いずれも今の私にすごく響くもので、
なんだか予定していなかったこの映画との出会いに、不思議な縁を感じる。

どうしてそれが今の私に響くようになったかというと
「闇の子供たち」という小説をつい先日読み終わったからだ。
言わずもがな、売春をさせられる子供たちの話で、
それは東南アジアを一人旅してきた私にとって、
思い当たるところがある内容であり、それ以上に衝撃的だった。

2年ほど前に、東南アジアを旅していて思った。
私は女だから、実際に売春宿へ行く事はないけれど、
旅先で出会った人たちの話や、町で見かける女性たちの姿から、
おぼろげながらに売春をせざるを得ない子供たちの存在を知るようになった。

カンボジアで、とても可愛らしい少女が物乞いをしていた。
年の頃は10歳くらいだろうか、外人の好みはわからないけれど、
日本人であれば誰でも好む顔だと断言できるほどの美少女だった。

彼女は、大勢の兄弟と一緒に物乞いをしていた。
スコールにさらされながらも必死な姿は、それだけで胸を打つものがあった。

このまま生活が貧しいのでは、いずれ彼女は売られてしまうのだろうか?
もし親に今その気がなくても、いつか買春目当てで来ている男性の目にとまれば、
直接親に交渉してくるかもしれない。そうしたら。。。。

そんな風に一人勝手に想像をめぐらせては、胸を痛めていた。
けれども、「いや待て。それは悪く想像しすぎでは?もし仮にそうだとしたら、
もっと幼い頃にとっくにそうなっていただろうし。」
なんてことをまた一人で考え直しては、勝手に自分の中で完結させていた。

けれどもその小説には、私の想像なんかはるかに上回る内容が書かれていて、
著者が取材に基づいた事実を物語にしているというのだから驚いた。

生まれながらに売春をへと続く人生のレールを歩む事から逃れられない少女たち。
「未来を写した子供たち」の映画に出てくる少女たちは、
それを大人びた目線で客観視しながらも、
ある者は人生を受け入れ、ある者は希望を捨てずに抗って生きている。

その希望の光を与えたのが、
このドキュメンタリーの主人公でもある一人のイギリス人女性だ。

彼女は売春街に自らも住み、そこで売春宿の子供たちを相手とした写真のワークショップを開催している。
子供たちにひとり一台のカメラをわたし、自由に写真を撮らせ、時には撮影旅行まで連れ出している。

写真を通して外の世界を知る子、誰にも気づかれなかった才能を開花させる子、
将来への夢と希望を抱く子、、、と、写真をトリガーにこんな風に子供たちを救えるのかと、
意表をつかれたような気持ちで見ていた。

小説と違ってこの映画がよかった点は、最後に救いがあったことだ。

全部が全部成功するなんてことは、現実である限り難しいだろう。
けれどもひとりでもいいから、今いるところから抜け出させる手助けができたのなら、
私にとってそれは救いがあったのだといえる。


これを見て、私には、何ができるのだろう?と思う。
小説を読み終えた後も、そして実際にカンボジアの少女に会ったときもいつも考える。
募金?ボランティア?実際にイギリス人女性のように現地で子供たちを助ける?

けれどそれではたった一人の子供、いやそれならまだいい方で、
たった一人の僅かな時間を救う事はできるかもしれないけれど、
それでは抜本的な問題は解決されていないわけで、そもそもの
幼児売春がおこってしまう社会的な構造をどうにかしなくてはならない。

アフリカのダイヤモンドを巡る闘争もそうだが、
需要がなければ供給も発生しない。

どうか、幼い子供を買う大人が、この世からいなくなってほしいと思う。
この現実を知って、どうか、もうそういうことはやめてほしいと、そう思う。


とはいえ今の私は非力なのだから、このイギリス人女性の作ったNPO
キッズウィズカメラに募金するところから始めようかな。
http://www.mirai-kodomo.net/kwc.html


ひとりでも、多くの子供たちが救われますように。

  
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不器用者

20070123_kao

自分のミスが非難されそうになると、
ついつい、誰かのせいにして罪を分散しようとしたり、
だって・・・から始まるを言い訳したり、してしまいそうになる。
それは、自分が悪者になりたくないから。

「私の責任です。」
勇気を出してそう言ってしまう。
すると、失うものは案外そんなに多くなかったりするかもしれない。
プライドさえ、先に捨ててしまえれば。

非難されそうなら、真っ向からその非難を浴びればいい。
それが不器用な生き方なんだとしても、
器用に生きようとすることの方が、難しいって人もいる。

認め、事実を伝え、謝る。
不器用者なら、不器用者なりのスタンスで、潔く生きよう。




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わたしというひと

2008bymyself


最近、自分の宣材資料を作る必要が出てきて、
どんなものにしようかとあーだこーだ考えていた。

単なる略歴だけにすると、
私には何か誇るべき経歴なるものはなにもない。
賞を取ったことも、大きな仕事をしたこともない。

振り返れば私の人生全般においてそれはいえることで、
いつだって人より目立つことはなかった。

集団のなかの、中の中。
たまには中の上だったり、中の下になってしまうこともある。
とにかく真ん中平均ライン。そこが私の居場所だった。

それはどんな場面だって変わらなかった。
勉強でも部活でも、仕事でも写真でも。

だからブレなく生きるには、
人からの賞賛をうけようと思っちゃいけない。
基準はいつだって自分の満足感だ。
理想に近づけたか、妥協なく成し遂げられたか、
自分に恥じることはないといえるか。


話を戻すと、そんな私の経歴を書き連ねたものを作ったって、
そんなの斜めから見ても裏から透かして見たって面白くないのは明白だ。

であれば何だろうと考える。
あるとすれば、私が作りたいものや目指すもの、
表現する理由を伝えよう、と思った。

何を願い何をそのレンズの向こうに捉えたいのか、
私という人間をさらけ出すことの覚悟なんてとっくにあるのだから、
あとはそれをまっすぐに伝えよう。

まっすぐにさらけ出すのはとても痛いことだ。
いっそのことどこかの偉人の言葉でも借りてきたい。
けれどそんなのやっぱり自分への妥協になるのだから、
私基準で考えると満足感は満たされない。

シンプルに、まっすぐ。ありのままを。

それは至って簡単なことのように見えるけれども、
よく考えればそれができる世界の方が実は少なくて、
私が持っているあらゆる世界の中では、むしろここだけなのかもしれない。
だから私はこの世界に惹かれ、必要としたのかもしれなかった。

だから私は、私を撮ろう。
そう思った。

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試練

20080908_child


万事満たされていれば、

何も疑問に思わず、

何にも答えを出そうとはしないだろう。


出した答えの数だけ見えない何かが深まるのなら、

やっぱり、

試練は神が与えた贈り物なのかもしれない。

いずれ、その深まりは輝く魅力になるんだから。


だからほら、立ち上がって、強く一歩を踏み出そう。




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兄弟のような

20080908_girl



まるで兄弟のような感覚。

その表現が、一番しっくりくる。

恋人ではなくて、先輩後輩でもなくて、
ただの友人なんだけど、でもそこら辺の友人とは少し何かが違う。
そういう人がいる。

ダメなところを知っていても、どことなく笑って許せる。
口喧嘩をしても、次会うときには忘れている。
そういう人がいる。

何年会わなくたって、変わらないって、知っている。
それはもう、何年も経てきたから。

兄弟のような人なんだ。
こういう風に、年を重ねるにつれ、人との新しい関係ができていく。

だから、生きているって、楽しいんだ。

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一度すれ違ったら

20070913_bird


もう、
時間は恐ろしいほど経ってしまった。

戻るには、あまりにも空白が大きすぎる。
その間には、触れられないものがありすぎる。

一度すれ違ったら、もう戻らない。
もう追いつかないよ。


だからもう、振り向かない。
信頼も愛情も、いまだってちゃんと持っているけれど、
ちょっと先の未来を共有できなくなったという事実は
思ったよりも心を変えたね。


一度すれ違ったら、もう戻らない。もう追いつかないよ。
前へ、前へと進むのだから。


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ふたり日和

futari


初の恋愛エッセイ、
ふたり日和が発売されました。

何度経験しても
(といってもまだそんなにあるわけじゃないけれど)
この日はとても嬉しくて、ちょっとソワソワします。

初めて見本誌を手にしたときも
とてもドキドキします。

こんな機会をくださった皆様に感謝です。


今回の本は何度も言うように恋愛エッセイ。
だから、これまでの田舎時間などとはテーマもまったく違うので、
同じものを求めて手にされた方に、ちょっとがっかりされないかが心配ですが。。

これを読んで、暖かい気持ちになっていただければ嬉しいです。
こうやって本を通して、遠くの、きっと会うこともなかっただろう人を
少しでも元気にすることができたら嬉しいです。

もしよろしければ、ぜひお手にとって見てくださいね!
感想をいただけるともれなく喜びます〜


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満足度

20070811_wash

あなたは以下の1〜5を順番に得ていったとして、
どこで満足だ、と思えますか?


1.食と睡眠に不安がない事。

2.安全な生活が確保されている事。

3.誰かひとりの人に愛される事。

4.不特定多数の人に認められる事。

5.何かを表現する事。


人の満足の順番。
どこまでいくかはその人次第。

人によって「幸せ!」だと感じられるレベルは違っていて、
この順番のどこまでなのかなんだそうです。

また、この順番で満足していかないと
いびつな満足になって、いつまでも満足できない人生になってしまう。

持ってるはずなのに、なぜ?
人から見れば満たされてるはずなのに、なんで?
ってね。


私は、、、、
3・4を飛び越えてしまったな。

いびつな満足。
いつびな表現。
一生満たされずに渇望し続ける日々。

現状不満足が、向上心となり
成長へつなげるという。

そうだと思う。
そのとおりだと思う。

でもじゃあ、いったいいつ幸せってくるんだろう?


人生の全てを振り返ることができる
そんな人に、教えてほしいです。


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表層

20080216_window

気付いてしまった。

誰も真実なんか、見ちゃいない。



表層だけ。

それを長年つくりあげてきた人たちに、

私は畏怖する。


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花咲き乱れ





20080808_flower


私は花の写真をそんなに多くは撮りません。

というか、今回わけあって花の写真を探したら、その少ないこと・・・


しかも見つかったその写真は、なんだか暗いんだよね。

あの、ぱーーーっとした華やかな感じがしない。

どうやら、私は花の撮影が下手みたいです。

というか、性格が暗いのか!?



で、なんで急に花の写真かっていうと、

実はいま次作の準備をしているのですが、

表紙を花にしよう、ということになったからです。


「ただいま。」がグリーン系、「田舎時間」が白系。

であれば次は暖色ってことで、お花にしようっていうことになったのです。

しかも自作のテーマは、なななんと、






「恋愛」





なんですっっ。



実は、あえてこれまで書くことを避けてきたテーマだったりもします。


恥ずかしいとか、そういうのもあるけれど、

私の中の恋愛って、1種類じゃないんです。

だから恋愛という私にとっては広く漠然としたテーマの中から、

どれを切り出そうかと、そして矛盾させてはいけないななんて思いながらも、

私の恋愛というものの中には、矛盾したものが同居しているのです。

むぅ〜〜〜〜〜。


だからある時期の私を切り取ろう、と、

時期で区切ることにしました。

なので、このblogで書いてきた、その生々しい瞬間に書いたものとかも寄せ集まっている感じです。




それから、恋愛って非常に単純でありきたりすぎるので

どうしても似たりよったりになってしまうっていう悩みも・・・。


そう、恋愛で感じる幸せ、そして悩みって、だいたい共通してるんですよね。

各自どのレイヤーにいるかとか、そういう違いはあるけれども、

誰かをスキになること、愛しい気持ち、そういうのって、みんなが経験し、そして書かれてきていることなんですよね。



私らしさとか、そういうのを切り捨てて、

矛盾とかも、あんまり気にしないようにして、

作ってみました。



写真は表紙候補のひとつ。

これになるかは、デザイナーさんしだいでわかりません。

10月の発売予定です。

タイトルが決まったらお知らせしますね。






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高い場所から

20080427_sora

高い場所から街を見下ろして、いったい何を考えてるんだろう。

わからないけれど、でもきっと、

降りてきたときには、前向きな気持ちになってるに違いない。





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アムステルダム・ランチボックス

amus


私は人から薦められた本や、ひょんなきっかけで知った本には縁を感じて、
必ず読むことにしている。全ては必然であり、偶然ではないのだ〜。

「アムステルダム・ランチボックス」という本は、
最初に志羽竜一という作家を知り、そしてその足で書店へ行った先で見つけたものだった。

写真関連の本が多いので良く行っていたその書店は、小狭しいワンフロアしかなく小説が少ないことは知っていたので、「もしかしたらないかな。」と半信半疑で店員さんに聞いて案内された棚に並んでいたその本は、彼の最新作だった。

できれば一人の作家の作品を読む際には、処女作から順に見ていきたい。
けれど書店で手にしてしまったそれを再び棚に戻すのは惜しいような気がして、
「とにかく早く彼の作品を読んでみたい」という一心でレジへ向かっていた。

そして、仕事やプライベートの予定がぎっしり詰まっていた2日間のはずだったのに、
我ながらどこをどうやって空き時間をつくったのか、あっという間に読み終えてしまった。


感想は、面白い。


私はこういうときに、自分の語彙力のなさを実感して悲しくなる。
面白いなんて言葉は、私が感じたことの1%だって表せていない。
この小説の深さや意味を1%だって表せていない。

いや、むしろ感じたことの全てを総括して表してはいるのだけれど、
ただ単に、それ以上に伝えたいものがこの小説には詰まっているのだ、
ということかもしれない。

私は読みながら、常温で半分空気のようなサラサラとした水を飲むみたいに
心に溶け込んでくる文章に出会うと、言葉、文字というものの偉大さ、奥深さを思わされる。

同じ日本語を使っていて、それもたったの50個という限られた文字の組み合せなのに、
どうしてこんなにも印象が違うものが作れるのだろうかと思う。

文字と文字が連なった文章というものは、本当に不思議だ。
そして魅力的だ、と思う。それを操れる人を尊敬する。

攻撃性のある尖った文章もあれば、眠くなる愚鈍な文章もあれば、
この作品のように抵抗なく入り込んでくるのにしっかりとした重みを持ち合わせてる文章もある。

同じ50個のパーツを使って、私はこんな風に人の心に染み入る文章を作ることができるのだろうか。と立ち返ってしまう。

「アムステルダム・ランチボックス」は、眠くなることも攻撃してくることもなく、
テンポ良く物語が進んでいく。無駄がない、と思えた。
その構成も、台詞も、描写も、私はプロじゃないので正確なところはわからないけれど、
なんとなく無駄がないと思ったのだ。

程よく適切で、押し付けがましくない。
けれどサラリとしすぎているわけではなく、しっかりと読み手の心をつかんでいる。
そんなかんじだろうか。

ネタバレしてしまうので内容は控えるけれど、
出てくる登場人物それぞれにきちんとした人生があって、
生き様があって、古傷もあって、強さと弱さのバランスがある。

そのまったく違う生き方をしている人生が、後半にいくにつれて
うまくクロスしていくさまは、ほんとうまいなぁ~と思った。


私はぶっちゃけると、美晴があまり好きではなかった。
現実の世界でいうと、私の嫌いなタイプの人だと思った。
けれど彼女をそうさせた背景を知るにつれ、打算的な女、というイメージから、
不器用すぎるほど一途な女、というイメージに変わった。

とはいえ私はやっぱり近くにいて自分を支えてくれている人を
長期間に渡って裏切り続けていられるという点は、理解できないけれど。
だってそこには、やっぱり寂しさが伴うんじゃないかと思うから。

大事にしてくれる人が悲しむとわかっているということをやり続けるのは、
自分のことしか考えられない人か、でなければ良心の呵責に耐えられなくなると思うんだよね。

近くにいてくれて、自分を大切にしてくれる人は、
やっぱり大事にしてあげたいしまっすぐでいたいし、悲しませたくない。

その点、絢日はいつも真正面から向かいあおうとする姿勢は共感できたし、
ふと相手を疑ってしまっている自分に対する悲しさや悔しさは痛いくらいよくわかった。

そして、どんなにゼロからやり直そう、と思っていても、
過去に起こってしまった出来事は決して消えないという現実も。
それは自分の中のどこかに染み込んでしまっていて、ふとしたタイミングでネガティブな顔を出す。
その染みを消すことは決してできなくて、長い長い時間をかけて上塗りをしていくしかないんだろう。
長い長い、気が遠くなるような時間と努力を重ねて・・・。

かつて、上塗りに成功できなかった私は、読みながらそんな自分の過去を振り返ったりもした。
だからやっぱり、軽い気持ちで相手を傷つけちゃいけないんだ。
そして、自分が傷ついたらキレイに引くことも必要かもしれない。

で、私が一番好きだったのは智也かな。
なんか、芯が強くて大人だよね。

・・・と、ここまで登場人物に感情移入させてしまうあたりが、良い小説だなぁと思いました。
長くなったので今日はここまでにしよう。
本当は本人へ感想を伝えたかったのだけれど、連絡先がわからないのでここに書くことにした。

あぁ、やっぱり処女作が読みたくなってしまった。
受賞作って、どこで読めるんだろう???






