今日の一枚 part

My style,My life 〜心に響く写真を、心に残る何かを。

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港らしさ。

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無人の船は、どこへいく?


                     ハロン湾にて。
photo by mamiya2

海の上のバナナ。

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海とバナナ。
私にとっては新鮮な組み合わせだった。

だって、青しかないと思っていた海の上で、
こんなにカラフルな色に出会えるんだもの。

さすがアジア。
さすがハロン湾。

photo by mamiya2

ハロン湾

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船の上が家みたい。

そんな当たり前な雰囲気を醸し出していた。








photo by mamiya2

【トルコ旅行記】 夜行バス〜移動し続けること

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10時間近くのバスでの移動は、さすがに結構こたえるものがある。
けれどもなぜか私は、いつの間にかそれを好むようになっていた。
夜の寝床は、ホテル、夜行バス、ホテル、夜行バス、の繰り返し。
いつしか私は、移動し続けることに安心に似たものを覚えるようになっていたのかもしれない。

それはきっと、移動の数だけ出会いや気付きがあり、動いた数だけ私の周りの何かも動くことを、なんとなく感じ始めていたからだろう。
また、旅初心者の私は、まだどこかに留まることをしてはいけないような気がしていた。

1つの町に2泊することがあっても、必ずホテルを変えた。
夜は夜行バスで新しい地へ向かい、昼はその地をくまなく歩いた。
必死に手探りで何かの答えを求めるかのように、私は移動し続けた。

新しい町につくと、私は必ずその町のてっぺんを探した。
見晴らしのいい場所で、夕日に染まるその町の全貌を見下ろして、「よし」と思う。
そして、今夜また夜行バスで別の地へ向かうのだ。
photo by mamiya2

サフランボルの桜

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日本の象徴ともいえる桜。
日本から遠く離れた異国の地、トルコでその姿を見るとは思わなかった。

もしかしたら桜に似た別の花なのかもしれないし、
英記名を持つ同じ桜なのかもしれない。

3月末。
日本からのメールには、もうすぐ桜が満開になるという知らせが入る。

世界遺産に登録された町、サフランボルの桜。
これはベストなタイミングで来たのかもしれない、と思う反面、
辺り一面に咲き乱れる日本の桜と比べてしまうと、ややパンチが足りない。

「君が帰る頃には散り始めの桜が見られるかもしれないね。
 そしたら一緒に夜桜でも見に行こう。」

そんなメールをもらったからってわけじゃないけれど、
やっぱり日本で見る桜が、私は何よりも楽しみなんだ。

 
photo by mamiya2

【トルコ旅行記】 留まらないこと〜非日常と日常

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カッパドキアを立ち去るときがきた。
先にも述べたように、バスチケットを予約する際に「あともう1日いたらどうか?」と良くしてくれたトルコ人に言われたけれども、私は今夜行くことを決断していた。

とはいえ、ここには私にそう言ってくれる人がいる、と思った。
そのトルコ人は私を本当に良くサポートしてくれた。
ここにいれば少なくともトルコ全土のどこよりも、私は一人じゃないのかもしれない。
けれども、それが何だというのだ。

旅をしていき、いろんな人と出会い関わっていく中で、居心地のいい場所や、心を通わせる人ができてくる。けれど、その魅力や心地よさは、あくまで非日常であり、自分の確固たる居場所があるのだから感じるのであって、日本にある全てを投げ打って、それを日常にしてしまった途端、旅と共に夢もそこで終わるのだ。

そして、その旅の最中で、不安と孤独を癒してくれる場所に出会えたとしても、束の間の心の拠り所となる人ができたとしても、自分の本当に大切なものや生きるべきステージが見えていれば、別れを決断するのはそう難しくない。
ここへは、また旅をしにくればいいだけなのだから。

とはいえ、潔い決断の後には、決まって歯切れの悪い感傷がやってくる。
これは、それだけ私の心を揺さぶった何かがここにあった証拠なのだから、喜ぶべきことなのかもしれないが。

そして出発の30分前、私は言ってはいけないと感じていた言葉をつい口にした。「寂しいなぁ・・」と。
それを言った時点で、自分は旅人としての出来損ないになった気がして、恥ずかしくなった。
photo by mamiya2

