今日の一枚 part

My style,My life 〜心に響く写真を、心に残る何かを。

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絶望からの向日葵

 
himawari


  
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鼻と鼻を突き合わせて

 


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その、刹那。



人を好きになるのに理由なんてないように、
何かをやりたいと思う事にも
理由なんてないんじゃないかと思う。

大人になると、やりたいと発言するのにも、そこに建設的な理由や、将来につながる見通しがないと認められないところがある。

だから”やりたい”を言うために、後付けで色々な理由を考えることになる。そしてその理由に矛盾なく筋道をたてるために、やりたい事自体も少しだけ形を変えなければならなかったりする。

結果、何を聞かれても答えられるロジックは組めたし、立派な大義名分を振りかざす事はできた。
だけど答えながらも自問自答してる。『本当にそれがしたいんだっけ?』と。
周りの大人は誤魔化せても、自分の気持ちは誤魔化しきれない。


もう、繕わないで、衝動に素直に生きよう。
それが結果的に周囲の大人から見て、刹那的だと言われようが、私はもう人生を迂闊に踏み外すようなステージにはいないのだから。

将来の事ばかりを考え、保守的になっても、人生は計画通りになんてならなかったし、結果やれなかったことへの悔恨だけが残ったのだから。

過去の自分には感謝してるよ。
手堅く地道に生きてきてくれたから、今の私がいるし、道を踏み外さずに衝動的に行動できる余裕もあるのだと思う。だから。



人を好きになるのに理由なんてないように、何かをやりたいと思う事にも理由なんてない。

だから、せいいっぱい”刹那的に”生きるんだ。




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左の谷、右の山。

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20110502_canbodia



それは違う。

それは環境のせいじゃなくて、
全てを環境のせいにしてきた自分のせいだ。

強く、まっすぐであれば、それは乗り越えられたはずだし、
君の現在はもっと違ったはずなのに。

それは環境のせいじゃなくて、
単に自分が環境に負けたんだ。




写真は、canbodiaのPre Rupから見た夕日。




 

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東日本大地震で見る希望




3月11日金曜日14:46
私はオフィスで仕事をしていました。

地震はよくあるもの、と認識していたので最初は普通に仕事をしていましたが、その尋常じゃない揺れ、長さに只事ではないと思い、机の下に隠れた。
小学生の頃に教えられて以来、訓練以外で机の下に入ったのは初めてだったと思う。

オフィスの階段の壁には、大きなヒビが入っていました。驚いた。これはいつもの地震ではないと、それを見て改めて実感したのです。

一度帰宅難民になり、やっと家に帰り着いたのは翌日になってのこと。それからはつい状況を知りたくてテレビをつけるのですが、悲惨な映像、そして原発の説明が繰り返され、ずっとみているとなんだか憂鬱になってくる。

帰宅難民になっていた頃は、スマートフォンだけが情報源だった。TwitterやFACEBOOKは以前からやっていたので、主にそれらから情報を収集していた。そしていまテレビを見ていて思うのは、テレビよりもそこからの情報の方が前向きなものが多く、有益だったということ。

もちろん現状を知ることも必要だ。けれど、これらのネットの情報には、さらに「私たちはどうしたらいいか?全体の為に何ができるか?」という前向きな情報が載っている。

私は東京に居て、正直被害は少ない。ライフラインは生きているし、最も大きな影響は一時的な交通機関の麻痺だと言っても過言ではないと思う。そんな私たちができることは微力。けれども、節電、寄付、情報の流通、できることはある。見ていると憂鬱さ、不安だけが増すテレビに比べ、何かしようという気持ちにさせてくれるし、実際みんなの相互扶助やひとつにまとまった気持ちが伝わってくる。
それをみていると熱い気持ちになってくる。

そこには絶望では無くて希望がある。
感動した。

そして、日本人であることを改めて誇りに思った。
海外メディアは今回の件について、日本人の冷静さ、モラルの高さを賞賛している。

何かあればそれに乗じて略奪などの人的被害の方が大きい他国に比べ、充電器の無料配布、飲料水の無料配布、インフラの回復に向けた努力、トイレや避難所としての開放など、全体は閉じるのではなく開く方向に動いている。

私はいろいろな国を旅してきたけれど、その度に、日本人はホスピタリティが高いなぁと思ってきた。
それが、主観だけではなく裏付けができた気分だ。

世界から見て、言いなり、意思がない、働き蟻、と悪い方向に言われがちな日本人の性質だったけれど、そう、そうだよ!こういう災難時でも相手のことを思いやり、全体の為に一丸となって結束することができる人種なんだ!と良い面が浮き彫りになったと思う。

世界唯一の核被爆国、地震大国、津波の危険にさらされた島国、数々の災難を乗り越えてきた日本。むしろ、その度に発展をしてきたんじゃない?