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忘却と信頼と青い空

20080416_bulesky

忘れるということは時に自分を救い、
時に自分を疑心暗鬼にさせる。

頭上にまとわりついていた雨雲がすーーーっと晴れていくように軽くなる心とは裏腹に、自分への絶対的信頼が揺さぶられる。






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透き通った透明ななにか。

20080610_glass
なんだか嬉しいメールをもらっちゃいました。

私の仕事では、コミュニケーションツールとしてメールをよく使います。
表現の仕方により、相手に誤解を与えることもあるため、結構慎重に言葉を選んだりします。
キャラじゃないのに絵文字を使ったり(笑)

お世話になっております。から始まるメールは、
分厚く不透明なベールに包まれ、その意図を汲み取るのは難しい。

けれど仕事から一歩出たとき、
つまりその、、、義務とか必要性とは離れたところで書かれたメールは、
その人の気持ちがとてもよくあらわれているなぁと思う。


伝わります。
何かを伝えられる文章を書ける人は、とてもステキだと思います。

何を感じたかなんて後から言語化したもので、まず体で感じてしまうもの。
なんだかじーんときたり、思わずじーーっと読み返しちゃったり、
そういう風に何かが心に響いてくるもの。

そういった透明な想いが込められた文章をもらうと
なんだか、とても救われます。

自分の生きる意味、だとか、価値だとか、
そういうものを感じられる気がして、とても、救われます。

透き通った透明ななにか。
そういったものとの接点が、写真をトリガーとして存在しているのかもしれない。
だから私は、細々とでも、ブログを更新し続けているのかもしれない、なぁ。

なんて、思った今日でした。

今日は肩こりのせいか、頭痛がひどいですーーー涙
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夏が来ます。

20051002_shut

楽しみに夏を待っている、っていう、

この季節が好きだ。


窓を開け放つと、ふんわりとした洗剤と、

透明な風の香りがした。


そして終わる頃にはきっと、

理想と現実の埋まらない距離感を想いながら、

またひとつ、大人になるんだろう。



ひとつ、ひとつずつ。




それでも楽しみに待つことを、

やめないだろう。



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20080526_hand



譲れないものが、ハッキリしてきた。

そして、

許せるものが、増えてきたように思う。

そんな近頃。



大事なものだけをしっかりと掬い、

がっしりと握りしめ、

揺るがない核となる。



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陽だまり

20080504_hidamari


陽だまりと幸せのイメージはいつも一緒だった。

陽だまりの中に幸せはあり、
幸せの象徴として陽だまりは欠かせなかった。

それに気付いて私は陽だまりを探した。
あのぽかぽかとした陽だまりに包まれて、
うつらうつらとうたた寝をしたような、のんびりとした幸せを噛み締めたい。

そうしたらそこから手の届くもの全てを、
幸せの要素として私は思い込むだろう。

私があのとき感じた強い幸福感の理由も、今感じてる物足りなさも、
原因は難しいことじゃなくて、ただそれだけのことだったのかもしれない。

幸せの正体は、つきつめればきっと思い込みなのだ。


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メッセージ

20080322_tel


自分の好きなことや嫌いなことが何かを早くから知っていることは大事なことだ。

私が子供に何を教えるかといったらこれかもしれない。
メッセージはひとつでいい。じゃないと、それは残らないから。

私は母に「自分を大切にしなさい。」と教えられてきた。
これは小さな頃から繰り返し言い聞かせられてきたことで、
いまこそもう言われなくなったけれど、今の私の中に確実に刷り込まれているのを感じる。

あの頃はその言葉の真意というものがわからなかったけれど、
今はその言葉に裏打ちされた母の気持ちを察することができるようになったと同時に、
母という一人の女性の生き様が見えてくるようになった。

それから同じくらい耳に残っているのが、
「品のある人間になりなさい。」という言葉。

幼い私には、確実に誰もが醸し出しているけれども、
手にとり確かめることはできない品というものをキャッチするほどの嗅覚はなく
ただ綺麗な服を着ることくらいにしか理解していなかった。

いまは思う。
それはきっと、母は自分自身にも言い聞かせていたのかもしれないと。
どんな状況になっても、そう、どんな苦労があったとしても、母は品を失わずに生きてきた。


母が私たちに教えたことは、
きっと、母が人生でかんじてきたこと。

その二つの教えからは、
慎ましやかだけれども芯が強く、そして正しい、
昭和を必死に生きた女性像が浮かび上がる。


「自分を大切にしなさい。」

「上品に生きなさい。」

こまごまとした説教も多い母だったけれど、
大事なことのメッセージはシンプルだった。

大切な言葉だ。


ねぇ、母さん。

そのときあなたが未来に描いた私たちの姿に、
いま、私たちはなれているのでしょうか。




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赤いイチゴを囲む未来

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あの頃はよかったなぁ。
そんな風に後ろ向きに生きるくらいなら、と、もう次の輪廻を楽しみにしてる。

前向きになったようでやっぱり後ろ向きなその意見を、
これからもっと楽しいに決まってる。また戻ることの方が嫌だ、
と、満場一致で熱弁したみんなを、少し、羨ましいと思った。

どうしてそんなに未来に希望と自信を持ち続けられるのだろう。
私はいつまで”今”を楽しく生きていられるのだろうか。
振り返りたくないという強い思いが、時に未来への不安へと大きく逆ブレする。

スカッと晴れた青空の下で気持ちいい風になぜられたとき、
夕日とそこにいるみんなとに包まれた幸福感を感じたとき、
私はいつも忘れないようにと記憶を意識的にインプットする。

そしてその箱の中には小学校低学年だった頃の記憶もあるところから、
私はそういった行いを、過去とか未来とか思い出なんて考えもしない頃から日常的にやっていたということになる。

あれはいつの季節だったんだろう。記憶の色合いからきっと初夏だったと思う。
クラスの発表会に行きたくなくて、わざと遅刻をしながら学校へ向かって歩いていたとき、
抜けるような青空と、温かい太陽の光と、優しい風が吹いてきた。
私はなんだかちょっと嬉しくなって、それを忘れないでいよう、と思ったんだ。
そして途中にあった公園のブランコに腰掛けたところまでは覚えているのだけれど、
その後発表会に行ったのか、結局サボったのか、誰かに怒られたのかとか
そういう記憶は一切ない切り取られた記憶だ。

10年後も20年後だって、握っている手から流れくる温もりに不変を感じた時や、
まだ小さな体を抱きしめた時にも、きっと感じるであろうその幸福感を信じたい。

けれども信じるという希望を見ていられるのも、
”今”だからなのかもしれないというメビウスの輪にほとほと呆れながらも、
まぁ未来へ向けて精一杯考えてトライして生きていくしかないんだよなぁという結論になる。
要は決めの問題だね。あはは。

目の前にある赤い赤いイチゴは、ツヤツヤしていてとても綺麗だった。

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幸せケーキ

20080405_cake


どうも随分久々の更新になってしまいました。
久しぶりに開いてみたら、なんとも嬉しいコメントが入っていて、
それだけでやる気が出てきました。単純な私。

コメントをいただいた方、
どうもありがとうございます。
そういった言葉ひとつひとつに支えられて、
そしてたまにへこみ、また支えられてと生きております。

先日、友人の誕生日会がありました。
私は幹事というわけではなかったのだけれども、
誕生日会は主役をのぞいてお祝いをするみんながある意味スタッフだったりもするわけです。

で、幹事の子にケーキについての相談をされて、
大きいのがいいよね。イラストよりも幸せなかんじがいいよね。お花とか咲いてたらステキじゃない?
と話が膨らんだものの、そんな理想を実現してくれるケーキはどこにも見つからず・・・
じゃあ作っちゃえ!ということになり、当日私が作ることになりました。

そして、出来上がったケーキが写真になります。
われながらステキな出来上がりになりましたー。

味は、、、、、そりゃプロには勝てませんだろうけども。
でも気持ちは何よりもこもってます。

で、誕生日会の最中にそのケーキに蝋燭がともされて店員さんが持ってきてくれました。
テーブルに置かれた瞬間に、「かわいい!」「すごい!」「なにこれー!ステキ!」
という歓声を聞いて、あぁ、がんばってよかったなぁと思いました。

苦労が報われる瞬間って、
報酬だったり交換物だったり地位を得たりと
まぁいろいろあると思うのだけれど、
日々の小さな出来事においては、たいていの人が喜んでもらえたときなんじゃないかなって思う。

あなたが誰かに何かをしてもらったとき、
お礼の品とかなんだかとか面倒くさいこと考えてしまう前に、
「ありがとう。」と、笑顔で喜んであげてください。

大人の世界になると、何かをもらったら何か同等の品で返さなくてはいけないという暗黙のルールがあって、だから「あぁ、お隣の○○さんにこんなものもらっちゃったわ。何かお返しをしないといけないわよねぇ。困ったわぁ。だったらいらないのに。」というような会話をよく耳にします。

なんだか、それって悲しいなと。
目的がすり替わっちゃってるなって、子供心に思ったりしてました。

何か見返りを求めているならそれはすべきじゃないし、
逆に見返りを求められていると感じて返すのではなくて、
自然な形で返すことができたらいいなって思う。

つまりまぁそれは、
本当に親しい間柄だからこそ実現できることなわけなのだけれども。
大人になるって難しいです。

まぁ、親しい人たちと、社交辞令的なものを使い分けるんだろうな。
そつなくやっていくっていうことは。

久々のブログ更新は普通の日記になってしまいました。
最近は個人的な写真活動が保留になってしまっていて、
こんなんでいいのかと思ってたりしますが。
また、これからがんばりますー。
みなさまぜひとも宜しくお願いいたします。




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知識と経験の勘違い

20080301_dress


土曜日、親友の結婚式があった。
私たちは一匹狼同士的なところがあり、あまり大勢でつるむことはしない。
あくまで気に入った人とだけピンポイントで付き合う。
だから特にグループというものがないため、私はたった一人でカメラを持って参列した。

チャペルではバージンロード側の席に座り、
白人の神父さんが日本語で話す、式の段取りについての説明に耳を傾けた。
そして神父さんに促された新郎が、チャペルの入口に向かって立ち上がったのと同時に、私も後ろを振り返った。

するといつの間にやら、
バージンロードの先には、真っ白なウエディングドレスに包まれた新婦と、その父が立っていた。
物音ひとつさせず、派手な登場なんかはなく、魔法で現れたかのようにひっそりと静かに立っていた。
静寂が私たちを包む。

そしておもむろに、パイプオルガンが曲を奏でる。
その音楽に合わせて、一歩ずつ彼女たちは歩き始めた。

それを見たとき、とつぜん涙が溢れてきた。
それは私の意志とは関係なくぼろぼろと溢れてきて、我慢などできるものではなかった。
そして彼女が私の目の前に来たとき、直視してしまうとさらに大粒の涙が出てきそうだったので、
私は誤魔化すようにただひたすら、泣きながらカメラのシャッターを押し続けた。

ぼろぼろと涙が溢れてくる目はファインダーを通して彼女をとらえる。
彼女はまっすぐに新郎を見つめていて、そして、少し恥ずかしそうに微笑んでいた。

私はお化粧が崩れないようにそっと手でぬぐったけれど、
それに追いつかないほど涙はとめどなく流れた。

どうしてなのかわからない。
これがなんなのかわからない。

結婚式で泣くことなんて、殆どなかった。
あったとしても、それは自分に対する切なさからだったり、
それにしたって我慢できる程度のものだった。

結婚式で泣いたっていえば、つまりそれは、感動したってことなのだろうけれど、
私はそれを感動だなんて認識は全くしていなかった。

もしもこれが感動したということならば、
私はその言葉を知ってこそはいたけれど、
本当の意味で実感したことはなかったのだなと思う。

私は他にもいったいいくつの感情を、
知った気になっているのだろうかと思わされる。

それだけわけわかんなくて、
それだけコントロール不可能で、
それだけボロボロと涙が出てきた。

彼女が妖精のように、あまりにも美しかったからなのかもしれない。
教会の厳かな空気と、彼女が持つ凛とした雰囲気にやられたのかもしれない。

もしくは私と彼女の距離感の近さからなのかもしれない。
彼女と彼が結婚するまでの美しいストーリーを知っているからだったり、
彼女がその前の恋愛で辛くて死にそうだったのを知ってるからなのかもしれない。

理由はわからないけれど、
私は素晴らしく美しい花嫁と、美しい絆で結ばれた二人を見て涙していた。
別に、理由なんてどうでもいいや。いまここにある事実だけで。


そして、何より私の印象に残っているのは、彼女の笑顔だ。
彼女はいつもクールで感情をあまり表に出さない人だった。
「彼女を喜ばせるのは一苦労」といわれるほどに、満面の笑みを見るのは難しい。

そんな彼女が、その日、とっても幸せそうな笑顔を見せていた。
そして彼女らしくも、そんな笑顔を見せることへの照れが一瞬差込み、
それから泣きそうな、でもそれを我慢してるような表情になったりした。

いつでも理性的で、感情をセーブしてきた彼女でさえ
抑えきれないほどの幸せなのだろうということが伝わってくる。

私はたくさん写真を撮った。
彼女はまっすぐ、私に微笑んだ。

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不調と神前式

20080210_wedding




最近不調だ。
だからブログも更新が出来ない。

なんていうんだろう。
流れるように文章がかけない。
良い悪いの基準が曖昧。
そんなかんじだろうか。

だから確信を持って書くことができなくて、
書いては消して、、の繰り返し。

でも、そういうときはしばらく自分を放置してみる。
まぁ、無理なときはどんなにあがいたって無理なのだ。

最近写真が取れなくて、
休日に外出するときに、カメラを持っていくかどうか迷うところまで来た。

何も取れないのなら、もって行くだけ荷物、という発想にまで至ってしまったのだ。
これはマミヤ的ピンチ。


占いを信じるならば、
私は今年は大殺界なので、厄払いに行ってみました。
鶴岡八幡宮へ。

そこでは、神前式が行われていて、
カメラを持っていた私はやっぱり撮らずにはいられない。

うまく撮れなかったとしても、
もしも持ってなかったら悔しい思いをしただろうなと思うと、
やっぱり手放せなくなる毎日なのでした。

ちゃんちゃん。
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白い時間と黒い打算

20071110_urata

「もう、私には着れないなぁ・・・。
 ウエディングドレスは、若い子のものだよね。」
と、フロアのど真ん中で光に照らされた花嫁さんを見ながらボソリ言うと、

「そんなことないよ。mamiyaは似合うと思うよ。」
と、かつてプレイボーイとして名を馳せていた友人は言った。

それが何パーセントお世辞で何パーセント本心だなんてどうでも良くて、
そこに黒い打算がないのなら、素直になんか、なんとなく、笑った。


ちょうどその日の昼、私は黒い打算のど真ん中にいて、
それに気づいたとき、その人たちのアドレスを全部消そう、と思った。

それは純粋に友達になろうと思っていたこちら側の気持ちを裏切られた気がして、すごくがっかりしたからだ。
そして、その人たちがとても印象の良い人だったということが、残念さに拍車をかけた。

そして結局のところ、私はまだ彼らのアドレスを消していない。
それは未練からじゃなく、きっとたくさんの連絡がくるだろうから、
相手を認識していないと適切な対応ができないだろうという打算からだ。
打算に呼応するのはいつも打算だ。


「あ、あの人綺麗だね。」
と、私が指差して言うと、元プレイボーイはちらっと彼女をみて、
「mamiyaのほうが綺麗だよ。」と言った。

もーう、ほんとにこの男はぁ〜。
と思いつつも微笑ましい気持ちになるのは、
長く白い時間が知らずに作り上げてきた安心感と、
もう変わることはない確たる距離感のせいなのかもしれない。



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インド 〜 最初に

agra


年末年始は、インドへ行ってきた。

年末から、というよりも、
クリスマスから(汗)インド入りしてました。

ええ。
日本人女子が楽しみにしている2つのイベントを
軽くスルーしてインドバックバックの旅です。

インドは私にとって最大の難関、というイメージがずっとあって、
一人旅できる気力のあるうちに、絶対に行っておきたい国だった。

けれど、なかなかその一歩が踏み出せず
今回もギリギリまでなんだかんだ言い訳をつけては
決断を延ばしていた気がする。

けれど友人が、マイレージが余ったのでインド行くということになり、
一緒の日程で行けたら行こう。無理なら向こうで会おう!
と言ってくれたので、私一人の問題ではなくなり後押しをされた。

そしてなんだかんだと重い腰をあげて、
「ほんとにほんとに?まぢで私行っちゃうの?年末だよ?一人だよ?」 と弱腰の私が思いながらも、一方でクールな私が淡々とHISに電話をし、着々と予約をし、チケット入手しちゃったわけなのです。

インドは、好きになる人と、そうでない人が分かれる国
とよくいわれています。

私はきっと好きになるはず!
と自信を持って意気揚々と旅立ったのだけれど、
「う、、、これは好きになんてなれないかも・・・」
と、途中何度思ったことか。。。。

けれど帰ってきて

インド奥深い!!!!!!

これはまた行かねば!!!!

と、思ってしまったわけです。


インド、よかったです。

そこであった出来事を、
ちょっとずつ文章にしていければなぁと思います。


写真はアーグラーにて。

タージマハールは、ムガル帝国の第5代皇帝シャー・ジャハンが、
最愛のお妃ムムターズ・マハルが亡くなったことを悼んでこの廟を造営した。
つまり、お墓であり、愛の結晶なのである。

その思いが強かった事の表れなのだろうか、その霊廟は今も美しく佇み、私たちを魅了する。

そんなタージマハールと一緒に、インド人親子が一緒に水面に映った。
だからテーマは「永久の愛」ってかんじです。
今回の旅で、一番気に入ってる写真です。

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信号機への依存リスク

20070920_red


イメージだ。
イメージをしっかり持て。

要件の明確でない案件にエンジニアは困惑する。
ビジョンのない経営者に誰もついてこない。

間違いを怖がるよりも、
イメージがないことのほうがリスクだ。

ずっと人の頭の中を推測しようとばかりしてなかったか?
人の中に答えを見つけようとしてなかったか?

信号機ばかりに頼っちゃいけない。
自分の目で見て、判断しなきゃあ。

じゃなきゃ進めないんだ。
自分の中から見つけ出さなきゃ。









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特別という絶対値

20070920_bird


特別を求めてはみるけれども、それはどれだけ絶対的なのだろう。

「特別=運命」が違うならば、それはなんの基準値にもならない。






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平行線

20071208_sora

それは限りなく平行線に近い。

それは限りなく寄り添っている平行線で、
けれど決して交わることはない。

交わるということは
その次には見えなくなっているかもしれない。

それは互いが頑固なまでの直線だからいけないんだ。
前提はなにも直線だというわけぢゃない。
じゃないと単なる偶然の平行線だっただけのこと。
単なる偶然で単なる思い込みだっただけのこと。

寄り添って交わって重なって。
それは磁力と柔軟性で成り立っている。
意思と必然がそこにある。

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決めた。

20070920_bird


決める。

ということが、とても大切なんだなと思う。

それは覚悟することでもあり、
自分のスタンスを改めるということでもある。

例えば紙面上での約束だったり法的な縛りだったりに、人を変える力なんて微細で。
ただ、決めた。という事実がその裏打ちにあるからこそ、意味が生まれ人は変わる。

決めた。

私は、決めたよ。
飛び行く方向は決まった。

だから全力でそれを守るだろう。



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クワイエットルームにようこそ

070824_quietroom

朝、会社へ行く準備をしている間、
私は時計代わりにテレビをつけている。

そこでは色んなゴシップネタやニュースが流れているけれども、
最近は殺人事件がことに多いような気がする。

容疑者、または犯人、というレッテルをひっさげて写るその顔は、
あ〜、本当に悪人そうだなぁ、という印象を与える。
一方で、被害者、というレッテルとともに写るその顔は、
あ〜、いい人そうなのにかわいそうだなぁ、という印象を与える。

けれどその両者を知っている人間がそれを見たらどう思うのだろうか?と思う。
容疑者は「いかにも人を殺しそうな奴でしたよ。」といわれるのだろうか。
被害者は「何の欠点もなく、天使のような子でした。」といわれるのだろうか。

後者はあるかもしれない。
誰から見ても悪人なんて人は社会で共存していく以上そうあまりいないし、
人間は自らが抱え持つ僅かばかりの悪でさえ隠して生きているものだから。

けれどその容疑者は、果たして誰から見ても悪人だったのだろうか。
100人から一斉に石を投げつけられても仕方ないほどの悪人だったのだろうか。
怪我をして死にそうな子猫に追い討ちをかけるよう蹴り上げるほどの悪人なのだろうか。

疑問、葛藤、そういったものは善と悪が内在するから行われるものでもあり、
その容疑者だって人の子である以上、少なからず弱さや善の心は持っているのじゃないだろうか。
(もちろん人間としての機能が偏った凶悪犯もいるだろうけれど。)

そう思うと、ニュースに容疑者として写る全ての人が、
明らかに一般人とは一線を画していた悪人というわけではないのじゃなかろうか。

隣にいるその人だって、職を失い、家族に罵倒され去られ、
信用していた友人には騙され、お金も頼る人さえもいなくなったら、
どんな人になるのだろう。

私がいいたいのは、普通なんて錯覚なんだ、ということ。
どこにもそれらを分かつ一線なんてないし、いつだってそっちの世界にいけてしまうんだ。
誰にだってその可能性はあり、誰にだってふと頭をめぐらせてしまう邪な考えがあることだろう。

だいいち「普通」という言葉の定義は、
とてもあやふやだと思う。

映画「クワイエットルームにようこそ」は、
精神異常者と間違われた主人公明日香(内田有紀)が、閉鎖病棟に入れられ、
精神病患者と生活をともにしなくてはいけなくなる話だ。

「私は異常なんかじゃない。事故だったんです。」
そう訴える明日香だったけれど、担当医と同棲相手の同意がないと退院できない。
しかし肝心の同棲相手は仕事で海外へ行ってしまい、退院の目処は立たず窮地に立たされる。