【トルコ旅行記】 夕日が教えてくれたこと

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この写真を撮っているとき、私は泣いていたといったら、みんなは信じるだろうか。
少しぼけかかっているその構図が、後から見たときに、涙で滲んでるようだと思ったものだ。

その日は一日中曇空だった。
天気によってこれほど自分の気分が左右されるなんて、想像以上だった。

何もする事がなかったカッパドキア初日。
その日がカッパドキアにいた中で一番の晴天だった。前日に出会った日本人の女の子と行動を共にしていたせいなのか、何もしなくてもただ散歩してるだけで気持ちよかった。風が気持ちよくて、空は青くて、透き通るような夕日も見れた。
ここはリゾートみたいだ、と思った。イスタンブールにいたときみたいに、何かを必死で求めちゃいけないのかもしれない。ゆっくりとお茶を飲み、土産物屋の店員との会話を楽しみ、風を感じる。それでいいのかもしれない、と思っていた。

けれどもそれが一転して、一面びっしりと白い雲で覆われると、カッパドキアへの感じ方も変わった。ここはただひたすら何もない、と思った。何もする事がない。どこにいっても寒い。そして孤独だ。それまで1泊を一緒に過ごした女の子とは、自らの意思で行動を別にしていたのだ。

私は前日のツアーで知り合ったトルコ人の好意で、その人と二人で2時間のトレッキングを終えていた。けれども、曇り空のトレッキングは、疲れるだけで楽しいものじゃなかった。しかもそのトルコ人がいい人なのかどうかさえまだ確信がなかったのだから、プライベートツアーに連れて行ってくれると言われても、どこかに疑心が私の中にあった。
それから会話は終始英語。なんだか、いろいろな事に神経を使うのに疲れてしまったのだ。
私の心は鬱々としていた。不安と孤独でつぶされそうだった。私の旅はこんなのでいいのだろうか?という疑問も抱いていた。

だから私は、その日の夜にカッパドキアを去ることに決めた。
その知り合いがバスの手配も手伝ってくれる時に「もう一泊いたらどうか?」と言ってくれたけれども、私はもうここにはいる必要がないと思ったので、はっきりとNOと言った。

バスの出発時間は、深夜の0時だった。遅すぎる・・・と思った。まだ8時間はあるじゃないか。ここで8時間も何をしろというのだ??私はもう今すぐにでも旅立ちたかったのに。

仕方ないので私は招かれるままに、仕事はジョッキーだ、という人の話相手になりながら、レストランのテラスでチャイを飲んでいた。

・・・と、その時である。
一面真っ白な雲で覆われていたはずの空が、西の方からオレンジ色に染まりだしたのである。「サンセットだ!!!!」と私は思った。今日、こんな天気の日に見れるなんて思わなかった。しかもそれは、見る見る間に赤く染まっていき、濃い色味を増していった。

これは撮りにいくしかないと思った。私はジョッキーにつたない英語で「写真撮ってくる!」とだけいって、駆け足でその場を去った。ジョッキーはただ笑顔で頷いた。

私はとにかく走り続け、上を目指した。
上へ、上へ、もっと高いところへ。あの夕日が一番良く見えるところへ。
どんな坂道でも、そう、道さえなくても、私は白い土の壁のような坂を這いずるようにして上り続けた。
人の家かもしれない。危険エリアかもしれない。行き止まりかもしれない。
それでも何でもよかった。とにかく私は一番高いところを目指したんだ。

そして、、、、そこには、この町の頂上があった。
広く平らなその場所は、きっと晴れた日の夕暮れには沢山の人が夕日スポットとして訪れているのだろう。でも今日は、当然誰もいなかった。こんな場所があるなんて全く知らなかった。

冷たく強い風が吹き付けてくる。さっきよりも沈んでしまった夕日に向かい、私は1秒さえ惜しむように、とにかくシャッターを押し続けた。

曇り空の中に奇跡のように現われたその赤い夕日は、快晴の日に見たどの夕日よりも色濃く、美しかった。それはなんだか、今日の私と重なって見えた。この不安と孤独があるからこそ、一層美しく輝く何かに出会えるのだと、そう教えられているようだった。
私は涙が止まらず、そこにしゃがみ込みながら、声を出して泣いた。
そして、シャッターを何度も何度も押し続けた。

