今日の一枚 part

My style,My life 〜心に響く写真を、心に残る何かを。

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

photo by スポンサードリンク

隣のトトロ

20051210_shadow



「ところで、マミヤさん、いつもsimulationを、”シュミレーション”って、間違って言ってますよ。」

その人が作った資料について質問をしにいくと、突如としてそう切り返された。

「え?どう違うんですか?」

「正しくは”シ・ミュ・レーション”です。シュミレーションじゃなくて。」

と、不器用さを思わせるゆっくりとした口調をさらに緩めて、彼は”シ・ミュ”を強調して発音した。

たどたどしいけれどしっかりと発音をするその話し方は、巨大な草食動物と研究者を足して二で割ったようだと思う。
そう、イメージでいうと、彼の台詞には句読点が多いかんじだ。そのくらい、ゆっくりと、発音する。




photo by mamiya2
JUGEMテーマ:写真


 

私がトトロとあだ名をつけたその人は、
その名のとおり、大きくて、丸くて、緩慢とした動作をする極めて攻撃性の少ないタイプの人だ。

日本の頂点にある大学を卒業し、一流企業で一流の仕事をしてきたその人は、
やっぱり仕事のクオリティも一流で、そして人間性もまずまずなんじゃないかと私は思っている。

「ええ!?”シュ・ミ”じゃなかったの!?」

私が素直に間違いを認めると

「英語では、simulationですから、”シ・ミュ”ですよ。」

と、にっこりと、というよりも、
どちらかというと悪戯を見つけたときのような子供っぽさの残る笑みを浮かべて、その人は言った。

その笑顔はずるいと思う。
何を言われたって、憎めない。
その笑顔とあの話し方の掛け合わせは最強だ。

そして私は、その人に間違いを指摘されたり、叱られたりするとなぜか嬉しくなるのだ。
それはきっと、自分のダメなところも全部受け容れてくれた上で、
指摘するという形で向き合ってくれていると感じるからかもしれない。

そもそも他人の間違いを指摘するというのは、とても面倒くさいことだもの。
誰がこの先なにを間違おうが、それゆえに恥をかこうが、自分には関係のないことだと切り捨てることもできるのだ。
また逆に、些細な人の間違いをあげつらねて、優越感に浸る人もいるだろう。

けれど彼はそのどちらでもないように感じるのだ。
だから、指摘されて心地いい。

それは単に研究者肌な彼が間違いを正さずにはいられない性分なのと、
子供のように無知な私を「しょうがないなぁ」という保護者のような気持ちで見ているってだけなのかもしれない。
でも、指摘されて心地いい。


そして翌日になり、彼が作った分析資料を元に私が説明をするミーティングがあった。
そこには私たちにとってリアルタイムな話題である「simulation」という文字が、偶然にも4箇所ほどに散りばめられていた。

そして私は仕事顔で、今回の分析の主旨などから話し、プレゼン対象に説明をすすめていく。

「・・・以上のような観点で、過去実績のデータを元にシミュレーションを、、、
 シ!ミュ!レーションを、たててみました。」

と、私が「simulation」という字を間違わないように、もう一度ゆっくりと強調して言いなおすと、
会議室の端で大きな体を目立たないように潜めていたトトロが、ぶぶっと体を揺すって笑った。
そう、いたずらっ子のような笑顔で。

そして彼がなぜ笑ったのかを、当然その場にいる誰もわからない。
不思議な顔でみんなが彼へと振り向く中、私は一瞬だけ子供の顔に戻り、彼にいたずらっぽく笑いかけた。

 

 

 

<< 日本海 | main | 重力ピエロ -伊坂幸太郎 >>

スポンサーサイト

photo by スポンサードリンク









blog information

>> Latest Photos
>> Recent Comments
>> Links

このページの先頭へ

無料アクセス解析