マトモな自分がいるべきではない世界に閉じ込められ、
マトモじゃない人々と接しなければならない明日香。

けれど物語が後半へ行くにつれ、
明らかになっていく事実。思い出していく記憶。

「私はここにいてしかるべき人間なのか!?」
と、その理由を知るにつれ愕然とする。


「私は精神病ってわけじゃないんだけど、旦那が念のためってことでいるだけ。
だからもう退院するわ。じゃあね。」

そうやってサラリと退院をしていく粟田は、
患者たちからの寄せ書きと連絡先を捨てることを明日香にほのめかす。

「ここから出るってね、そういうことなのよ。」

マトモな世界とマトモじゃない世界。
そこは物理的にもはっきりと遮断されていて、精神的にも遮断しなければならない。
はっきりと絶縁しなければならないのだ。

けれど最後に彼女、粟田はまた戻ってくる。
結局はその境界線は彼女の頭の中にあるだけで、実際には存在しないのだろう。

そして恋人と向き合い、自分の真実と向き合った明日香は、やっと退院を迎えた。
病院を出るときまで持っていた寄せ書きや似顔絵、
そういった隔離病棟の患者たちとつながる全てのものを、
病院の出口で一瞥だけして、明日香は迷いなく捨てる。
そして、ふっと笑う。

その表情には、寂しさでも、軽蔑という感情も伺えない。
ただ、まるで幼いころの真剣で、でも何も見えていなかった頃の
自分を遠く懐かしんでるかのようにもみえる。

自分はどうしたって正常だという自惚れから、境界線を越えてしまった。
自分が異常だったことを認めた上で、向き合えた自分がいた。

正常と異常のボーダーライン。
そんなものは、決めるだけ無駄なのかもしれない。


いやしかし、宮藤官九郎はサイコーでした!!!
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風の吹く方、光の差す方。

20070913_fin

なんかもう、イロイロ迷ってばかりだけど、
結局は、ドンドン進むしかないんだよなぁ。

理由なんていいよ、そんなものはもう。
そんなものはもう、イマサラなんだ。

ただ、やりたいようにやる。
気が済むようにやる。

風の吹く方へ流れる。
光の溢れる方へ進む。

つまりは、自分を信じるしかないんだ。


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受容と理解

20071110_wedding

理解してくれる人と、受容してくれる人は違うんだ。

ただよくしてくれる人は、誰にでもよくしてくれる。
そういう人はいつだって翻る。

そうして彼女は、
最も彼女を理解してくれる人と、式をあげた。



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たゆたう

20070921_sarf2360

「ゆるぅくいこうよ、ゆるぅ〜く。」

そう言われて私は、ゆるぅく笑った。

前の私だったら笑えなかっただろう。
ゆるく成り立つ全てのものに、嫌悪感を感じていた。
堕落、妥協、無責任。そういった言葉と直結させていたから。

けれどカチンカチンに固まった氷柱は、
強い衝撃にすぐに折れ、環境が変われば簡単に溶けただろう。

肩の力を抜いて、たゆたう風に身を任せてみる。
逆らわず抗わず、そして自在に回遊する。

けれど芯は決してぶれていない。
それは、しなやかで強い。

たわいない会話も、
ちょっともらした愚痴も、
あいまいな約束も。

けれど決して芯はぶれていない。
だから強くて、だから優しいんだ。






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赤ワイン

20071101230352

今日はなんだか楽しかった。

飲みすぎたから楽しかったのか、
楽しいから飲み過ぎたのかはわからないけれど、
今日私が幸福な状況にあったことは確かだ。

最近優しい人がまわりにいる。
敵だらけのときとは大違いで、私は油断ばかりしている。

こういうときこそ気をつけねばならないのだ、きっと。
と頭では思うものの、どれだけストイックにできてるかは謎だ。

謙虚に、人に丁寧に接しねばならない。
努力を怠ってはならない。
現状に満足してはならない。

忘れないように…
邁進していこう。

ワイングラスに手を添えると、
赤ワインを通った光が手にうつってキレイだった。

もしかしたら、それがあまりにもキレイだったから、
楽しかったのかもしれなかった。


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バッテリー

0070616_guraund

今日、駅へ向かう道すがら、私を3台の自転車が追い越していった。
背中には誇らしげに背番号をのっけた、野球のユニフォームを着た小学生たち。
今から試合なのだろうか、嬉々として弾むように自転車をこいでいる。
かわいい、と思い、この天気と同じようにすがすがしい気持ちになった。

電車に乗った。
私が乗車した駅で沢山の人が降りたため、ほどほどに空いていて、私は誰に気兼ねするでも座席に座ることができた。
すると私の目の前の座席に、一人の男の子が飛び跳ねるように座った。
小学3・4年生くらいだろうか。背丈は小さく、まだまだ子供だった。
そしてその隣には、中学1年生くらいの男の子が座っていた。背丈はもう私くらいはあるだろう。意思と憂いのある目をしていた。まさに大人になっていく過程を強くかんじさせた。

どうやら二人は兄弟らしく、どことなく似ている。
お兄ちゃんの隣の座席が空いたので、弟はすぐさま移動してきたのだろう。その行動が意味するように、弟はおにいちゃんが大好きなようで、あれやこれやと手出し口出しをしている。お兄ちゃんは思春期真っ只中。弟のように感情を丸出しにすることはなく、ウォークマンを聞きながらポーカーフェイスだ。けれど弟のことを邪険にすることは全くなく、お兄ちゃんはお兄ちゃんらしい包容力で弟に対していた。

私から見て、なんとも完璧な兄弟像だった。
まるで、小説のバッテリーを読んだときに描いたような二人だった。
私はその二人の行動から目が離せず、思わずipodの曲をとめた。笑
兄は兄の役割を、弟は弟の役割を見事に担っていて、そしてとても仲が良かった。

私はその兄の中に生まれ始めているあらゆるものを、その目や表情からかんじた。
大人になっていく過程。自己との激しいぶつかり合い。優しさと照れ、そして反発。

美しい、と思った。
そして、なんとも言葉にできない感情がわきあがった。
それは愛しいに近いようで違う。感動に近いようで違うかもしれない。
けれどとにかく、私の心を鷲づかみにしたんだ。

今朝の自転車の野球少年や、男兄弟を見て、あ。と思うのは、もしかしたら最近読んだバッテリーの影響なのかもしれない、と思う。なぜなら、今までの私はそれらの人たちに反応しなかったと思うからだ。

私はバッテリーの中に登場する巧と青波というキャラクターに親近感を持ち、ファンになっていた。巧という偏った人間の不器用な、けれど信念を持った強い生き様に共感していた。まだ子供だった頃の、社会や学校の枠に抗えない無力さや憤りを思い出した。早く大人になりたい。早く力を持ちたい。早く自由になりたい。そんなことを思っていたことを思い出した。バッテリーという小説は、私が中学生の頃に感じていたことを思い出させてくれたんだ。そしてひどく懐かしい気持ちにさせられた。私には失ってしまったものがあるということを自覚させられた。

青い、とても青かった。
あの頃、私はまだ青かった。
そして小説の中の巧は、青さの真っ只中にいた。

私がバッテリーを通して、野球少年や男兄弟に感じたものは、あの頃の自分への懐かしさと愛しさなのかもしれない。
そして理由や経緯はどんなであれ、自分の中で今まで何とも思わなかったものが、愛しいというレパートリーに加わって、なんだか嬉しい気持ちになる。愛しいという気持ちは、自分に最上の質の感覚を運んでくる。視界がぐらっと揺らぐような暖かさと幸福感を与えてくれる。だから愛しいものはひとつでも多いほうがいい。

バッテリー。
それは私に束の間の物語を楽しませてくれただけでなく、青かった自分と再会をさせてくれ、今の私に愛しいと思える対象を増やしてくれたんだ。ありがとう。
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眠れない夜の寄り道

20071020

なんだか眠れないからって、
開き直ってブログ書いちゃってます。

・・・って、3時だよ!!!

最近12時には寝ようキャンペーンを、
個人的にひっそりとやっていたのだけれど、
体は布団に入れても、頭が眠ってくれないとなぁ。。。

最近風邪を引いてお仕事休んでました。
季節の変わり目には、いつも風邪をひく。

だからなのでしょうか。
眠くないなんて私らしくない。

とはいっても、ちゃんと朝起きれないのでしょうけど(苦笑)

なんだかんだでお久しぶりの更新です。
個展も無事終え、そして三冊目の執筆に苦戦し、
本業では仕事内容も変わり、何かと忙しくしてました。

それにしてもインプットは気持ちいい。

新しいもの好きっていうと、
落ち着きがないとか、
ミーハーって印象かもしれないけれど、
私は何よりもインプットしてるということが好き。

インプットし続けていたら、
いつかアウトプットもしてみたくなるのだろうけれど、
その割合は9:1くらいでいい。

じゃあいつそれを発揮するんだ?
たった1のためにインプットし続けるのか?
と思う人もいるかもしれない。

けれど私は自己満足のために仕事してるようなものなので、
それをアウトプットすることに喜びを感じるのではなくて、
インプットしてるんだというそのことに喜びがあるのです。
へんかな?

あ、と、
ここまで自分で書いて自分突っ込みですが、
じゃあ写真は?表現ってアウトプットじゃないの?
ともう一人の自分が言ってます。

うーんそうだねぇ、
でも仕事と趣味の写真は全く別で、
写真でインプットの喜びはないんだなぁ〜。

いい写真とかを見たい!という欲求はあるけれど、
知識的に何かを得て満足って感覚があまりない。
だから私の写真は、誰かや何かに習ったことがないのです。
オール独学。

仕事をする左脳は知識を欲してて、
写真を撮る右脳は表現をしたがるのかもしれません。

なんて、キレイにまとめちゃいました。

さてはて、先ほども書きましたが、
現在三冊目の執筆中。。。

けれども苦戦しております!!
え〜ん!!!
自分との戦いだああ。



写真は、つい昨日撮った
「6箱の女」の映像に使おうと思う
写真の一枚です。

私には珍しく、写真の連続でストーリー性を出している作品を作ってみました。
たぶん、次の個展ではスライドをおみせできると思います♪

では今度こそ寝ます〜
みなさまおやすみ!

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氷解

20070211_snow


ここぞというときには、ぶつかれないとダメだよな、と思う。

のらりくらりと避けて交わすのは、
処世術として長けてても、やっぱり技であり心じゃない。

いざという時には、心をさらけ出してぶつけられる人に、お。って思うんだ。

一面に張り詰めた氷が、氷解して美を見せたときのように。

お。ってね。


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光の当たる場所

20071013_rabo2

いつだって、クリアなはずさ。
いつだって、すぐわかるはずさ。

違う違うと否定し続けて、
いつか葛藤から救われたとしても、
その光を見失うことのほうが、こわいんじゃなかろうか。

いつだって、クリアなはずさ。
いつだって、すぐわかるはずさ。

だって、そこに光を照らし続けてきたのだから。
見失わないように。


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緊張と弛緩

20070921_suna

継続、自立、矯正、前進・・・。

自分に厳しくいなければいけない、という反面、
自分に優しくしなければいけない、とも思う。

けれど力み続けた筋肉は硬直化し、もうわからない。
何に鋭敏になり、何に鈍感であるべきかがわからない。

許す。
なにを許す?

認める。
なにを認める?

開放する。
なにを?
なにをなにをなにを?

言葉にしてみるのは簡単で、
でも心がウンと言うほど賢くなくって。

だから、踏ん張って登ってみたり、
サラサラと流されてみたり。。。


溶けてしまいたい。
いっさいがっさいなにもかも。


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そこは砂の山だとしても

20070921_suna

私という人間が
どれだけ何もないかなんて、
私自身が一番よくわかっている。

作り上げたと思ったものはいつだって、
すぐにサラサラと音を立てて崩れてく砂の山。

ただ、それでも
信じないと立ち上がれないから。

だから、きっと
信じて前進するしかない。

そこに客観性も、謙遜も、リスクヘッジも意味を持たない。

ただ信じる。
自分を信じる。
驕れるだけ驕ってみる。
客観性のないバカになってみる。

それだけが唯一。
それだけが希望。

その大地は傾斜で、足元が砂地だとしても。
いやだからこそ、太陽を見つめて登り続けるんだ。

カタチのない、
夢と希望だけを抱えながら。



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雲を見上げて

20070908_sora

想像し始めたらピンからキリまで果てしないけれど、
その裏側をネガティブに読み取ったところで
善いことなんてない。

見上げ続けて足元がすくわれることや
立ち位置を見失ってしまうことへの恐れを
少し忘れてみよう。

優しい気持ちをくれたそのふわふわとした白いものを
ただあるがまま受け止めればいいんだ。


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台風一過

20070812_school

台風だ。

直撃だ。

どうしよう。


わくわくしちゃう♪


生ぬるい風と、横殴りの雨。

これを肌で感じると、
ソワソワしてワクワクしてくる。

学校帰りに傘を捨て、
水溜りに向かっていった中学生の頃を思い出すんだ。

ずぶぬれになることを受け入れ、
何を気にするでもなく雨中に身を任せてみると
途端に雨風が楽しくなる。

そして翌日には、
透き通った空気と青い空が待っているんだ。

だから、不謹慎ながらも、
たまにの台風に、一人テンションが上がってしまうのでした。



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秋の海

20070901_sea


今年初の海は、

もう、秋色だった。


空はびっしりと曇がしきつめられていて、

夕焼けが撮れると思ったのに、ザンネン。


けれど、うっすらとしたピンク色の空が撮れましたー。





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10/13(土) 写真展開催します!@外苑前

inakajikan


8月発売のフォトエッセイ「田舎時間」の出版を記念して、写真展を開催します!

懐かしくなるような、ココロが青や緑色で満たされていくような、そんな写真展にする予定です。
慌しい都会の中で、束の間のの〜んびりとした田舎時間を楽しみませんか?

ちなみに今回のフォトエッセイに使用されている写真は、
私が7月に参加した、山形での農作業体験中に撮影した写真がメインになっています。

今回の写真展でもそれらの写真を中心に、
そして、のんびりとした夏の田舎を思わせる、癒される写真で構成されています。
当日は、私も会場にいる予定です。
ぜひ、買い物などのついでにお立ち寄りください!


▼ 詳細はコチラ ▼
出版記念写真展「INAKAJIKAN」
 【日程】10月13日(土)10時〜17時 ※入場無料
 【会場】ICHYS GALLERY
      〒107-0062 東京都港区南青山2-11-14 イチーズビル3F
 【連絡】 03-3401-2247
 【MAP】 http://homepage3.nifty.com/ichys/map.htm
 【交通】地下鉄 外苑前・青山一丁目駅徒歩5分程度。
      青山通り沿い、銀杏並木の向かいになります。

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ピンクの指輪に、サヨナラアリガトウ。

20070901_ring2


友人がプレゼントしてくれた指輪が、今日、割れた。

「ミキの占いを見たら、ピンクの指輪をするといいことがあるんだって。」

そう言って彼女は、そのガラス製のピンクの指輪を私に差し出した。
ピンク色の笑顔で。

あれは何年前のことだったろう。


最近、その指輪を毎日つけるのが習慣になっていた。
だからいつだって私の手には、二つの指輪が寄り添っていた。
左手小指にはピンキーリングと、右手人差し指にピンクの指輪。

そのいずれも人からのもらい物で、
そのいずれも私の事を想っていてくれる人だった。

不思議とそれをつけていると、
嫌なことが遠のいていく気がしていた。

全くもって思い込みなんだろうなと頭では解っていながらも、
出掛けに携帯をカバンにいれるのと同時に、その二つの指輪をつけていた。


そのひとつが、今日、割れた。

駅の改札を出ようとした
ふとした拍子に、するりと私の指を抜け落ち、
透明度の高い音を響かせながら私の足元を転がった。

私の幸せのジンクスだったはずのそれは、
キレイにまっぷたつに身を分けていた。

前日、とても悲しいことがあり、
手放す事への未練を断ち切れずに、
電車の中で欝々と考えていた矢先の出来事だった。

私はそれをそのまま捨てられず、
ポケットの中にいれ、そっと海辺で取り出し、被写体にした。

割れてしまえば、手放さざるを得ない。
最後にできるのは、こうやって思い出の一枚を残すくらいだ。

もうそれは期待していた機能を果たせず、私を幸せへと導いてはくれない。
壊れてしまったものをそれでもまだ手元へ置いておきたくなるのは、ただの感傷だろうか。

そうやって壊れたものを私の中に積み上げていったら、
きっと、新しい取り入れるべきものを吸収できずに、過去へと埋没していくだけなのだろう。


ありがとう。
と、心の中でつぶやいた。

今まで私に寄り添い、
気持ちの支えでいてくれたことに、ありがとうと言った。



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ありがとう。

20070827_flowers.


昨日、友人たちが私の出版祝いをしてくれた。

なんていうかもう、、、
まだ何から書いていいかわからないくらい、
すごく嬉しくて、すごく感謝の気持ちでいっぱいで、
とても幸せな時間だった。

来てくれた友人は、ほんとうに厳選されたコアな友人たち。
そして、
私が出版するまで、いろいろな形で応援し、支えてくれた人たち。

だから、みんなにお祝いされる、というよりも、
みんなに感謝する場、だと個人的には思ってました。

けれどしょっぱなから遅刻してしまい、、、、
ほんとうに申し訳ない。。。。


少しだけ言い訳をさせてもらうと、
そこはある意味私を軸として、知らない人同士も集まる場だから、
疎外感をかんじてしまう人がいるだろうなぁ、
そういうのやだなぁ、と思ってたのですが、
とはいえ、ひとりひとりとゆっくり話すのって、時間がないし難しい。。。
だから、みんなにメッセージを流すスライドを作りました。

そのときに流す音楽は絶対大事だなと思っていて、
音楽音痴な私なりに、ずっとあーだこーだ考えていて、
その曲を店員さんと探してもらってたら、
気づいたら時間が結構たってて・・・・

って、いいわけにはならないのは承知。
ギリギリにやる私がいけないわけです、ハイ、素直に謝ります。
ごめんなさい!!!!