そこからは、私が悩みを抱えながら過ごしていたこの町の、全てが見渡せた。
答えが見えたような、全てが見えたような、そんな気持ちになった。

私の涙は孤独の涙だったのだろうか?
いいや、私は何かに感動していたのだ。
その夕日は、確かに何かを私に伝えてくれたのだ。

その赤く染まった町並みは、今でも私の記憶に鮮明に残っている。

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photo by mamiya2

【トルコ旅行記】 初日〜イスタンブールにて

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日本を出てからわずか24時間で、私は既に多くのことを後悔していた。
空港からホテルへたどりつくまでの間も、いくつかの判断や決断を迫られドキドキハラハラの連続で、ホテルの部屋に入ったときにはどっと疲れていた。チップ欲しさなのか、ベルボーイが部屋の中でテレビの説明をしてくれたりしてたけれども、英語のわからない私には余計なお世話でしかなく、チップどころか早く出て行ってほしかった。

本当だったらすぐにでも寝たいところなのだけれど、明日から独りであるわけだから、全てを自分でやらなければならない。まだ殆ど使用していないお金の計算、地球の歩き方を見てこの国の習慣や両替などを把握しておくこと、時差の確認、明日の朝まず何をすべきかの再考と、ホテルの従業員にたずねるべきこととその英語を調べたりと、とにかく落ち着かなかった。

私は不安の真っ只中にいたのだ。
ここは日本じゃないし、日本の常識は通用しない。
とはいえ、何が通用し、何に気をつけ、どこが抑えるべきポイントなのか、それすらも全くわからないわけなのだから、ある日突然巨大迷路の中に放り投げられた気分である。気がつけば真っ白な空間にいる。左右を見るとずっと道が続いてるけれども、これは何なのか?どこなのか?勝手に歩いて出口を探していいものか、それともどこかに罠が仕掛けれていて危険なのか?そういう事も全くわからない状況に似ている、と思った。 

だからか、やっと足を伸ばして眠れる・・・と思ったけれども、私は何度も夜中に目を覚ました。そして、あまりすっきりしない頭のまま朝を迎えた。朝食まではまだ1・2時間はある。もう少し眠ろうと思っても、頭が何かを考えだしてしまうので、無にしてそれ以上は眠ることができなかった。とりあえず湯船に入ろう、と思った。私はお風呂が大好きなのだ。

湯船につかる。すぐに何かが違う、と思う。
そうだ、全くリラックスできないのだ。
見慣れない、ちょっと影のある(様に感じる)バスルーム。5000円は出してるホテルのはずなのに、その作りのところどころは煩雑だった。日本の高級ホテルはさすがだなと思った。細部まできっちりと手を抜いていないもの。

本当だったら湯船に浸かって「あふ〜」とかいいながら、お湯の温かさに身を委ねたいところ。けれども誰もいないことの不安、誰かが入ってくるかもしれない不安、これから朝食はどこで食べればいいんだ?という小さなことから、これからどうやって旅をしていこうという事まで、いろいろ考えてしまうので落ち着かない。

とりあえず、朝食を食べたら、この部屋を出よう。
気持ちの中ではずっと篭っていたい気分だったけれども、それじゃあいけないと自分を正す。まずは外に出て、自分のおかれてる状況を把握するのだ。今の私は想像の中だけでしか判断材料がないのだから、どんなに考えめぐらしても、何も状況は変わらないのだ。良いほうにも、悪いほうにも。

実は今日の14時に、先にトルコへ来ている友人とおちあう約束があった。
今の私にとっては、それだけの心がよりどころだった。
といっても旅行中ずっと一緒にいれるわけではなく、彼女は明日帰ってしまう。それでも誰も知っている人のいない異国の地で、以前から知っている友人と会えるという事実は、私をとても勇気付けた。

朝食はホテルの最上階で、テラスのある可愛らしい場所だった。
初めてのトルコでの食事。ビュッフェ形式であることはわかるけれども、どうセレクトしていいかわからない。トマト、きゅうり、オリーブ、チーズ、ジャム、、、とりあえず適当に見繕い、お皿に乗せる。マヨネーズはないのか?と思い見回すが、周囲には塩と胡椒しかない。仕方なく、全ての食品を味気なく食べた。パンにジャムを塗って食べたときだけが、一番美味しかった。
宿泊者に日本人はおらず、みんなが私を一斉に見た。行動を監視されている気分だった。私は食べたりないにも関わらず、食事を終えた。自分って小心者だなって改めて思った。

