今日の一枚 part

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もしも風船のように空に浮かぶとしたら

JUGEMテーマ:写真
20100401_fusen

photo by mamiya2

叔母がついに永久の眠りについた。

その連絡を受けた後、私は帰りの電車の中や、シャワーを浴びながらや、
テレビをぼぉっと見ながらも、ふと最後に会った叔母の姿を思い出していた。

足が悪そうだった叔母さん。
あの頃から具合が悪そうだった。

せっかく来てくれたのになにも用意できなくてごめんねと言って、
お寿司の出前をとってくれたり、屋台のタコ焼きを買って来たらと叔父さんに言っていた、叔母さん。そうだ、あのとき家の前の道路はお祭りで賑わっていた。確か秋だった。

庭に生えている柿の木にたくさん実がなっているんだけど、
私たちじゃ屋根の上には手が届かないから持って行っていいわよ
と言っていた叔母。

私がお転婆に登ってたんまり摘んできた柿を見て、
もうニコリとするのも辛かったのか、昔のような豊かな表情は影を潜めていたけれども
あらたくさんとったわねと言っていた叔母。
それが一年半前の記憶だった。

そして、幼かった頃の記憶にある叔母さんや、
おはぎを作ってくれた叔母さんなど、
記憶の中にある叔母さんが総動員して、
私の頭の中に映像としての叔母が生き続けていた。

叔母のお葬式は、週末に行われることになった。
死後四日ほど経ってからのお別れである。
祖母の時と比べたらやけに時間が空くなぁと思っていたら、
そうか、たくさんの友人が来れるようにとの配慮なのかもしれないと思い至る。

そして気づく。
そうか、この知らせを聞いて、叔母のことをみんなが同じように思いだしているんだろうということを。
みんなが同じように自分だけの記憶にある、あんな叔母やこんな叔母を思い出しているんだろうということを。

いま、この瞬間。
もしも人々のイメージしたものが映像となって風船のように空へと浮かんでいたならば
きっとあらゆる叔母があちらこちらで浮かんでいるに違いない。
いま、この瞬間。きっと。

それはもしかしたら、風船を数えて比較したとしたら
叔母の人生史上では最多かもしれない。

お通夜の席では、酒を酌み交わしながら故人の話をして身送るという。
その瞬間、叔母の体の最も身近な場所で、
最もたくさんの叔母が映された風船が、
ぎっしりと浮かんでいるんだろう。

もしも魂というものがあるならば、
もしも叔母が天井の片すみから私たちを見下ろしているとしたならば、
きっと叔母にもその風船がぎっしりと見えてるに違いない。

親しかった人間みなで叔母の冥福を祈り別れを惜しむ。
それは、確かに、最も良い見送り方かもしれない、と思う。

安らかな眠りについてください。



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