でも終わってから

「とてもあったかくて、すごく素敵な会でしたね」
「とても感動した!」
「素敵な会でしたねー」
「なんか大事なものに気づかされたかんじです」

というメールが次々届いて、夜なべして作ってよかったぁ〜と思ったわけです。
報われるってこういうかんじよね。

こういう一通のメールで、報われる気持ちになれる。
やっぱり一言でも気持ちを伝えるって大事だなって、
報われた側になったときに実感するのです。


そして、
そこには沢山のプレゼントが用意されていて、
同期のコネタ付き乾杯の挨拶。
私がブログを始めてから今日に至るまでの過程をまとめたビデオ。
著作名とカメラが描かれたケーキ。
みんなが歌ってくれたハッピーバースデーの歌。
数々のプレゼントと花束。

それから何よりも、
幹事のみんなが一生懸命良い会にしようっていう気持ちが
すんごーーーーく伝わってきて、
それから来てくれたみんなも、私の遅刻を相変わらずだねと笑ってくれて、
ほんとほんと、、、、いい友人に恵まれたなぁと実感するのです。

私は口下手で、しかもアガリ症なので大勢の前で話すのが苦手で、
当日絶対うまく正確に気持ちを伝えるのは難しいだろうな
というのもあって、メッセージを流したのもあるわけですが、
やっぱりそれだけじゃ伝えたりなくて、
もっともっとありがとうを言いたかったのだけれど、
結局ほとんどうまい言葉が出てこなくて、それだけが悔やまれたところ。。

だから、改めてここで。

こんなダメな私の友人でいてくれてありがとう。
こんな私の出版を祝ってくれてありがとう。
大事な夏の休日に来てくれてありがとう。
ずっと応援してくれてありがとう。
プレゼントをありがとう。
花束をありがとう。

それから、
みんなの笑顔を、ありがとう。




みんな大好きです。

この大好きって気持ちが、
私の原動力になります。

みんな、優しさをありがとう。

だから私は笑って前へ進めます。

ありがとうありがとう。


絶対忘れられない、最高の一日でした。



ありがとう。。





今度は絶対もっとちゃんと伝えられるよう、がんばるんだ。




















photo by mamiya2

ガラスと心と感受性の透明度

20070609_glass




気にするだけ、損なんだ。

人の感情に鈍感な人は、
どんなに些細な思いやりを積み重ねても、
それ自体にさえ、鈍感だろう。

だからこっちが敏感になって、
あれこれ思案したって何も生まれない。

そのガラスは透き通っていないし、
あっちが見えないようにこっちだって見えないんだ。

けれどいっそのこと、
何も見えない曇りガラスのほうが、
幸せなときもあるのかもしれない。

そう、きっと彼は幸せなんだ。
どんなに周りを傷つけても。

そのガラスは透明じゃないんだから。
photo by mamiya2

花チカラ

20060226_flower

今日、花束をもらった。
私は喜んだ。

今日、花束をあげた。
彼女はとても喜んだ。

花束ひとつで
この地球上に笑顔がひとつ生まれる。

それは花は美しいからで、
けれど美しいだけではなく、
そこに優しい気持ちがのっかってるからで。

300円から買える笑顔。
誰にでも生み出せる笑顔。

今日、花を一輪、買って帰ろう。
photo by mamiya2

機能美

20070812_crane

なぜだか知らないけど、
クレーンに心惹かれる。


なんていうか
無駄がない
のだ。



私はなんでも無駄がないのが好きだ。

仕事はできるだけ効率的に。
道だって最短コースは当然選ぶし、
服装にも無駄な装飾はいらないのだ。



機能美という言葉のそれが示すように、
それがそれであるという役割を果たすために、
必要な機能だけがついている。
そういったものが好きなんだ。







ところで今日は、友人との買い物のあと、
半日分ほど時間が余った。


表参道でリリースされた私は、
とくにやることもなく、
とりあえず青山一丁目に向かい、目的もなく歩き始めた。
それから理由もなく、裏道を歩いてみた。


そうすると小さな発見がある。

あ、こんなところに案外地味なアパートがあるんだ。



あ、都会の真ん中に曲がった電柱が。



あ、クレーンだ。



あ、あのcafeかわいいなぁ。






そして私はそのcafeでカプチーノをいただく。








なんだかまどろんだ空気が私の周りに流れ始め、
ぼーーっと道行く人を眺めた。













無駄っていうのも、
たまにゃいいもんだ。



っていうかそもそも
写真ってもの自体、無駄から生まれた楽しみでは??

そんなことを考えながらの帰り道、
私は大好きな惑星タイマーを歌いながら帰った。

photo by mamiya2

りんりんと鳴くその音に泣く。

20060324_rinrin


私は恵まれてると思う。

何がどう恵まれてるかわからないけれど、
でも、恵まれてるんだと思う。

いい友達がいて、ちゃんと収まる会社があって、
不恰好だけど家族と、帰る場所がある。
それから打ち込める趣味がある。

それって十分じゃない?






でもなんで、
心はこんなに孤独なんだろう。

でもなんで、
いつだって泣きたい気持ちなんだろう。






なんでなんて、
ほんとうは、わかっちゃいるのに。

なんでなんて問いかけたって、
無意味なことをわかっちゃいるから。


そんな心の声を掻き消すかのように、
最近、大音量で音楽を聴くのがマイブーム。



今日も、音楽を手放せそうにない。

なんでもいいから鳴り続けてて。
photo by mamiya2

田舎時間が発売されました

inakajikan_main.

こんにちは、間宮です。

宣伝させてください〜。

この度、第二冊目として「田舎時間」が発売されました〜。
ぱちぱちぱち。

「田舎時間」はこちらをクリック!



今回は、ほぼ私が作った原稿どおりのデザインになってます。
ので、このブログのイメージに近い仕上がりとなってるはずです。

けれども、なんでだろう。
私の作った原稿通りのはずなのだけれども、
もっとこうすれば、もっとああしたい、
と、満足するラインまでなかなかいきません。。。

今回は、写真がイマイチだったなぁと。
やっぱりただの挿絵になっちゃうのは、
選定がよくないんですよね・・・。

写真が主役であり、
そして文章も主役であり、
けれどもお互いを殺しあわずうまく共存し、
かつ生かしている。

そんな風にしたいのだけれど・・・
まだまだ、写真が追いついてないようです。(反省)


みなさん、まだあまり書店にはないですが、
もしよかったら見てみてくださいね。

あと、感想くれたら嬉しいです!!!



photo by mamiya2

空気よりも軽く。

200610_fuuen


なんで人を撮らないの?
と、5人中1人の割合で聞かれる。

私は、3人中1人の割合で、
人間が苦手だから、と、空気よりも軽く答える。

そういう私こそ、
実は最も人間を欲してるのかもしれない。
だから、苦手だと感じてしまうのかもしれない。

なんてことを、心のどこかで感じながら、
次もきっと同じように答えるだろう。
水素よりも軽く。
photo by mamiya2

夜空に咲く花

20070805_hanabi


夏の夜空に咲く花を、
この色を、忘れないでいよう。


そしてその色に照らされた
君の横顔も。


私の中でそのふたつのイメージがワンセットとなって、
記憶の箱へとしまわれる。


そんな風に
ひとつ、ひとつの記憶を君に結び付けていった先には、
積み重ねた人だけに与えられる幸せが待ってるはずなのだけれど、

もしもそれが、そうじゃなかったら・・・。
どれだけの痛みの起爆剤へとかわるのだろうか。





ひゅぅ〜〜〜〜



ドーーーーーーン・・・・!!!






あ、
またひとつ、花開いた。



そして
結局やっぱり、
私は右隣を見上げてしまうんだ。



photo by mamiya2

アンバランス

20070729_sentaku


アンバランスという、

バランスに、

惹かれた。



不恰好かどうかなんて、

いったい誰が決めるんだろう。



photo by mamiya2

反比例する色と記号

20070602_kigou


あなたは私のこの気持ちを、
色として感じてくれる?

それともやっぱり、
記号に変わるだけなのでしょうか。






photo by mamiya2

終わる、その紫陽花の色

20070722_ajisai2

気づけば、もうだいぶ髪を切ってない。

女子リョク、オチたな。


気づけば、白いスカートのすそがほどけていた。

歩くたびに足に触れるその白い糸の感触を、私は楽しんだ。

女子リョク、オチた。


けれど私は、変わらないんだろう。

終わりを迎えつつある、この紫陽花のように。





photo by mamiya2

投げ出されたものたちよ。

070328_uri


嫌なことばかりが続くとき、
投げ出したくなるし、
誰かのせいにしたくなるし、
周りなんかどうでもよくなるけれど。

でもその通りにしていたら、
いったい何を失い、何が残ってるんだろう。

嫌な出来事は、1年後には微細な出来事。
けど失ったものは、1年後に取り戻せない。


精神力を試されてるんだ、
と、思おう。

どんな状況だって、
真摯に向き合い、
自分を振り返り、
変わらず友に感謝すること。

それが出来るだけの、
心の強さを試されてるんだって、
思おうよ。


ほら、その証拠に、
強い人はみな、
良い人生を築いてるんだから。

photo by mamiya2

そう、問われたならば。

20050827_2


時間は、過ちを許すよ。

いやむしろ、
時間しか過ちを許してくれないような気がしている。

長い長い年月が、
分厚くて柔らかい布団のように、くるんでくれるさ。
photo by mamiya2

ホットミルクに黒糖入れて。

20070719_milk

この人はどうしてこんなに優しいんだろぉ。

それを試したくなる私は、
やっぱりイジワルなんだろうか。



ホットミルクに黒糖を入れ、私はぐっと飲み干した。
photo by mamiya2

それもどれも。

20070526_moon


それも私。

どれも私。



どうして?って問われても、

それも私。

どれも私なんだもの。


相反する要素が同居しながら、
それはひとつのスイッチで切り替わる。
自分だってどうしてかわからない。

けどそのスイッチが何かくらいは、
だんだんわかってきて、

「孤独」のキーワードは、
トラップのようにそこかしこに潜んでいて、

「親愛」のキーワードは、
気まぐれに舞い降りてくる奇跡のよう。


環境に順応するカメレオンのように、

それも私。

どれも私なの。

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表層変化

2070620_fuji


人は、ほんとうに変われるのだろうか。
それを、どれだけ期待していいのだろうか。



本当の意味では、
変わらないものなのかもしれない。

変わったように見えるのは、
ただ、違う一面ができたってだけ。

何かひとつのきっかけで、
すぐに元の一面が顔見せる。

嬉しいことのような気もするし、
残念なことのような気もするけれど、
それは至って普通のことなのかもしれない。



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羽音

20060323_tori

私に向けられた信頼は、私に愛情を運んでくる。
白い鳥のように。

私に向けられた猜疑は、私の愛情を奪っていく。
黒い鳥のように。


あなたの羽音は、
どんな響きを持っているのでしょうか。

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田舎時間とさくらんぼ

20070701_cherry1

田舎時間を過ごしに、山形へ行った。

そこには、緑の海が広がっていた。
赤い宝石が散らばっていた。
優しい笑顔が包んでくれた。

この二日間で、
私は山形に親戚ができたようだ。

ちょっと早い夏休みを過ごして、
とても充実した週末だった。

http://www.inakajikan.com/
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わたぼこり教わる -The cotton dust was taught.

0070624_hiyoko

午後から雨だという天気予報が、
さしづめウソではないなと感じる朝。

後ろから吹き付けるぬるい風が、
気持ちよくもあり寂しくもある。

ついくせで足元を見ながら歩いてると、
白い小さなわたぼこりが、私の足元で風に吹かれていた。

それはまるでひよこでも散歩してるかのように、
私の歩幅に合わせてぴったりとついてくる。

白くて、小さくて、円いもの。

愛玩動物のほとんどがそれを兼ね備えているように、
人の心をくすぐる単純な条件。

私はそいつを踏みつぶさないよう、気をつけながら歩いてしまう。
やはりこれも類に漏れず、瞬間的に私の心はくすぐられたんだろう。

人の心を捉えたり、動かしたりするものって、
案外そんな風にシンプルだったりするよねって、
わたぼこりに教えられたある梅雨の日だった。

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空に浮かべる好きなひと 〜like you

0070624_sora


好きな人が多すぎて、

なんだか泣きたくなる。

なんて贅沢なコト。


幸せになってほしいと、

幸せにしてあげたいと、

そう願いながら、

幸せに笑う皆の笑顔思い浮かべた


そしていつしか私の頭の中が

好きな人の笑顔でいっぱいになったとき、

私は彼女たちから幸せをもらっていることに気づく。


こんなにもあったかくて、

こんなにも満たされた気持ちを、

ありがとう。



そしてだからやっぱり、

泣きたくなるんだ。




             at thailand

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signal

20061225_funsui


この頃の私は何を感じてるんだろう、
と、じっと自分に耳を傾けてみる。

けども私は何も感じてないことに気付いて、
つまりそれって、良いことの証であり、悪いことへのシグナルでもあるのだ。

めんどくさいことに巻き込まれても、「めんどくさいなぁ」の一言で風に流し、
構築したものが無に帰しても、「それって運命だよね」と受け入れ、
別れが寂しくても、「また時間みつけて来ればいいじゃん」と、涙よりも笑顔見せた。

嬉しいことも、嫌なことも、楽しいことも、悲しいことも。
喜怒哀楽がどうしてもワンセットならば、私はどちらを選ぶんだろう。

なんだか生きやすくなったよ、最近ね。

けどもそれは、
良いことの証であり、悪いことへのシグナルなんだ。



         at Vatican
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そこに横たわる真の実

20070608_mi

真実ってなんていいんだろう。
こんなにも私の立ち位置を明確にしてくれる。

あーだこーだ考えてたことなんてなんの意味もなくて、
ただ真実はそこに横たわっていた。

それがたとえ望まぬ結果だとしても、
真実はいつだって私の味方でいてくれる。

これが真実、これが現実。
○○なんて、そんなもん。

そうやって私の後ろ髪を断ち切って、
次の一歩を踏み出させてくれるのだから。

だから私は真実が好き。
だから私は真実から目を背けない。

さようなら。
くだらない、実ることない種子たちよ。

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HappyBirthday

20070609_flower

今日は、友人のバースディランチがあった。
白を基調とした気持ちのいいカフェでの、
10名程度のこじんまりとしたお祝い。

主賓の彼女は、全ての演出に素直に喜ぶ。
まだ言い足りないといわんばかりに、お礼の言葉を繰り返す。

毎年恒例のことだからと胡坐をかくこともなく、
来てくれた友人に新鮮な気持ちで感謝をしている。


その昔、
してもらう事にプレッシャーを感じていた私に、
誰かが言った。

「イチバンのお返しは、素直に喜ぶこと。
        それだけで、いいんだよ。」


誰も見返りなんか期待しちゃいない。
彼女が喜ぶ顔が見たいから、そうしてるわけで。

だからあなたの笑顔が見れただけで、
みんな幸せな気持ちになれてるんだよ。

改めて、おめでとう。



photo by mamiya2

歩き去る

20070602_shadow

その少し乾いた手のひらから入り込んできた、小さな安心感。

全ての記憶のシーンをひとつ、ひとつ、
パズルのピースのように分解したら、
きっと、ずっと握り締めていたかったかもしれない。

けれど生憎、
そんな簡単なものじゃなくて。


斜めに差し込む午後5時の日差しのなか、
その1ピースはスタスタと歩き去っていった。
そこに陽だまりを残して。


そうね。
陽だまりが残ってれば、なによりじゃない。




photo by mamiya2

置き去りにされた風景

IMG_1182_1.jpg


朝時間.jpの「日本の朝フォトコンテスト」で、大賞をいただいた。

http://www.asajikan.jp/special/070529a/

わーーい!

と、無邪気に喜んでいたわけではなく、
逆にちょっと複雑な気分に・・・なっていた。

というのも、この写真を選んだのは友人だから。

私がブログの中から、思いつく限りの朝の写真を何枚かピックアップして、
どれがいいかなー?と友人の意見を仰いだのだ。

私の中では、これかこれかこれだな、とあったものの、
実は、該当の写真はそうとう後者だった・・・。

けれども、友人が気に入ったという1枚を、
「そうなんだー?」と思いつつも、応募写真にしたのでした。

それが大賞。
そっかぁ、そうなんだ、と、やや自分の見る目が信じられなくなる・・。


それから、実はいま出版準備を進めているのですが、
(ついでに言い訳すると、それで忙しく更新できませんでした、、、、)
昨日表紙のデザインがあがってきた。

それが正直、私のイメージとはかけ離れたデザインで・・・・。
思わず訂正をお願いしてしまった。

けれども担当のデザイナーは、書籍デザイナーのプロ中のプロ。
私と違って、その道での実績がおありなのです。

その表紙のひとつひとつに意味があり、
それを聞かされると、もう信じるしかないわけなんです。

で、スケジュール的に厳しいこともあり、
そのデザインでGOされることとなりました。

6月12日に書店に並ぶ予定です。

正直、今でも半信半疑です。
なぜなら、私が消費者だったら、買わないと思うから。。。

けれどきっと書籍デザインとは、
素人にはわからない何かがあるのでしょう・・・。
書籍になったらまた違う目移りなのでしょう・・・。

初の出版をする身としては、
自分を信じるか、彼女を信じるか、の二者択一なわけですが、
私は彼女を信じてみることにしました。
そして、彼女を信じた自分も信じてみます。

そんなこんなで、
なんだか自分の感性が信じられなくなりつつある、今日この頃です。。

書籍の方も結果がついてくるわけですから、
それを楽しみにしたいと思います。

それともしみなさんが書籍で私の本を見かけたら、ぜひ感想をください!
それがたとえ批判だとしても、とてもとても参考になりますんで。

ということで、今日はお蔵入りする予定だった写真を引っ張りだしてみました。
当時の私が「ツマンナイ」と判断したもので、案外よいかもしれないから・・・。

これはもう何年前に撮影したものか覚えてないけれど、
前職のオフィスから見えた、置き去りにされた風景です。





photo by mamiya2

花の終わり

20070407_flowers


おわらせることも、
前へ進むことのひとつなんだよ。


1ヶ月ぶりに訪れたその場所で、
満開に咲いていた花々の姿は消えていた。

終わってしまったんだ・・・。

けれど、それは次なる春への準備なんだ。
おわらせるということは、次へ進むってことなんだ。

だから明日だけを見よう。
次の春を夢に見よう。


photo by mamiya2

グラスの芯に見る景色

20070504_glass


気にかけてくれる人や、気にかける人がいること。
守ってくれる人や、守りたい人がいること。
それだけで優しい気持ちになれる気がする。

気にかけられる事がうざったく感じたり、
守らなければならない事に重圧を感じたり、
そんな時代もあったねと、昔を思い出す。

「君はほんと、変わらないね。」

前職の同僚にも、中学の旧友にも、会うなり必ず言われた言葉。
どうやら私は、変わってないらしい。

そして私自身も、自分は変われなかったと思っている。
それは悔恨の意味も込めて。

けれど自分の中に確かに存在する
身近にいる人たちに対する優しい気持ちは、
やっぱり変わったってことのかなと、今ふと思った。


今日、親友からメールの返事が2通来た。
生活リズムが違うから、なかなか電話はつながらないけれど、
メールはお互いの状況が一致しなくても、つなげてくれる。

最近、家族との交流が増えた。
あまり家にいないから、直接顔を合わせることは少ないけれど、
これもネット社会の恩恵なのだろうか。

そして、私はあの頃よりずっと、彼女たちのことを愛している。
この小さな接点から、優しい気持ちをもらっている。


私はきっと、これからも変わらない。
けれど自分の中に小さな変化を見つけては、少し嬉しくなる。
そして、友人の中にも小さな変化を見つけては、嬉しくなる。

会ってすぐに気づくものではない、
少しずつ、少しずつ積み重なり、奥底に確実に変化を遂げているもの。

そうだ。
表面的変化ではなくて、内面的変化を遂げていきたいって、思うんだ。
きっとそれが、良い「変化」ってことなのではないだろうか。

形や機能は変わらずとも、
芯に映す景色を美しく変えていける、グラスを見つめた。



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過ぎ行く雨雲

20070108_mirra


どんなに相容れない人に出会ったとしても、
それが過ぎ行く雨雲のひとつにすぎないんだと、
どこかで悟ってしまっている。

昨日の雨雲に、興味はない。
過ぎ去る雨雲に、恐れはない。

ただ立ち止まっていれば、自然の摂理にあわせ過ぎ去っていき、
時速60kmで走ったならば、瞬く間に過ぎ去っていく。
そんなもの。

明日の青空に、期待しよう。
迎え来る青空に、手を振ろう。


 
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稜線

20061105_kiyomizu


その稜線は、思い描いたものですか?