それからチェックアウトをした。
フロントに荷物を預かってもらえるかを、持ってきた英会話ブックで言葉を選びながら慎重に頼むと、すんなりOKだった。ほっとした。

ホテルを出ると、みんなが私を見た。そして、ホテルを出てからたったの3分で声をかけられた。あるときは英語で、あるときは日本語で、、、、。日本語が話せるトルコ人なんて、怪しい以外の何者でもない。聞こえないふりをして歩き続ける。今は誰が危険で、誰がそうじゃないかなんてわからないのだ。その時の私には、トルコ人の8割が私をどうやって騙そうかと考えているかのように思えた。それでも私の歩幅に合わせて話しかけてくる人がいたり、どう考えても10代か20歳そこそこの男の子はまだ安心だろうと、話を聞いてみる。もしいい人だったら失礼だし、全てをシャットダウンしてばかりでは、旅へ来た意味がないのだと思ったから。

彼は英語で、近くに僕のお店があるから来ない?といっていたようで、絨毯屋へ連れて行かれた。
こんな若いのに客引きをしていたのか、と再び警戒モードに入る。お茶を飲んでかないかといわれたけど、お店の中にまで入りたくないから断った。私が歩き出すと、いつの間にか彼の兄に相手がチェンジしていた。
私が友達と待ち合わせてるからと断ると、それは女の子かと確認し、そうだというと、じゃあ二人で相談してOKだったら、僕の友達と4人で遊ぼうといわれ、私のノートに一人目の電話番号が記された。なんだ、ただのナンパか。

待ち合わせ時間の14時まではまだ時間があったから、早めにロビーへ行って本でも読んでようかと思ったけど、きっとそれじゃいけない。その時間内で、できる限り街を散策するのだ。

そして私はイスタンブールの街を右へ左へと歩き回った。
ガイドブックと照らし合わせて、位置感覚を掴み、街と自分とを徐々に慣らしていった。
その間もみんなが私を見、すれ違いざまに「ジャポヌ」という会話が聞こえてきた。私のことを噂してるんだ。

そして時間近くなったので、待ち合わせ場所の数分前に私は到着した。
だけれども、14時になっても彼女は現われなかった。

私は途端に不安になった。途切れがちなメールでの時間と場所のやり取りだった。。もしかしたら変更があったのかもしれないし、このホテルじゃなかったのかもしれない。インターネットショップを探してもう一度メールの内容を確認してみようと思ったけれども、そんなことをしている間に彼女が来たらどうするのだ。今は信じて待つしかないのだ。

待ち合わせ時間から15分ほどが過ぎた。
ホテル内に別のロビーがあるのかも?と思い、少し探してみる、、、と、入口のほうで何やらドアマンとお客さんが話しているような声が聞こえる、、、、、、、、!!!!!!!!!いた!!!!
二人は声をあげて再会を喜んだ。もしかしたら、彼女も一人で心細かったのかもしれない。
私は本当に嬉しかった。まるで、世界中で家族や知り合いという知り合いが全て殺され、残されたのは二人だけ・・・みたいな気分だった。

まだ来てたったの1日なのに、私は話たいことが沢山あった。そろそろ旅を終える彼女は、それ以上に話があった。歩きながら、二人の会話は留まることがなかった。

そして私は言った。
「もう本当に帰りたい。」と。


・・・・・・・・・・・・・
すいません。文章に脈絡がなくなってダラダラしてきたので、日記形式はやめまーす!
途中ですみません。
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アッチ岸の優しさ

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人が人を判断するひとつの指標として、”優しさ”があげられる。
けれど、本当に優しい人って、どんなんだろうね?



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幼稚園

20041016_youtien

子供の頃の記憶って、すごく曖昧だ。
全部が夕焼け色にもやがかっていて、そして少しブレている。

たまにそれらの記憶は、
勝手に自分の中で作られたものなんじゃないかと、自分を疑う。

でもその予感は、きっと高い確率で当たってるんだろう。
そういうものなんだ。

 
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