二人を繋ぐその稜線は、どう映っているのでしょうか。




 
photo by mamiya2

神の道

20061105_2


失っていく過程を、じっくりと味わう。

それはどうしたって必要な儀式のように、
じわじわと浸透し、意識を向かわせる。

わらう。
わらってみる。

力んだって何も変わらないことが
世の中多い。

傍観してみる。
流されてみる。
そして笑ってみる。

「その人が乗り越えられるだけの試練を、神は与えるんだ」っていうけれど、
じゃあ私は弱くて小っちゃくってもいいから、もう試練なんていらないよ。
・・・ってつぶやいてみる。

息ができなくても、
周りが見えなくても、
目の前に道がある限り、歩いていこうか。
笑いながら歩いてこうか、どうせなら。

photo by mamiya2

家庭のにおい

20050807_Kitchen

この写真を見るだけで、
家庭のにおいがしてくる気がする。

よく煮詰まった肉じゃがと、キュウリのぬかづけと、
もう何年も漬け込んである梅酒のにおいだ。

視覚的に捉える家庭のにおい。
一枚の中だけに収まった家庭のにおいだ。

 


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暮れゆく景色

20061231_syan


何がホントで何がウソなんだろう。

そんなことを追求するのに意味がないことなんてわかってる。
ただ気が済むから、ただハッキリしたいから、ただ決断したいから。

でも結局、人間は信じたい方を信じる。

自分への言い訳や理屈をあれやこれやと見つけ出しては、
結局、信じたい方を信じてる。

だから、追求することになんて意味はない。
あるとすれば、それは言い訳の材料集めに過ぎないのだ。

本当の景色なんて見ようとしちゃいない。
暮れゆく景色の中、自分で照らしたい方だけ照らしてるんだ。

もっと暗くなれ。
もっと暮れゆけ。

そして、ライトの明かりだけが一点を照らしてるんだ。
それが、素直な心ってやつなのかもしれない。
答えはわからないけれど。



photo by mamiya2

【お知らせ】小冊子「Lets Fly!」増刷します

letsfly

「Lets Fly!」を購入する

今回の個展用に作成したこちらの小冊子ですが、
ご好評につき、増刷することになりました。

もしご希望の方がいらっしゃれば、
メールでも受け付けますのでご連絡くださいね。

一応ストーリー仕立てになってまして、
一度このブログでも出てきた一言がキーワードとなった作りになってます。

これは個展の際に、テーブル上に何かあった方がいいだろうと思って、
最初に作ったものだったのですが、写真集よりこっちの小冊子の方がいい、
という声もチラホラ聞きました。

−手のひらサイズがかわいらしい
−ストーリーになってると、感情が盛り上がってくる。

というのがその理由みたいです。
ふむふむ。

写真集の方はこのブログの内容を凝縮した感じでしたが、
1ページから最後のページまで一貫したストーリーがあるっていうのも大事なんですね。
次回作成の際は、それを意識して、最終ページでは泣ける(?)ものにしたいなぁと思います。

では、ご希望の方はコチラまで、住所などをメールいただければと思います。
あ、金額は1800円になってます。
よろしくですー


「Lets Fly!」を購入する



photo by mamiya2

都会に咲く花

20070331_flower

青い都会に咲く、赤い花。

儚さの中にも強さが見える。

photo by mamiya2

野球少年からのはじまり

20070121_boys

実は、
今回の個展開催にあたり、印刷された自分の写真を見て、
明らかに他者より劣っている事をまざまざと見せ付けられました。

私は、どんな写真を撮っていたのだろう?
私は、どんな写真が撮れるんだろう?
私は、どんな写真が撮りたいんだろう?

そんなことを自問自答し、
フォトグラファーファイルみたいなものを読み漁り、
ちょっと今までと違う写真を撮ってみようと思いました。

そう、ずっと避けてきた「人」です。
そこについに向かい合います。

それから、縦ばかりを撮ってきましたが、
正方形も意識してみたり、やたらトリミングをしてみたり、
シンプルさではなくたくさんの要素を加えてみたり、、、
と、いろんなやり方で写真を”楽しむ”事をしてみようと思ってます。

そう思ったら、もう写真が撮りたくて撮りたくて・・・・
今日もいつもと変わらない日常なのに、
カメラ片手に出勤してしまいました(笑)

そんなこんなで、今はいろんなものを撮ってみて、
そのうち自分らしさというか、余計なものがとれた
スッキリした形ができてくるのだろうなぁと思ってます。

で、今日のテーマは「人」ですが、
まだ正面から向き合ってないですね(笑)

人と、色を意識してみました。

photo by mamiya2

『東京なにもしない休日プロジェクト』

20060128_hiruzca

『東京なにもしない休日プロジェクト』

というのをご存知ですか?
六本木ヒルズでそんなイベントが開催されてるらしいです。
なんだか素敵なネーミングに惹かれてしまいました。

実は、その写真展にて、私の写真が入選しましたー。
わーい。

4月1日に六本木ヒルズの展望台にて展示されるらしいです。
プロの方がプリントした自分の写真はどんなんだろう・・・
と興味があるので、見に行ってこようかなぁと思います。

天気よいし、暖かくなってきたし、
ヒルズの展望台で春めいた東京を見てこようかなぁ。

ヒルズの展望台といえば、ちょうど1年前に撮影に行ったことがあります。
撮影が終わって軽くブレイク中に撮影した、その時の夕暮れの写真が↑コレ。


そういえば最近は個展が忙しくて、
ブログの更新もずいぶんご無沙汰になってしまいました。

今回は初の個展だったわけですが、
自分の作品を見てもらうこと、リアルの場で見せるという事を考えること、
ネットで見る写真と印刷された写真の差、など、色々考えさせられました。
ほんと、勉強になったなぁ。

また、ちょっとした良いご縁もあり、
プロの方に私の作品を見てもらえることになりました。
厳しいご意見があるかもしれませんが、これが良いキッカケになれば嬉しいなぁと思います。


photo by mamiya2

【お知らせ】写真展を開催します。

20060303_flower2


この度、ご縁がありまして、
CAFEでの特別展を開催させていただける事になりました。

結構わたしは、友人と飲むお店を決めるときに、空間を重視するところがあります。
うるさい所は会話しずらいし、狭苦しいところは落ち着かない。
だから居心地の良さが一番の決め手になります。

そんな私からすると、近くにあれば毎日でも通いたいような、素敵な空間を持っているCAFEです。
こんな素敵なところで個展をやらせていただけるなんてと、とても感激しています。

みなさん、もしよろしければコーヒーを一杯飲みにいらしてください。
期間中はコラボレーションカクテルもメニューに載ります。
トイレもギャラリースペースのひとつです。
ぜひいらしてくださいね。

「M*Mamiya展」

■期間
3月20日(火)〜4月1日(日)11:30−24:00

■開催場所
ギャラリーカフェバー縁縁 [enyen]
東京都港区麻布十番2-8-15 1F
TEL 03-3453-4021
MAP:http://www.enyen.jp/map.html
(麻布十番駅徒歩5分)

初の個展なので、何から手をつけてよいのか。。。
バタバタしておりますが、素敵な特別展になれるよう、がんばりたいと思います。

3年近く、このブログを続けてきましたが、何かひとつの節目のような気持ちです。
これまで応援してきてくださった皆様、本当にありがとうございます。
みなさまの励ましがあったからこそ、今日という日があるのだと思っています。
感謝、感謝デス。

※追伸
24日(土)18:00-24:00は、貸切が入っているようです。
また、月曜定休日になりますので、ご注意ください。

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暗雲に差し込む光

20070108_sora1



一生懸命ならそれだけで意味がある。

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朝日に霞むビル

20070123_bill


停止中のクレーン。
そのビルは、とても高いところにある。

朝日は地平線からゆっくり昇る。
少しずつ歩み寄り、そしてそれらは交わるんだ。

朝日は背後からクレーンを照らし、
厳かな空気があたりを包む。

解り合うのに言葉なんていらない。
ほんとうは。

当たり前のように歩み寄り、
当たり前のように重なり合い、
当たり前のように輝きあうんだ。

それはそれは、静かな朝だった。
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先はその先にある

20060326_sora





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幸せへの花道

20051001_kosumosu


朝まで友達とお喋り。
珍しく始発で帰った日。
東空が連れて来る朝日の予兆が、慎ましやかに私を包む。

「二人で種まきをしようね。」
と、幸せへの花道を創る約束をした。

そんな朝までの数時間に、二人もの知り合いに偶然出会す。
それもまた必然なのだと、名刺を見つめた。

そして、紺碧の空が白みかかる前に、私は布団へ潜り込む。
羽毛がふっくらと身体を包んだ。

女の子って、いいな。
そう思う瞬間の、ひと時だった。
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正しいカタチ

20070123_Ferriswheel.

ぼんやり映る観覧車。

きっと君は間違いなく観覧車だよね?

赤くて大きくて丸い、観覧車。






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明日も照らし続く太陽

20060418_sun


この眩しいほどの太陽は、
エールを送るかのように、私たちを強く照らした。

きっと明日も照らしてくれる。
そして明後日も照らしてくれるだろう。
いつだって、太陽はそこにいる。

だから頑張れるんだ、今日という日を、
大切に。


  
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許すこと許せないこと

20060711

どうして、心はいつの間にか許してしまうんだろう。

その先に防波堤はもうないよって、
アタマではわかっちゃいるのに。

感じた怒りを、味わった悲しみを、
二度と繰り返さないためなのに。

どうして、心は許しちゃくれないんだろう。

そこを拘ることに意味はないよって、
アタマではわかっちゃいるのに。

感じるだろう怒りや、味わうだろう悲しみは、
ただの想像の産物でしかないのに。

許したいのに許せなかったり、
許すべきじゃないのに許しちゃってたり。

けれど思うのは、
諦めることと許すことは≒なのかなぁって事。
諦めたくないから、許せないし、
諦めてるから、許せちゃうのかもしれない。

そんなこともある。


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道に落ちる影

20061123_shadow3


ゆらゆら
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秘めた扉

20061229_door2

その扉に情熱を押し込んだ。
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背中

20061226_roma

気づいたら、

背中を見送っていた。

いつも。
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陽印

20061225_douro

あれは一瞬の幻かと思っていた。





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イロイロ色空

20051217_sora2

青に赤が交われば、紫色になるけれど、
青に黄が交われば、緑色になるように、
交わるもので、イロトリドリ。

ピンク色の優しさも、水色の心地よさも、
オレンジ色の笑顔も、真っ赤な愛情も。

君がその色だから、私はこの色になったよ。
君のその色と交わって、私にこの色が生まれたよ。

だから人は一色じゃない。
何色だって、持ってるし、
何色だって、なれるんだ。
それは矛盾とはちがう。



ふたりで創ろう、空色の未来を。

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檻の中

20061230_hato

掴めないものほど人は定義づけたがる。
定義という檻の中に入れて、どうにか有形にしたいんだ。

未知は想像を際限なく引き出し、いつしか思考を占拠する。
けれど既存の小箱に入れちゃえば、途端にすっきり開放される。

そして決め付けられた檻からは、ロボットの大量生産。
同じ型の同じ色の、同じようなロボットが。

そして羽ばたけないんだ、羽ばたく姿を見せないんだ。
檻の中にいれたんだから。

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Mont Saint-Michelという額縁

20061230_MontSaintMichel.

空を見る。
そして私は雲を見る。

そこにある森や建築物や電柱は、主役じゃない。
全部額縁でしかなくて。

そして、そこに描かれた雲を見る。
私は、額を選びに旅をする。





20061230_MontSaintMichel.2

                          Mont Saint-Michel
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小さな秋

1123_smallaki

ちぃさい秋、見つけた!

沢山の紅葉のど真ん中にいるより、
ちょっとだけ顔をのぞかせた秋を見つけたときが、
なんだかワクワクして嬉しい気持ちになる。

どんなものでもまみれると麻痺をする。
小さな幸せ見つけて、小さな喜び重ねていこう。
きっとその方が、人生の幸せ累計おっきい気がする。
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秋の縁側

20051123_aki

こんな縁側で寝そべっていたい。

気が済むまで。

けど大抵、時間に追われて終わり。

「日帰りだから。」
「次があるから。」
「閉館だから。」

あーあ。

あーあ、だよ。

 
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空の色

iroiroaki

人の感情を色にして吐き出したら、
東京の空は何色に染まるんだろう。

憎しみ、嫉妬、嫌悪、喜び、期待、安穏、、抱擁。

それぞれの感情に色があったら、
いったいこの空は何色に染まるんだろう。

犇めくように人々が生きている小さく、そして巨大な街、東京。
人間が持つあらゆる感情の頂点をも、緩やかに許容してる街。

悔恨、悲哀、野心、打算、幸福、希望、信頼、同情。

人の感情を色にして吐き出したら、
東京の空は何色に染まるんだろう。

この秋空のように、京の空のように、
鮮やかに彩られればいいけれど。
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陽炎

20060418_lake&byc

感情と錯覚は紙一重だ。

人の感情から生まれてくるものなんて、
どれも陽炎のようなものなんだ。

目に映ってる時だけの、真実。

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Tokyo

20060326_city

私はいま東京にいる。
毎日を東京で過ごしている。

そして、東京には選択肢が本当に多く用意されていると感じる。
それは私も、そしてあの人もこの人も同じこと。

だからこそ迷う。
だからこそすれ違う。
だからこそ思い描いたようにはいかないんだ。

選択肢の多さ。
それは言い方を変えれば誘惑の多さとも言えるかもしれない。
はたまたチャンスの多さとも言えるかもしれない。

道を歩けば沢山の広告に、沢山の光に、沢山の客引きに出会う。
それがチャンスになるか、誘惑になるか。
いったいその変換キーはどこにあるんだろう?

東京では意志の強い人が勝ち、ズル賢い人が勝ち、シンプルな人が勝ち、分別をわきまえた人が勝ち、冷徹な人が勝ち、無欲な人が勝ち、自分を理解した人が勝ち、、、、


そんな風に並べたところでセオリーなんてない。
結局自分次第なんだ。

誰のせいにも何のせいにもできない。
だって選択肢は豊富にあったんだから。

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子犬と自転車

20061014_inu2

まるで置いてけぼりの子犬だ。

そこから一歩も動けないのに、目線だけは追い続けてる。

そして世界が色味を失っていくんだ。

もう立ち上がらない自転車に繋がれたまま。



 
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奇妙な生物の正体

20060205_shadow

疑うことを知らないその人は、
嘘をつかない人だった。

疑ってしまうその人は、
嘘をついてきた人だった。

自から生んだ「嘘」は「疑」へと変わり、いつか自分へと返ってくる。
その奇妙に見える生物は、実は自分の影だったりする。

そして知ってしまった煩悩は肥大化し、
自分で自分を追い詰める、レースが始まる。
 


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crystal_結晶

20070620_kessyo


子供ってある意味、

自分の人生の結晶だ。



だから憧れるのかもしれない。

結晶を持つ彼女たちに。


 
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20061103_momiji

柔らかな光が、
柔らかな色をつけた紅葉を通って、
私の元に届く。

秋ってやわらかいなぁ。

私にとっての幸せのイメージは、
こんなかんじかもしれない、と思う。



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生きとし生けるもの

20061014_flower2

植物は素直だ。
太陽へまっすぐ手を伸ばしている。

己に必要なものがわかっていて、
それを全身で求めている。

この世に生きとし生けるものは皆、
とてもシンプルにできていると思う。
人間以外は。

いや、
人間のオトナ以外は。
が正しいかもしれない。

だからストレートな言葉が私はとても好きだ。


 
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天空への境地

20060323_cappa_iwa

苦悩の中で生まれる芸術は、素晴らしい。
そして涙越しに見える景色は、美しい。
研ぎ澄まされたその瞬間にしか、触れられないものがある。

もっともっと。
人の渇望は、多くの葛藤と世界を生み出す。

もっともっともっと。
追求し続けた先に、天空へと抜ける境界線が広がる。

その嗚咽とともに吐き出されていく叫びは、
孤独と絶望と渇望の狭間から生まれる境地へと導く。

だから逃げないで。
この瞬間を大切にし、この瞬間をかみ締め、その先へ手を伸ばそう。


 
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待つオトナ

20060712_sea

小さな少女は、波打ち際に砂の城を創った。
明日はもっと高く、そして花飾りもつけようと考えた。
でも潮は満ち、容赦なく城を流し去った。
そして彼女はオトナになった。

小さな少年は、雪を集めて秘密の基地を創った。
翌年に備えて、布団やお菓子やゲームを持ち込んだ。
けれど季節は巡り、太陽はそこを簡単に更地にした。
そして彼はオトナになった。

行き場のない彼と彼女は、
今も波打ち際に、そして降りしきる雪の中にいる。
そして言うんだ。「そんなところに何かを築くのは馬鹿らしい」と。

だから二人はただそこに立ち尽くしている。
ただただ立ち尽くしている。
船が来るまで。そして春が来るまで。

そんな風にオトナになり、虚しさの代わりに無感動を手に入れた。
そしてただただ待っている。
船が来るまで。そして春が来るまで。
自分の居場所が見つかるまで。
            
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停滞の中の境地

20090117_light


気分が落ち込んで、どうやら簡単には這い上がれそうもないようだ。
そんな時は運命という見えない流れに抗わずに、
どっぷりと浸かってみることをこの年齢になって覚えた。

ダメなときは何をやってもダメなのだ。
ただ時間が解決してくれるのを待つしかない。

一見すると何も改善の努力をしていないように見えるかもしれないけれど、
時間というのは目に見えないだけに、絶大な力を持っている事は案外忘れられがち。
だから時間を味方につけた方が賢いというものなのだ。

とはいえこういう時は何もする気が起きず、
ただ時計と向き合っているだけなのもとても辛くなったりする。
そういう時は、全てを一時的にでも忘れられるような何か、
そう、熱中できるような何かがあるととてもいい。

とはいえ、読書は最初の1・2ページを乗り越えればあとは列車に揺られていくようなものなのだけど、今はそれさえも困難に感じ、読む気にもなれない。
簡単に別世界へ没頭できる漫画を延々と読みふけるか、
でっかいスクリーンに映画を映し出し、カーテンを閉め切った部屋で見るかなら、簡単にできる。
でもいずれもカンフル剤のようなもので、やりすぎるとさらに落ち込む原因にもなりかねない。

もっと前進感があって熱中できるものの方が、充実感があり心から楽しめる。
あとから振り返っても、残る何かがあるものの方がいい。

それが私にとっての写真と旅なのだ。

もちろん旅の合間にだって、ふと泣き叫びたくなるほど寂しくなることもある。
だけど漫画喫茶を5時間の耐久レースの果てに終えた時の脱力感や、
ラブストーリー視聴後に暗い部屋に独り残された無力感に比べて、
それは詩ともなりうる感情のメロディーがある。チカラとなって一枚の写真に落ちる。
だからそれは決して無駄ではないのだ。




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独楽

20060326_koma

何を大事にすべきかわからないんだ。
何を守るべきかがわからないんだ。

人生で最も大事なものを失った時、
軸のずれた独楽のように、ぐるんぐるんと不規則な螺旋を描きはじめた。

自分がどこへ辿り着くかもわからずに、
ただ、ぐるんぐるん。ぐるんぐるん。ぐるんぐるん。
不安定に廻りまわって、誰を傷つけてるのかも、何が大事だったかもわからない。

ただ孤独に廻り続ける。
ぐるんぐるん。ぐるんぐるん。ぐるんぐるん。

いつか辿り着いた場所が、
描かれた螺旋が、
そこから見える景色が、
今よりずっともっと良いいけれど。

ぐるんぐるん。ぐるんぐるん。ぐるんぐるん。

宛てもなく独り、回り続ける。

ぐるんぐるん。ぐるんぐるん。ぐるんぐるん。
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窓の向こうの景色

20060326_window

濃いコントラストをつけて見えていたその穏やかな景色は、
一瞬にして闇へと姿を変えた。

外は暗闇なのか、そもそもここに窓があるのかもわからない。
もう太陽は私を照らしてくれないのかもしれないし、
窓のない場所へ迷い込んでしまったのかもしれない。

ただ、ここは真っ暗だ。
濃い闇の中に私はいる。

どこへ向かえばいいのかわからない。
ただただ濃い闇の中に私はいる。

それだけが事実だ。

もうあの赤く綺麗な屋根も、
豊かな緑も、見ることはできないのだろう。

それだけが私に突きつけられた事実だった。




 
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一杯のお茶

20060420_glass

「愛されテル」という現実は、どれほど生きる理由になり、
「愛されてナイ」という現実は、どれほど生きる力を削ぐのだろうか。

そのたった一言で、
一杯のお茶が、全然違う味になるんだ。



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灰色の世界

20060325_sora

脱力する。
あらゆるものに対して力がでないんだ。

何も考えたくない。
どうせ出口は見つからないんだから。

悲しいというほど力強く泣ける気もしなくて、
ただ思い出したようにつらつらと水分が頬を伝う。
怒りという言葉にもピンとこなくて、
それはあくまで自分に向けられた何かだからなのだろう。

そこはきっと、絶望の一歩手前。
その表現が一番しっくりくる気がする。

だけど間違えちゃならないのは、決して絶望してるワケじゃないということ。
まだ落ちてはイナイ。そこは決定的なほど大きな違いだ。

だから必死にそこに留まろうとするかのように、布団を固く抱き締めて丸まった。
この無力感には抗えず、ただじっとしているしかなす術はなかった。

そんな風に世界の全てが灰色に見えていた時、
皮肉なことに彼のヌクモリだけが、私と現実を結ぶ唯一の接点となっていた。
そのヌクモリだけが、紅く色づき確かな何かだと感じられた。

突き放され、揺さ振られ、そして抱き寄せられる。
何もかもをが灰色に染まり、水平に立っているのかもわからなくなってきた時に、
差し伸べられたその手をどうして振り払うことができようか。
力も思考も停止したままの私に、どうして選択などというものができようか。

手繰り寄せられ抱き締められ、ただただ一点のヌクモリだけを感じながら、目を瞑る。
そして全てを過去に葬り去るんだ。もう開ける事のない墓石の下に。

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積み重なった座布団

20050807_cushion

「○○君に、座布団一枚!」

幼い頃、祖母の傍らから眺めていたブラウン管からは、
そんな言葉が連発されていたように思う。

漫才では、そうやって点数の変わりに座布団が積み重ねられていく。
だから高く積み重ねられた座布団は、勝利や地位の象徴だ。

実際たった一枚よりも高く積み上げられた複数枚の方が高貴に見えるのは、
幼い頃に刷り込まれた潜在意識からくるものなんだろうか。

いーや、きっとそれだけじゃない。
それらは可視的に伝えてくれてるんだ。
時間をかけて、努力によって積み上げられたものには、やっぱり価値があるって事を。

思いやりだって同じように積み重ねてきたそれは、
努力によって生まれ、だからこそとても尊くて、高貴なものに違いない。

けれども座布団に例えるならば、それは同時に儚いことも事実であって、
悪意ある者や、己が持つ心の闇によって、あっという真に崩されてしまう事もあるんだろう。

思いやりや努力は目には見えないけれども、
崩れてしまっても気づかないかもしれないけれども、
確実にそこにあるものだから。

天まで届け。
私の座布団。






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愛の詩

20051002_syatu

音楽を聴いていた。
それは愛の詩だった。

スピーカーから流れ出てくるメロディは切なさを誘い、
左脳を刺激する詩は、溢れる愛の行方を探していた。

巷に流れる歌という詩には、それこそ愛の歌が本当に多い。
けれどもこの詩は、いったいどれほどの愛を唄ったものなんだろう?

そんな疑問に捕らわれ、さらに詩に耳を傾ける。
愛しくて、離したくなくて、人生で唯一の人だと唄うけれども、
この詩を書いた人は、いったいどれほどの愛を知っているのだろう?

この世には、愛を知らない人が多いと感じる。

私だって、愛をどこまで知っているのかはわからない。
ただまだ上がある事を知らないから、つい自分は全ての愛を知った気になってしまう。
知らないという事を知らなければ、常に知っている事が全ての真実だと勘違いしてしまう。

「人を愛する。」

言葉で言えばこんなに簡単で、日常に溢れている言葉で。
だけどその言葉が持つ本当の意味を、感情を、深さを知っている人は、
いったいどれほどいるのだろうか。

この世には、愛を知らない人が多いと感じる。

それは生まれつき標準搭載された人間の一機能なんかじゃなく、
人との接触で磨かれ、自分と向き合う事で実感していくものなんだろう。

そして、私はいったいどれだけの愛を知る事ができるのだろうか。











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背中

20060327_cat

なにをそんなに考えているんだ、きみは。

背中ばかりをいくら眺めてみた所で、
きみの考えている事はサッパリわからない。
わかりたくてもわからない。

だからこっちを向いてくれ。

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確信という閃き

20051123_sora

このまま進んでもきっと間違いはないだろう。
どの道を選んでも恐らく失敗じゃないだろう。

でも、確信が欲しいんだ、私は。
これからウン十年、何があっても揺らがない核となる確信が。
気まぐれに舞い降りてくる確信という閃きを、どうにかこの手に掴みたいんだ。

 



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強い日差し

20060205_denntyuu



その強くまっすぐな気持ちを受け、
私は随分どこかで何かを調整し、自分を誤魔化す事を覚えてしまったもんだなぁと、
この数年の月日で気づかぬ間にスレてしまった自分と向き合わされた。

人に強要されるのは抵抗があるけど、
自分で必要だと思って矯正してきた事はたくさんある。

受け入れられないものを受け入れるために、
自分の考えを随分矯正してきたのかもしれない。

それが結果的に自分を誤魔化す事だったのだとしても、
生き易くなったのだからそれで良しとしてきたし、
何の疑問も感じてこなかった。

それがまるで過去からそのままコピーしてきたような言葉を聞き、
私の価値観がどれほど上書きされてきたのかを痛感させられる。

強くまっすぐな日差しはまぶしすぎて、
もう私にはないものなんだと、痛感させられた。

 
photo by mamiya2

白黒

20060314_inu

まぁ私はいいんだ、それでも。
白黒はっきりしてくれれば。

例え望まぬ方向であったとしても、
ここから一歩も踏み出せないよりは。














20060314_inu3




ゼンゼンマシナンダ。




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語るランドセル

20060701_schoolbag

幸せって、案外そこにあるものだ。

群馬に住む友人宅へ向かう電車の中、
小学生の女の子たちが、ランドセルをほっぽりだして駆け回っていた。

残されたランドセルたちが、
そこかしこに散りばめられた温い空気を纏いながら語っている。

はるか昔に私が通ってきた、
そして、これからまた通るであろう、日常の中に隠された喜びの存在を。

幸せって、案外そこにあるものだ。

そんな風にじんわりと、実感が私の体中を駆け巡った。

 




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飛ぶ。

20060711_para

飛ぶ。

その行為には、なぜか昔から憧れがあった。
そのせいか、時折夢にまで出てきていたけれど、
でも大抵、飛べそで飛べずに終わっていた。

飛ぶ。
大空を飛びまわる。

その行為には、なんだか自由を諦めていないような印象を受けるんだ。
ナニモノの制限をも気にせずに、右へ、左へ、上へ、下へ。
新しい自分への挑戦ともいえる。

飛び立ってたいんだ。
いつまでもどこまでも、飛び立っていたいんだ。
ただ単純に。


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光と湿度と風のバランス

20060714_sea3


綺麗なものを見ると、泣きたくなる。
それは何でなんだろうと考えてみる。

例えば夜景を見て泣きたくなるのか?
といったら、答えはNO。

だけど通りがけに偶然見た花火は、
なんだか心がきゅんってなるんだ。

それから、どうしても夕日。
鮮やかな橙色に彩られた景色は、
私の心を掴んで離さない。

その光の色と、気温と湿度と、そして風と。
あらゆるもののバランスで成り立つ芸術は、
時の経過とともに切なさへいざなう。

それはきっと、
永久ではない美しさ。
次にいつ会えるかわからない美しさ。

そういった有限であるものが抱える儚さが、
私の涙を誘い出すのだろう。

例えばきっと、この景色。
このバランスで成り立った景色には、二度と会うことはないだろう。
だからこそ私は、写真というものにハマったのかもしれない。

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ハードル

20051123_hurdle

一番のハードルは、自分の心だ。

その次に、事実がある。


 
photo by mamiya2

イルカ

20060712_iruka

イルカに会った。

沢山のイルカたちに出会った。

朝日が反射した姿は、まるで金色に光るイルカだった。

その写真を狙ったけど、撮れなくて残念。

なかでも一番良く撮れたのを掲載する。

本当はトローリングが目的だったのだけど、

タイミングよくイルカウォッチングまでできてラッキーでした。
 

photo by mamiya2

散らかしっぱなし。

20060409_sandaru


最近知り合った友人が、私に自作の小説を読ませてくれた。
私もこんなブログでさえ、知人に見られるのはちょっと恥ずかしいもの。
それを小説という大事な作品を見せてくれるなんて、なんだか秘密を共有したような、特別な人になった気がするのだから、不思議なものだ。

そして勝手にそんな風に感じた私は、
ありがたい気持ちで大事にそれを読ませていただいた。

その作品の出だしから、私はその世界へと惹き込まれた。
作品として良いか悪いかなんてわからないけれど、
わかるのは、私が好きな文調だということだ。

全ての言葉は自由であり、誰のものでもあり、そして誰のものでもない。
だけど組み合わせ方によって、こんなにも綺麗な文章が生まれるものだと感心する。

みんなが同じ言葉を使っているのに、
この人にかかると、言葉たちはとても綺麗な変身を遂げるんだ。
なんだか羨ましい気がする。

同じ材料を与えられてるのに、生まれてくるものはこんなに違う。
そしてきっと私には、一生そんな言葉を生み出せないんだろう。

それから最近都度思うのだけど、何かを『やり遂げる』って大変だ。
こうやって毎日ブログを書くことさえままならない私にとって、
こんな長編の小説を書き終えるというのは、まさに尊敬に値する。

きっと、この人は、
全てにおいて『やり遂げる』ことが出来る人なんだと思う。

ブログだから、小説だから、趣味だから、仕事だから、
っていうのは言い訳にはなるけれど、実はあまり関係ないのかもしれない。

私は私の足跡を振り返ってみた。
そしてうんざりする。

何もかもが中途半端だ。
そう、散らかしっぱなし。

ゲームのように布石を打っておくことで、後半有利に進むのならいいのだけれど。
生憎そうはいかないんだろう。

さて、今日は最後まで読みきれるだろう。
綺麗な言葉たちの集合を、大切に噛み締めて消化したい。



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ずっと更新してなかったのに、
それでもどこからかここにやって来てくれる人がいるという事は、
本当にありがたいことだと思う。
改めて、ありがとうございます。

しばらく不定期になるかもしれませんが、
写真は撮り続けますので、よろしくお願いします!

mamiki



photo by mamiya2

20060711_hasu


そこに、確実に生きている。



photo by mamiya2

後光

20060712_hikari1

朝日を背にする姿は、まるで後光が差しているみたい。

本当の意味での自信を持つ人も、こんな感じで後光が差しているように見える。
自然と発する眩しい光が、本人をくっきりと鮮やかに縁取っている。
だから自信がある人は、それだけで輝いて見えるんだ。

でも、偽りの自信を持っている人は、自ら蛍光灯を用意して照らしているようなもの。
せっかく持っているわずかばかりの自然の光も、人工の光に邪魔されてしまう。
同じようにシルエットを照らし出すけれど、なんだか違う単調な輝き。

本当の自信を持つ人は、自らそれを口にする事はない。
自分で光を用意しなくても、自然の力がより美しく照らし出してくれるから。

偽りの自信を持つ人は、むやみに自分をアピールする。
自分で光を用意しなくちゃ、誰も自分を照らしてはくれない事を知ってるから。

見る人が見ればすぐわかる、安っぽい自信。
例え同じシルエットを作る事ができても、前者のそれとは、似て非なるもの。

私は自分に自信がない。
けれども、わずかばかりの自然の光を、大切に育てていこう。

photo by mamiya2

空の熱帯魚

20060711_para


真っ青な空と海は素敵だけど、
だからこそ、赤く漂うそれは映える。

ふわふわふわふら漂っていて、
なんだか私の気分みたいだ。

今日はダイビングにチャレンジ。
ライセンスは持ってる私だけど、
南国のダイビングは実は初めて。

海の中もすべてが真っ青。
そして、イロトリドリの熱帯魚たちが漂うさまは、
ただそれだけで、絵画のような美しさだ。




 

photo by mamiya2

バリ旅行

20060709_flower

ちょっと早めの夏休みをとって、
人生2回目のバリに行ってきました。

1回目は、空港とホテルの往復以外は、ずっとホテルの中。
バリの人も街も価値観も、何にも触れずに終わってしまった旅だった。

だから今回は、思いっ切りバリの文化に触れようって思った。
バリの町を歩いて、バリの人と話して、バリの市場へ行こう。

初日は、カラッとした暖かい天気。

旅は初日が一番いいかもしれない。
現実も、期待も未来も、全部その中にあるから。


 



photo by mamiya2

安穏

20060629_manekin


役立たずたちが戯れていた。

穏やかな空気と一緒に。
photo by mamiya2

永久なる階段

20060411_kaidan

平凡という現状に満足できなかった愚か者め。

向上心が常に満足を運んでくるとでも思っていたのか。

永久なる不満足が向上心を運んでいたというのに。


その階段に頂はない。


 
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愛され家

20060520_geta



「Sさんって、ほんと愛妻家ですよねぇ。」

暖かい気持ちを込めながら、私が言う。

すると彼は、にこやかな笑顔をちょっとだけ曇らせて、こう言った。

「うーーんなんか、愛妻家ってまるで男側が偉いみたいな意味合いで言われるけれど、
そうじゃないんだよね。どっちかっていうと、奥さんが”愛され家”だからっていうのかな。」

一瞬曇った顔が、「愛され家」の部分でパッと笑顔に戻る。

愛妻家になる人を見つけるのじゃなくて、自分で旦那を愛妻家にするんだね。 
私はその日、それまで話していた色々な話の中で、一番いい事を聞いたと思った。

そして、もっと心が温かくなったのだった。
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創造物。

20050924_geta


生きていくことは、創っていくこと。

まずは歴史。
生きている只それだけで、自分という歴史を作っている。

ベースには価値観。
選択の判断基準が、自分にひとつひとつ詰まっていく。

そして友人。
人とのつながりは、小さくも大きくも自分次第。

身近な所ではキャリア。
次にどんな経験を積むかを考えて転職をする。

そして人生で最大の創造作業は、私は家庭じゃないかと思っている。
愛を育み、そして子を産み育てる。
同じ「家庭」という言葉でも、その中身は千差万別。

それは作り上げてきた人間関係が、作り上げてきた価値観が、作り上げてきたキャリアが実は密接に影響を与えていて、そして愛が加わり原型が誕生するんじゃなかろうか。


生きていくことは、創っていくことだ。

だから「今」は「先」に影響を与え、
怠惰も努力も逃避も誠実さも、全てはいつか形となって現れてくるんだ。


生きていくことは、創っていくこと。

そして常に、私たちは未来を創造しているんだ。




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言葉の倉庫

20060205_door


「才能って、自分を正確に理解できる力だよ。」

と、その人は言った。

それは、私が思い切り弱音を吐いたメールの返事に書いてあった。


うーーん、
むずかしい。。。


ごめんなさい。
せっかくの言葉なのに、私には理解できなかったよ。


でもなんだかここに答えがある気もするから、
いつかわかる時がくるまで、この言葉をとっておこう。

心のドアの奥底に。


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ロープの継続

20051123_tuna


私は根気がある方ではない。
だからもちろん努力家でもない。
でもなぜか、気づけば続いちゃってたりすることがある。

「継続していることは、それだけですごいことだよ。」
と、ある日、友人が私に言った。

けど私はそうは思わない。
継続したその裏側に、努力や意思があるのならば別だけれど、
私のそれは単に現状打破することができず、だらだらと惰性で続いちゃっただけなのだから、なーんの価値もない。
そう思っていた。

そして遂に私は現状打破を試み、そしてこれまでの継続を断ち切った。
我ながら思い切った前向きな決断。
今の私はまさにゼロ地点に立っている。

そして振り返って思う。
そして、いまだに継続を続けている人を見て思う。

継続することは、それだけで意味がある、と。

失って初めて気づくように、
他人事になって初めて客観視できるように、
自分が持っているものの価値がどれだけかなんて、なかなか実感できないんだ。

長い長いロープを編み続けよう。
そのロープは、もう行くことができない懐かしい世界の接点になってくれていた。

長い長いロープを編み続けよう。
私の芝生だって青くって、編んできた長いロープには価値がある筈だから。
 
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後姿

20060327_blackcat


背中を見て歩くのはちょっとだけ安心で、好き。

でも、

小さくなる背中を見るのはとても不安で、嫌い。



置いてかないで。

置いてかないで。

いつか肩を並べる事ができるなら、諦めないで追いかけるから。


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過ちと選択

20060420_fune1



泣いてすがる程の事なら、最初っからしなければいいのに。
それほど大事なものならば、なぜ失うかもしれないリスクを背負うような事をしたのだろう?

それは大事なものを把握していなかった自己認識の甘さか、
表面化しないだろうとタカをくくっているツメの甘さだ。
もちろん、理性の弱い人間は論外だけれど。

失ってもいい覚悟ができているか、
絶対に表面化しない自信があるか、
そのどちらかがなければ、何もすべきではない。

確かに生きていればいろんな欲望や誘惑がある。
非日常だったものが日常に変わり、物足りなさに似た衝動を覚えるときもある。
けれども大事なものがわかっていれば、答えは簡単なはずなのに。
だから自分の過ちを泣き詫びる人を見ると、いつも疑問に思うんだ。

けれども不完全だからこそ人間なのかもしれない、と思うから、
悩める友人の人間臭さを愛しくも思うし、力になれればと思ったりする。

ただ、ただその事でひとつだけ言えるのは、
少なくとも私は、そういった人間を、パートナーには選ばない。

沈む船には乗りたくないよ。



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偶然という光

20060417_flower

偶然という奇跡を、私は信じる。
タイミングという運命を、私は大事にする。

遠い異国の地で出会った彼女とは、同じリュックを背負い、同じ本を読んでいた。
両替所で出会ったその人とは、二度目の偶然も両替所だった。
いつ帰るかなんて知らせてなかったのに、なぜかいつも帰国日にメールが届いた。

気づかずに通り過ぎるような、小さなことかもしれない。
けれどそういった偶然やタイミングの連続は、
私の人生において大切な存在が誰であるかを、
神が教えてくれているような気がするんだ。
なーんにも、根拠はナイケレド。

だから偶然にはっとさせられ、
タイミングの良さに私は嬉しくさせられる。

次の”その時”がいつなのかはわからない。
けれど、いつも突然だから、なおさら嬉しいのかもしれない。

偶然という奇跡を。
タイミングという運命を。
その光が照らした小さな花を、見過ごぬように。


 

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しなやかな価値観

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今まで築き上げてきたものがゼロになる。
価値観を根底からひっくり返される。

頭じゃ変化を望んで飛び込んでも、
心はあんがい人見知り。

だから怖いだろう。
けど怖がらないでいい。

そして焦るだろう。
けど焦らないでいい。

今までの自分を守りながらも、
これからの自分をひとつずつ積み上げていけばいいんだから。


揺るぎない価値観があるとき、人は強くいられる。
けれども新しい価値観を柔軟に取り入れないと、
いつしかそれは独りよがりの強さになる。

そのまま受け入れろなんてバカな事は言わない。
取捨選択して、そしてもっとしなやかな価値観を作るんだ。

ガチガチでもない。
ゆるゆるでもない。
しなやかな価値観を。

そしたらもっと、強くなるだろう。







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大海に秘める可能性

20060329_istan_sea.


海中に網を張り巡らせるものいいけれど、
大きくスクロールさせた方がいいときだってある。

可能性。
可能性を広げたいんだ。

もしかしたら、留まるだけじゃ手に入らないものが、
いつか網の中に見つかるかもしれないじゃないか。

水流を停滞させるな。
可能性を諦めるな。

それは”かもしれない”ではなく、
”違いない”って思うんだ。

進め進め進め。
海が広い限り、可能性も無限なんだ。

 




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地上と頂上の狭間で。

20060420_hasi.

あー、振り返るな!
決して後ろを振り向いちゃだめ!

梯子を上る途中、何度も自分に言い聞かせる。
不安が地上を懐かしがるけど、向上心が頂上を見たがる。

だけどわかってる。
懐かしさはすぐに恐怖に変わるだけだって。
だからこれは自分と自分の戦い。
何度も何度も自分に言い聞かす。

振り返るのはまだ早い。
いや、振り返っちゃいけないんだ。
だってまだ頂上を見ていないんだもの。

NEXTは、頂上で考えればいい。
それからだって遅くはない。

やっぱり地上へ戻るのか?
ここから見える景色を楽しむのか?
さらなる高みを目指すのか。

自分での決断、自分との戦い。
何度も何度も、言い聞かす。
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海外逃亡への開錠

20060322_key


海外はいい逃亡場所だ。
日本で懸念していた数多くのことなんて、何も考えなくて済むようになる。
あまりにも遠く離れすぎていて、問題を解決する手段なんて、何一つないから。

悩みとは、解決したい気持ちが起こさせるもの。
全く解決困難な環境に置かれたら、そもそも悩まないものなんだなぁと思ったりする。

自分の欲求を抑えて、相手の立場を重んじ理解する。
日本という枠内で必要とされるのは、いつも自分を抑えることばかり。

海外では何も抑えない。
どんな枠にも当てはまらない。
私は私で、思うがままに生きていて、心配するのは両替金額くらいなもの。
朝も昼も夜もずっと頭を悩ませる事柄なんて、何一つない。

きっとこれを続けたらアホになる。
そしてこれまで築き上げてきた何もかもを失う。
挙句の果てには更に深刻な悩みができることだろう。

だけどそれができるのもあとちょっとだから。
来るべき時がきたら、また枠にちゃんと収まるから。

だからまた、逃げようと思う。
全てのことに目を瞑りに。
全てから開放されに。
この枠を抜ける鍵を開けてしまおう。

 
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少女の存在感

20060416_asia_girl2



アンコールワットに行くと、私の周りを沢山の子供達が囲む。
もちろん物売りの子供達だ。

「2コデ1ドル、オネーサン、2コデ1ドル。」
カタコトの日本語を覚え、ずっとそれを繰り返してくる姿は、
微笑ましくもあり、そしていけないと思いつつも切なく感じてしまう。

彼女もそのうちの一人だった。
だけど、彼女だけは何かが違った。

屈託なく笑顔を振りまく子、
懇願するように見上げてくる子、
機械のように同じ言葉を繰り返す子。
彼女は、そのいずれでもなかった。

不思議な魅力がある。
彼女の写真を数枚撮ったけれど、
どれにしようか迷ったくらい、彼女という存在感は全ての写真に現れ、
そして何かを訴えていた。




20060416_cambo_girl


そうか、彼女には凛とした強さがあるんだ。

なんということか、それに気づいたのは、何十回も写真を見直した後だった。
 

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朝市の「動」と「静」

20060411_0593


ラオスに着いたのは早朝もいいところ。
陽が上る直前のルアンパバーンの町は、全てが薄く灰色がかっているように見えた。
蒸し暑かった筈のアジアの地だったけれど、ここに来て初めて肌寒さを感じていた。

そんな閑散とした町を歩み進むと、不意打ちかのように熱気が私を包みはじめる。
それまでの町の印象とは相反して、人、人、人、物、物、物の繰り返し。
どうやら朝市みたいだ。

客引きの声が響く。
フーの湯気が立ち上っている。
熱気が飲み込むように私たちを包む。

そんな人達の波に紛れるように、じっと静を保った人がいた。
「動」の中の「静」。

多くの動に紛れて、一体何を考えているのだろうか。

 
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メコン川の夕日

20060409_0574

メコン川に沈む夕日。
読み進まない小説片手に、じっと夕日が落ちるまで眺める。

たった30分の出来事かもしれないけれど、
こんな風に夕日が消えるまでを見送ったのは、
いつだったろうか。

                   ビエンチャンにて。


 
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うつる光。

20060409_0567


なんか悲しかった。

なんでかわかれば苦労しない。



           ビエンチャンにて。

 
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生活感。

20060406_0414

人が生きてきた匂いって、
こんな風に暖かさが加わる。

ただただ真っ青の海に、
こんな風にカラフルさを与える。

いや、

カラフルかどうかは人次第。
混沌としてるかもしれないし、
モノトーンなのかもしれない。

それでもなんとなくほっとした安心感を感じてしまうのは、
やっぱり私も「人」だからだろう。


ハロン湾にて。
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港らしさ。

20060406_0346

無人の船は、どこへいく?


                     ハロン湾にて。
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海の上のバナナ。

20060406_0383

海とバナナ。
私にとっては新鮮な組み合わせだった。

だって、青しかないと思っていた海の上で、
こんなにカラフルな色に出会えるんだもの。

さすがアジア。
さすがハロン湾。

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ハロン湾

20060406_0417

船の上が家みたい。

そんな当たり前な雰囲気を醸し出していた。








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【トルコ旅行記】 夜行バス〜移動し続けること

20060325_bus


10時間近くのバスでの移動は、さすがに結構こたえるものがある。
けれどもなぜか私は、いつの間にかそれを好むようになっていた。
夜の寝床は、ホテル、夜行バス、ホテル、夜行バス、の繰り返し。
いつしか私は、移動し続けることに安心に似たものを覚えるようになっていたのかもしれない。

それはきっと、移動の数だけ出会いや気付きがあり、動いた数だけ私の周りの何かも動くことを、なんとなく感じ始めていたからだろう。
また、旅初心者の私は、まだどこかに留まることをしてはいけないような気がしていた。

1つの町に2泊することがあっても、必ずホテルを変えた。
夜は夜行バスで新しい地へ向かい、昼はその地をくまなく歩いた。
必死に手探りで何かの答えを求めるかのように、私は移動し続けた。

新しい町につくと、私は必ずその町のてっぺんを探した。
見晴らしのいい場所で、夕日に染まるその町の全貌を見下ろして、「よし」と思う。
そして、今夜また夜行バスで別の地へ向かうのだ。
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サフランボルの桜

20060325_safran_sakura

日本の象徴ともいえる桜。
日本から遠く離れた異国の地、トルコでその姿を見るとは思わなかった。

もしかしたら桜に似た別の花なのかもしれないし、
英記名を持つ同じ桜なのかもしれない。

3月末。
日本からのメールには、もうすぐ桜が満開になるという知らせが入る。

世界遺産に登録された町、サフランボルの桜。
これはベストなタイミングで来たのかもしれない、と思う反面、
辺り一面に咲き乱れる日本の桜と比べてしまうと、ややパンチが足りない。

「君が帰る頃には散り始めの桜が見られるかもしれないね。
 そしたら一緒に夜桜でも見に行こう。」

そんなメールをもらったからってわけじゃないけれど、
やっぱり日本で見る桜が、私は何よりも楽しみなんだ。

 
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【トルコ旅行記】 留まらないこと〜非日常と日常

20060323_cappa_isu.

カッパドキアを立ち去るときがきた。
先にも述べたように、バスチケットを予約する際に「あともう1日いたらどうか?」と良くしてくれたトルコ人に言われたけれども、私は今夜行くことを決断していた。

とはいえ、ここには私にそう言ってくれる人がいる、と思った。
そのトルコ人は私を本当に良くサポートしてくれた。
ここにいれば少なくともトルコ全土のどこよりも、私は一人じゃないのかもしれない。
けれども、それが何だというのだ。

旅をしていき、いろんな人と出会い関わっていく中で、居心地のいい場所や、心を通わせる人ができてくる。けれど、その魅力や心地よさは、あくまで非日常であり、自分の確固たる居場所があるのだから感じるのであって、日本にある全てを投げ打って、それを日常にしてしまった途端、旅と共に夢もそこで終わるのだ。

そして、その旅の最中で、不安と孤独を癒してくれる場所に出会えたとしても、束の間の心の拠り所となる人ができたとしても、自分の本当に大切なものや生きるべきステージが見えていれば、別れを決断するのはそう難しくない。
ここへは、また旅をしにくればいいだけなのだから。

とはいえ、潔い決断の後には、決まって歯切れの悪い感傷がやってくる。
これは、それだけ私の心を揺さぶった何かがここにあった証拠なのだから、喜ぶべきことなのかもしれないが。

そして出発の30分前、私は言ってはいけないと感じていた言葉をつい口にした。「寂しいなぁ・・」と。
それを言った時点で、自分は旅人としての出来損ないになった気がして、恥ずかしくなった。
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【トルコ旅行記】 夕日が教えてくれたこと

20060325_cappa_sunset

この写真を撮っているとき、私は泣いていたといったら、みんなは信じるだろうか。
少しぼけかかっているその構図が、後から見たときに、涙で滲んでるようだと思ったものだ。

その日は一日中曇空だった。
天気によってこれほど自分の気分が左右されるなんて、想像以上だった。

何もする事がなかったカッパドキア初日。
その日がカッパドキアにいた中で一番の晴天だった。前日に出会った日本人の女の子と行動を共にしていたせいなのか、何もしなくてもただ散歩してるだけで気持ちよかった。風が気持ちよくて、空は青くて、透き通るような夕日も見れた。
ここはリゾートみたいだ、と思った。イスタンブールにいたときみたいに、何かを必死で求めちゃいけないのかもしれない。ゆっくりとお茶を飲み、土産物屋の店員との会話を楽しみ、風を感じる。それでいいのかもしれない、と思っていた。

けれどもそれが一転して、一面びっしりと白い雲で覆われると、カッパドキアへの感じ方も変わった。ここはただひたすら何もない、と思った。何もする事がない。どこにいっても寒い。そして孤独だ。それまで1泊を一緒に過ごした女の子とは、自らの意思で行動を別にしていたのだ。

私は前日のツアーで知り合ったトルコ人の好意で、その人と二人で2時間のトレッキングを終えていた。けれども、曇り空のトレッキングは、疲れるだけで楽しいものじゃなかった。しかもそのトルコ人がいい人なのかどうかさえまだ確信がなかったのだから、プライベートツアーに連れて行ってくれると言われても、どこかに疑心が私の中にあった。
それから会話は終始英語。なんだか、いろいろな事に神経を使うのに疲れてしまったのだ。
私の心は鬱々としていた。不安と孤独でつぶされそうだった。私の旅はこんなのでいいのだろうか?という疑問も抱いていた。

だから私は、その日の夜にカッパドキアを去ることに決めた。
その知り合いがバスの手配も手伝ってくれる時に「もう一泊いたらどうか?」と言ってくれたけれども、私はもうここにはいる必要がないと思ったので、はっきりとNOと言った。

バスの出発時間は、深夜の0時だった。遅すぎる・・・と思った。まだ8時間はあるじゃないか。ここで8時間も何をしろというのだ??私はもう今すぐにでも旅立ちたかったのに。

仕方ないので私は招かれるままに、仕事はジョッキーだ、という人の話相手になりながら、レストランのテラスでチャイを飲んでいた。

・・・と、その時である。
一面真っ白な雲で覆われていたはずの空が、西の方からオレンジ色に染まりだしたのである。「サンセットだ!!!!」と私は思った。今日、こんな天気の日に見れるなんて思わなかった。しかもそれは、見る見る間に赤く染まっていき、濃い色味を増していった。

これは撮りにいくしかないと思った。私はジョッキーにつたない英語で「写真撮ってくる!」とだけいって、駆け足でその場を去った。ジョッキーはただ笑顔で頷いた。

私はとにかく走り続け、上を目指した。
上へ、上へ、もっと高いところへ。あの夕日が一番良く見えるところへ。
どんな坂道でも、そう、道さえなくても、私は白い土の壁のような坂を這いずるようにして上り続けた。
人の家かもしれない。危険エリアかもしれない。行き止まりかもしれない。
それでも何でもよかった。とにかく私は一番高いところを目指したんだ。

そして、、、、そこには、この町の頂上があった。
広く平らなその場所は、きっと晴れた日の夕暮れには沢山の人が夕日スポットとして訪れているのだろう。でも今日は、当然誰もいなかった。こんな場所があるなんて全く知らなかった。

冷たく強い風が吹き付けてくる。さっきよりも沈んでしまった夕日に向かい、私は1秒さえ惜しむように、とにかくシャッターを押し続けた。

曇り空の中に奇跡のように現われたその赤い夕日は、快晴の日に見たどの夕日よりも色濃く、美しかった。それはなんだか、今日の私と重なって見えた。この不安と孤独があるからこそ、一層美しく輝く何かに出会えるのだと、そう教えられているようだった。
私は涙が止まらず、そこにしゃがみ込みながら、声を出して泣いた。
そして、シャッターを何度も何度も押し続けた。

そこからは、私が悩みを抱えながら過ごしていたこの町の、全てが見渡せた。
答えが見えたような、全てが見えたような、そんな気持ちになった。

私の涙は孤独の涙だったのだろうか?
いいや、私は何かに感動していたのだ。
その夕日は、確かに何かを私に伝えてくれたのだ。

その赤く染まった町並みは、今でも私の記憶に鮮明に残っている。

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【トルコ旅行記】 初日〜イスタンブールにて

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日本を出てからわずか24時間で、私は既に多くのことを後悔していた。
空港からホテルへたどりつくまでの間も、いくつかの判断や決断を迫られドキドキハラハラの連続で、ホテルの部屋に入ったときにはどっと疲れていた。チップ欲しさなのか、ベルボーイが部屋の中でテレビの説明をしてくれたりしてたけれども、英語のわからない私には余計なお世話でしかなく、チップどころか早く出て行ってほしかった。

本当だったらすぐにでも寝たいところなのだけれど、明日から独りであるわけだから、全てを自分でやらなければならない。まだ殆ど使用していないお金の計算、地球の歩き方を見てこの国の習慣や両替などを把握しておくこと、時差の確認、明日の朝まず何をすべきかの再考と、ホテルの従業員にたずねるべきこととその英語を調べたりと、とにかく落ち着かなかった。

私は不安の真っ只中にいたのだ。
ここは日本じゃないし、日本の常識は通用しない。
とはいえ、何が通用し、何に気をつけ、どこが抑えるべきポイントなのか、それすらも全くわからないわけなのだから、ある日突然巨大迷路の中に放り投げられた気分である。気がつけば真っ白な空間にいる。左右を見るとずっと道が続いてるけれども、これは何なのか?どこなのか?勝手に歩いて出口を探していいものか、それともどこかに罠が仕掛けれていて危険なのか?そういう事も全くわからない状況に似ている、と思った。 

だからか、やっと足を伸ばして眠れる・・・と思ったけれども、私は何度も夜中に目を覚ました。そして、あまりすっきりしない頭のまま朝を迎えた。朝食まではまだ1・2時間はある。もう少し眠ろうと思っても、頭が何かを考えだしてしまうので、無にしてそれ以上は眠ることができなかった。とりあえず湯船に入ろう、と思った。私はお風呂が大好きなのだ。

湯船につかる。すぐに何かが違う、と思う。
そうだ、全くリラックスできないのだ。
見慣れない、ちょっと影のある(様に感じる)バスルーム。5000円は出してるホテルのはずなのに、その作りのところどころは煩雑だった。日本の高級ホテルはさすがだなと思った。細部まできっちりと手を抜いていないもの。

本当だったら湯船に浸かって「あふ〜」とかいいながら、お湯の温かさに身を委ねたいところ。けれども誰もいないことの不安、誰かが入ってくるかもしれない不安、これから朝食はどこで食べればいいんだ?という小さなことから、これからどうやって旅をしていこうという事まで、いろいろ考えてしまうので落ち着かない。

とりあえず、朝食を食べたら、この部屋を出よう。
気持ちの中ではずっと篭っていたい気分だったけれども、それじゃあいけないと自分を正す。まずは外に出て、自分のおかれてる状況を把握するのだ。今の私は想像の中だけでしか判断材料がないのだから、どんなに考えめぐらしても、何も状況は変わらないのだ。良いほうにも、悪いほうにも。

実は今日の14時に、先にトルコへ来ている友人とおちあう約束があった。
今の私にとっては、それだけの心がよりどころだった。
といっても旅行中ずっと一緒にいれるわけではなく、彼女は明日帰ってしまう。それでも誰も知っている人のいない異国の地で、以前から知っている友人と会えるという事実は、私をとても勇気付けた。

朝食はホテルの最上階で、テラスのある可愛らしい場所だった。
初めてのトルコでの食事。ビュッフェ形式であることはわかるけれども、どうセレクトしていいかわからない。トマト、きゅうり、オリーブ、チーズ、ジャム、、、とりあえず適当に見繕い、お皿に乗せる。マヨネーズはないのか?と思い見回すが、周囲には塩と胡椒しかない。仕方なく、全ての食品を味気なく食べた。パンにジャムを塗って食べたときだけが、一番美味しかった。
宿泊者に日本人はおらず、みんなが私を一斉に見た。行動を監視されている気分だった。私は食べたりないにも関わらず、食事を終えた。自分って小心者だなって改めて思った。

それからチェックアウトをした。
フロントに荷物を預かってもらえるかを、持ってきた英会話ブックで言葉を選びながら慎重に頼むと、すんなりOKだった。ほっとした。

ホテルを出ると、みんなが私を見た。そして、ホテルを出てからたったの3分で声をかけられた。あるときは英語で、あるときは日本語で、、、、。日本語が話せるトルコ人なんて、怪しい以外の何者でもない。聞こえないふりをして歩き続ける。今は誰が危険で、誰がそうじゃないかなんてわからないのだ。その時の私には、トルコ人の8割が私をどうやって騙そうかと考えているかのように思えた。それでも私の歩幅に合わせて話しかけてくる人がいたり、どう考えても10代か20歳そこそこの男の子はまだ安心だろうと、話を聞いてみる。もしいい人だったら失礼だし、全てをシャットダウンしてばかりでは、旅へ来た意味がないのだと思ったから。

彼は英語で、近くに僕のお店があるから来ない?といっていたようで、絨毯屋へ連れて行かれた。
こんな若いのに客引きをしていたのか、と再び警戒モードに入る。お茶を飲んでかないかといわれたけど、お店の中にまで入りたくないから断った。私が歩き出すと、いつの間にか彼の兄に相手がチェンジしていた。
私が友達と待ち合わせてるからと断ると、それは女の子かと確認し、そうだというと、じゃあ二人で相談してOKだったら、僕の友達と4人で遊ぼうといわれ、私のノートに一人目の電話番号が記された。なんだ、ただのナンパか。

待ち合わせ時間の14時まではまだ時間があったから、早めにロビーへ行って本でも読んでようかと思ったけど、きっとそれじゃいけない。その時間内で、できる限り街を散策するのだ。

そして私はイスタンブールの街を右へ左へと歩き回った。
ガイドブックと照らし合わせて、位置感覚を掴み、街と自分とを徐々に慣らしていった。
その間もみんなが私を見、すれ違いざまに「ジャポヌ」という会話が聞こえてきた。私のことを噂してるんだ。

そして時間近くなったので、待ち合わせ場所の数分前に私は到着した。
だけれども、14時になっても彼女は現われなかった。

私は途端に不安になった。途切れがちなメールでの時間と場所のやり取りだった。。もしかしたら変更があったのかもしれないし、このホテルじゃなかったのかもしれない。インターネットショップを探してもう一度メールの内容を確認してみようと思ったけれども、そんなことをしている間に彼女が来たらどうするのだ。今は信じて待つしかないのだ。

待ち合わせ時間から15分ほどが過ぎた。
ホテル内に別のロビーがあるのかも?と思い、少し探してみる、、、と、入口のほうで何やらドアマンとお客さんが話しているような声が聞こえる、、、、、、、、!!!!!!!!!いた!!!!
二人は声をあげて再会を喜んだ。もしかしたら、彼女も一人で心細かったのかもしれない。
私は本当に嬉しかった。まるで、世界中で家族や知り合いという知り合いが全て殺され、残されたのは二人だけ・・・みたいな気分だった。

まだ来てたったの1日なのに、私は話たいことが沢山あった。そろそろ旅を終える彼女は、それ以上に話があった。歩きながら、二人の会話は留まることがなかった。

そして私は言った。
「もう本当に帰りたい。」と。


・・・・・・・・・・・・・
すいません。文章に脈絡がなくなってダラダラしてきたので、日記形式はやめまーす!
途中ですみません。
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旅立ち

20060320_istan_tori


この10日間、私はTurkeyへ行ってきた。
なんと、この歳にして初めての一人旅だ。

英語が全くわからない上に、極度の寂しがり屋&共感したがり屋の私だから、一人旅なんてとてもとてもできる自信がなかったし、そもそも興味がなかった。未知への興味という意味では少しはあったけれども、でもまぁできなくてももちろん全然構わない、と思っていた。

けれども今回、一人旅への後押しをするような状況が重なった。
7年ぶりに長期の休みが取れたことと、彼が非常に忙しく殆ど会えないこと、友人と遊ぼうにも仕事か子育てで忙しく、結局どのみち一人で過ごさなければならなかった。また、一人旅を満喫している友人が私の周りには多く、よく勧められた。
そして、休んでるはずの私の顔はどんどん疲労を増していき、元同僚に久しぶりに会ったときに「なんだか疲れてるね。ふけたんじゃない?」といわれたときに気づいたのだ。私は7年ぶりという長期の休みを”どうにか充実したものにしなきゃいけない”という、精神的な焦りに追われていたことに。

このまま同じ毎日を繰り返し、無駄に時間を浪費していちゃいけない。
海外に行くしかない。

すごく論理的ではない結論だし、意味がないかもしれないけれど、でも、もしかしたらすごく意味があるかもしれない。とにもかくにも、やってみなくちゃわからないじゃぁないか。
そう思い立ったのだ。

とはいえ、正直に告白しよう。
私はチケットの発券を無意識にギリギリまで伸ばし、心のどこかで誰かに止められたらすぐにでも旅をやめるのになぁ〜、と思っていたことを。
けれども一人旅の話をしても、友人から返ってくるのは、激励の言葉だけだった。
そりゃ当然かもしれない。みんな、一人旅経験者であり、無事にそれを終えて帰ってきている人たちなのだから。

一番頼りの彼も、止めはしなかった。
「本当に行くとなると、やっぱり心配だなぁ。」とぽつりと言ったことはあるけれども、でも止めることはしなかった。
「連絡ちょうだいね。できれば電話で。」とだけ彼は言った。
私の意志を尊重する。それが彼の優しさだとわかっていた。
そして、それが私の彼を好きなところであるとわかっていた。

そして、今旅を終えて帰ってきた。
たった10日間の旅。
それは、10日とは思えないほど濃い旅だった。
1日が1週間に感じ、10日は1ヶ月にも感じた。
きっとそれは嘘じゃなくて、日本にいたら1ヶ月以上は必要とするであろう、感情の起伏や出来事がこの10日間に凝縮されて存在していたのだ。

そして、果たしてこの10日間の間に、私は何度独りで来たことを後悔し、そして、何度来て良かったと思ったことだろうか。人間の感情なんて、短期間でいとも簡単に変わるものだと改めて思い知らされたときでもあった。

それから、私のそれまでの旅への考え方が変わった。
「旅行」と「旅」。
私はあえてこの二つを分けて表現したい。
私が今まで繰り返してきた「旅行」という、ただ楽しいだけを満喫し、日常にちょっとだけの非日常を取り入れたものとは違い、「旅」とは、非日常にどっぷり浸かる事であり、そして自分との戦いだなと思った。
それらは、似て全く非なるものなのだ。

後悔や不安ばかりが押し寄せていた時、私はずっと考えていた。
全くの非日常の中で、未知への不安と、誰も頼る人のいない孤独と戦いながら、人はなぜ旅をするのだろう?
私は旅中で何度もその答えを探し、自問自答した。「どうすれば旅を楽しめるのか?」と。

きっとトルコでの一人旅なんて、旅経験の中ではまだまだ甘いものだと思う。
わかった気になるのはきっとまだ早い、という事もわかっている。
それほど旅は奥深いのだ。

私は「旅ノート」と称して、何でも書く為のノートを一冊もっていった。
メモでも、日記でも、言葉が伝わらない相手へのコミュニケーションツールとしてでも、何でもいいからとにかく必要だろうと思った。
そしてそこには、当初の予想以上のページを使うことになった。
毎日の日記、そして私の中の葛藤。旅を考える上でのいくつものルートや、それに対する必要経費や時間。その日に使ったお金。それから、喜怒哀楽をともにした仲間の連絡先。。。
それが、いまや私の大切な宝物であることは、言うまでもないだろう。

それらのノートを振り返りながら、そして、旅行中に撮った数多くの写真を織り交ぜながら、トルコの旅行記をここにまとめたいと思うのであーる。




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氷の世界

20060317_ice

想像というものは、
自分の都合のいいように作り上げるか、
最悪の状況の、どちらかなのかもしれないね。

そこは太陽溢れる楽園でも、閉ざされた氷の世界でもなかった。
現実は大抵、ちょっとの嬉しさか、ちょっとの失望でできている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

東京にある氷の世界へいった。
カクテルは、氷のグラスで出てくる。
カウンターもイスも壁も、全部氷。

これこそほんとに、想像を超えた世界だ。笑

 
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プレートに描くひらがな

20060317_birthday

ひらがな。カタカナ。漢字。

この3つの字体を操る日本人で良かったと、私は思う。

柔らかく表現したいとき、スマートに表現したいとき、おどけた表現にしたいとき。
それぞれの字体はそれひとつで表現の幅をぐんと広げてくれる。

私は自分の名前を書くときに、カタカナを使うときもあれば、
ひらがなを使うときもあるし、ローマ字を使うときだってある。
それは気分なのかもしれないし、無意識に表現したい自分のイメージなのかもしれない。

そして今日、このひらがなで書かれた私のニックネームを見て、
意図してそうしたわけではないのだろうけれど、その人の優しさを、なんとなく感じたのでした。

 
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幸せの余韻と、食べかけのケーキ。

20060317_cake

食べかけのケーキは、
昨夜の幸せの余韻を感じさせてくれる。

私はそれを、ゆっくりと、ゆっくりと口に運んだ。
そのひとくちが、私をまた幸せの最中に連れて行ってくれる。
 
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最高の花束

20060316_flower


何よりも嬉しい花束でした。




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STADIO

20060314_stadio3

今日はプロのカメラマンさんの撮影現場にお邪魔させてもらった。

私にとって見慣れない機材は、被写体としては十分だった。




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20060309_ume

会社に行かなくなると、私の情報収集源はとても限られたものになった。

相変わらずテレビは見ない、新聞を読まない、PC環境にいない。
見るのは映画で、読むのは小説なのだ。
だから、今この時間の私は、世の中の動きから大きく取り残されている。

けれどわかることもある。
ネットを見なくても、テレビのニュースを見なくても、
歩いてればほら、そこかしこでちゃんと教えてくれる。

今が梅の季節だってこと。
梅はとてもいい香りだってこと。
いろいろ教えてくれるんだ。

何にもないようで、何でもある。
それが私たちのいる世界なのだろう。

 
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桃、散る。

20060309_ume2

限界まで枝にしがみついている花よりも、
とっくに諦めて散った花びらが、美しかった。

引き際とか、その潔さとか。
美しく散るには、諦めの早さも大事なのだろう。

 
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Teaの時間

20060307_cha.


「mamiyaさんと話してると、何でも出来るような気持ちになってくる。」

それはポットから暖かい湯気が出てくるのと同じくらい自然な口調で、
彼女の口から出てきた言葉だった。

それは珍しく太陽が顔を出した平日の午後。
サラリーマンたちが一生懸命仕事をしている事を思うと、こんな風に二人でのんびりと紅茶をすすっている事が、なんだかちょっとだけズルくてお得な事をしているような気分になる。

彼女はこれから長い旅に出ようとしている。
そして彼女は人生においても、私よりもだいぶ長い旅路が残っている。

そんな彼女にそう言われ、実はちょっとだけ一日の使い方を持て余し初めていた私は、何でもできるような気持ちを持っていた時の自分を思い出した。

そうだ、そうだよね。
私の旅路も、まだ何かを成し遂げるには充分なほど残っている筈だ。

私は彼女の言葉で、何でもできるような気持ちになれた。




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東京タワー

20060306_tower1

どうしてこんなにも私の瞳を惹きつけ続けるのだろう。
どうしてこんなにも私の心を捉えて離さないのだろう。

暗くなるほど輝きを増すその姿は、
嫉妬や野心を蓄えて膨らんだ東京を、全て包み込んでいるようだ。

悲壮感?安堵感?無力感?
そんなあらゆるものを超え、無言でも充分に何かを語りかけている。
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確信

20051113_hanayome

この結婚に間違いはないという確信。
この人に愛されてるんだという確信。

この2つの確信を持った花嫁は、とても輝いている。

おめでとぉ。
そして、溢れんばかりの幸せオーラをありがとう。
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ミニブーケ

20060303_flower


花束って、なんでこんなにくすぐったいんだろう。

ミニブーケ。

そこには小さな思いやりが込められている。

 
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雨の日の決断

20060227_waseda

今日は雨。
傘を持ちたがらない私は、駅まで濡れながらダッシュした。

「あ〜あ」と思いながら、アンゴラのコートをハンカチで拭うが、
これも自分の選んだ道なのだから、仕方ないことなのだ。

そうだ、自分の選んだ道だ。
100人いれば、きっと100通りの意見があるだろう。
だから信じるべきは、それを決断したその時の自分だ。


この数日、思考が停止している。感情が停止している。
でもこれでいいのだ、と思う。

淡々とした1日が、今日もまた過ぎていく。

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サプライズ花束

20060225_flower2

そんなサプライズ、嬉しすぎるジャン。

タイミングのずれてしまったその花束も、
予定外ののんびりしたティータイムも。



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調味料たち

20060227_chuka

たった3種の調味料だって、
いろんなバランスや組み合わせで、きっと多くの人を納得させてきたんだろう。

けどもこういう人だっている。
同じ調味料で作られる味には、やっぱり限界があるって。

それだけでも十分なのか、それ以上の可能性を求めるのか、
その判断はひとそれぞれだね。






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花束

20060226_flower



いったい私は何を捨て、これから何を得ようというのだろうか。

とりあえず、いま目の前にあるのは、この綺麗な花束だ。

ピンクベージュは大好きな色。

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当たり前に、サヨナラ

20051210_marubiru

いつもの時間、いつもの流れ、いつもの人の動き。
その中で、私だけが違う時の流れを感じている。

当たり前が当たり前じゃなくなるって、さみしいねぇ。
でも一方で、なんとなくこうなるのが当たり前だったかのようにも感じてくる。

運命って言葉とは違うけど、
その時に自分がいる環境が、常に”当たり前”なのかもしれない。

そしてほら、また次の当たり前が来るのだから。
当たり前よ、サヨナラ。
丸ビルよ、サヨナラ。



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時の経過

20060223_tokei

人との出会いって素晴らしい。
そして、時の経過はそれに拍車をかける。

あるときは、過去を忘れさせてくれる特効薬だったり、
あるときは、関係を熟成させてくれる調味料だったり、
時の経過もその時々で、なかなか悪いもんじゃない。

過ぎ去ったものを嘆くだけでなく、
迫り来る何かに追われるでもなく、
時間と器用に付き合えれば、人生はもっと充実するに違いない。

チックタックチックタック…

今日も時計は、私にいろんな何かを案内してくれる。

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光の差す方

20051213_sunset


本当はわかってるんだ。
自分が進むべき道は、ちゃんとロジックで理解している。

だけど人間が持つ特有の感傷ってやつが、
やたら迷いたがるってだけ。

光の指す方向は、しっかり見えている。
だけど反対側の空に残る光の余韻も、綺麗なことを知ってるってだけ。





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海辺

20060205_yane1

海辺を散歩し、まだ遠い夏を想う。


そうだ、沖縄へ行こう。

今の私は自由なのだから。

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20060102_persimmon


柿は食べ頃を通り越して、朽ち果てようとしていた。

「ああ、もったいない・・・」

と、思わず口をついて出る。

その行く手には、湖の水面が待つのみなのだ。

ああ、もったいない・・・。

だけど一番もったいないのは、

指を咥えて見てるだけの、自分の時間なのかもしれない。


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20060205_cat2

あちゃ!

見つかっちゃった・・・・。




って言ってそう。

猫ってなんでこんなにカワイイんだ。

気まぐれでずるいけど、でも憎めない。

 
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ゴミの山

20060205_gomi

ある人が、
Yシャツを擦り切れるまで着ていた。
パンツのゴムが伸びるまではいていた。
財布を壊れるまで使っていた。

人はそれを格好悪いと言うのかもしれない。
もしかしたら恥じるべき事なのかもしれない。

でも私は、それをカッコイイと思うんだ。
だってそこに、恥じる事なきポリシーがあるから。

確固たるポリシーから生まれたものは、
何だって私にとってはカッコイイ。

ゴミの山だって芸術なんだ。

 


 
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キャベツ

20060205_kyabetu


何枚も何枚も丁寧にくるまれて。

だからか、バラみたいに綺麗だよね。

大量生産だけど、でも、そのひとつひとつに愛情がこめられている。

キャベツを見て、そんなかんじがした。
 
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平行線

20060205_kumo

感情ってやつは、わがままで向こう見ずだ。
だから導いてやらねばならない。
もっと先を見越した、冷静な判断と行動を。

と、理性は言った。


理性は、ほんとうをわかっていない。
だからいつも訴えてるのに。
自分が幸せでいられる、ほんとうが何かを。

と、感情は言った。


両者の意見はいつまでたっても平行線。
でもきっと、その葛藤が成功を生むんだ。
きっとね。

いつかきっと、あの雲に届くから。
 
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束。

20060205_taba

最近思うのは、一人じゃできなかった事も、
二人、三人になると簡単にできちゃうってこと。

それぞれの強みがあって、自分の強みも生きて。
誰も余計じゃないし、かといって足りないわけじゃない。
このスリムなぴったり感が、なんだかちょうどいい。

人と関わると、その分いろんな手間も増えてくる。
反対意見がでれば、それに対して答えなきゃいけないし、
アイデアを自分の中だけに納めず、上手く伝えなければならない。

けれども、一緒に同じ目標を持って、お互いを尊重し、
それから程よい譲歩と思いやりがある仲間達は、
「手間」よりも「軽減」の印象の方が強い気がする。

あれだけ無理してやっていた事も、彼女なら1分だし、
あれだけ調べてわからなかった事も、彼女なら即答だし、
あれだけ動きが遅かった事も、3人ならすぐなんだ。

1本1本が、ちゃんとまとまってできた束は、きっと強い。
だからあとは、信じて進むだけなんだ!


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ココロ。

20051112_bill

ココロはガラスで、何気に素直だ。

曇り空や、眩しい太陽の光は、
そのまま建物の装飾となり、光や影をおとす。

晴れ続ける限り、心は健やかで、
曇り続ける限り、心は救われない。

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走る今

20051112_torack

過去は、今に対して不可抗力なんだ。

いつだって。


その時その時、一生懸命だっただけなのに。

ただただ、精一杯走っただけなのに。


だから、丸ごと抱きしめてみよう。

誰が何を言おうとも。


 
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大人の基地

20060205_miurasea

少年は、自分達の基地を探しに行く。
草むらの中へ。

そして大人になった私たちも、自分達の基地を探しに行った。
行き先は三浦半島。

目指したのは、
小さくてもいいから、海に面した一軒家。

朝日から夕日までを、そこの湯船から眺めるんだ。
トントントンっと、手際の良い包丁のリズム聞きながら。

大人の基地は、かつての少年の基地にも、きっと負けない。
あれやこれやと、そこで色んな未来語るんだ。

何年経っても変わらないのかもしれないね。
未来を描いてわくわくする心は。

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マーカーで描く夢

20041006_marker

そうよ、だって私は天邪鬼だから。

「うまくいかないんじゃない?」
なんて言われたところで止まらない。

うまくいくのか?うまくいかないのか?
それは、未来しか知らないんだもの。

ネガティブな言葉には引きずられない。
それをバネにしかならない。
だって、私は”やりたい”んだもの。

そうよ、だって私は天邪鬼だから。
誰が何を言おうとも、自分の未来は自分で描くの。
消されても消されても、マーカーで大きく描くの。

 

 
 

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振り返る人、振り返らない人

20051001_fune

バカみたいかもしれないけれど、
感傷に浸るのは、嫌いじゃない。

自分が生きてきたんだって、
時の流れとともに私もそこに居たんだって、
そう振り返らせてくれるから。

感傷に浸る人を「バカみたい」
と言う人も、嫌いじゃない。

決して後ろを振り返らず、今を生きるそのスタイルも
潔くて、なんだか力強さを感じるから。

だから好きだ。

自分と似ているあの人も、自分と違うあの人も、
共感できるあの人も、理解できないあの人も。

みんな理由があってそれがある。
だから好きだ。



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線引き

20051123_line

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心配という赤信号

20050723_singo


心配じゃなくて、信頼しよう。

そして、信頼している自分も信頼しよう。

きっと、できる。


心配ばっかりしているよりも、

どーんと信頼している方が、

どっちにとってもきっとずっといいんだから。


心配は赤信号で、信頼は青信号。

心配ばっかりしあってたら、どこにもいっこうに進めない。

信頼して、次へ進もう。新しい二人の未来へ。
 



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妥協の渦

20050803_uzu

自分も同じように手を汚してみたところで、
その先に見えたものは、理解ではなく妥協だった。

汚れ縺れ合い、妥協の渦に飲み込まれていく。
そんな未来だけだった。

違う未来を築きたいなら、
今がどんなに苦しくても、自分だけは潔癖でありつづけること。

じゃないと妥協の渦から逃れられない。
妥協の渦はそこかしこに忍び寄り、渦巻いている。