マグニチュード8.8
国内最大、1900年以降では、世界五番めの大地震。

大丈夫。
私達は乗り越えられる。
政治不信が強まり、中国にGDPを抜かれ、世界的に微妙な立場になってきたいま、これを機にこれまでのように、日本人同士で足を引っ張りあうのではなく助け合う力を、批判し合うのではなく励まし合う力を発揮して、日本が立ち直るきっかけに変えられるんじゃないかと期待している。
そして、自分の国を好きになる日本人が増えるんじゃないかと思う。

私は祈っている。
そして恐怖にとらわれるのではなく普段通りの生活をしながら、
冷静に判断をしつつ、私にまずできることをしていきたい。




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孤独

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20071209_sora


「孤独であること」と、
「ひとりで居る」ことを混同して会話されていることが多いような気がする。

「寂しいから、恋人が欲しい」と考えている人が多いけれど、
恋人ができたからといって、孤独ではなくなるわけではない。
むしろ、その人との関係性次第では、恋人がいるからこそ余計に孤独を感じる事がある。
例えば不倫が後を絶たないのは、それを最も良く表していると思う。

そして、孤独を埋めようと次から次へと恋人を変える人は、どんどん孤独の深みにはまっていってしまう。
もしくはとりあえず大勢のパーティーの中へ身を置いたところで、きっとより強く孤独を感じるに違いない。
それは自分がそのような浅い関係の人ばかりを増やしているのだから当然の結果といえる。

「ひとりで居たくない」のなら、誰かと一緒にいればいいと思う。
けれど「孤独になりたくない」のなら、それは誰かと一緒にいることで解消されることではない。

言うなれば人間は一生孤独な生き物だから、
孤独から逃げようとしたところで、どんどん孤独感がまとわりついてくるだけ。

だからいっそのこと、ひとりになってしまえばいいと思う。
ひとりの時間を楽しめるようになった時が、孤独から解放されている時だと思う。
そして、人との繋がりを強く感じることができる瞬間が、訪れると思う。

私はよく一人旅に行く。
それは、決して好んで行っているわけではないのだけれど、自分のやりたい事をやれるチャンスを逃したくなかった結果なだけで、勿論タイミング良く同行できる人がいたらウェルカムだ。

けれど、ひとりでマチュピチュを見下ろしている時、
ひとりでサハラ砂漠が夕闇に染まっていく様を眺めている時、
ひとりでアンコールワットからのぼる朝日を眺めている時、
私はひとりではあるけれど孤独ではない。

正直、誰かと共有できたら何よりも嬉しいな〜と思う。
けれどそれは孤独とはまた違うもので、
むしろ、ひとりでいるからこそ「私には帰る場所がある」「待っている人がいる」と、
人とのつながりを強く意識する瞬間でもある。

日常生活の中で、「他人とのつながり」を意識することってあまりないと思う。
けれど、一人きりになってこそ色濃く感じるつながりは、孤独ではないという事を教えてくれる。


 

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天高く輝く星という象徴

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形を変えず残る言葉。そして、形を変えて届く想い。


20101119


最近、鞄の中には何かしらの小説が入れてあったのだけれど、
旅行が近くなって、その前に片づけなければならないことが山のようにありすぎて、そちらに集中するために小説断ちをしていた。

けれどやっぱり何か読みたくなって、ついつい引出しをあけてみると、そこには過去に読み終えた小説たちが整然と並んでいた。
その顔ぶれを眺めていると、もう一度読みたいと思うものと、そうでないものがはっきりと二分されるのだけれど、そこには実はまだ解読しきれてなかったり、もっと深い意味があるんじゃないか?という感覚を漠然と抱きつつも、その時の自分にはうまく呼応する経験なりボキャブラリーがないままにページを閉じたものが「もう一度読みたいと思わせる作品」ってやつだったかもしれない。
気付けばそれらは名作と言われているものにだいたいが該当する。


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何も吹き抜けない大地

20070925_sabaku




懐疑心からは何も生まれない。


そもそも懐疑心とは、何も起こらないようにするための砦だから。


失望も裏切りも、気づきをもたらしてくれる出会いや心強い賛同さえも。

 


暖かい風も冷たい風も、


春の訪れを告げる花の香りや、子供が戯れるシャボン玉も。


何も吹かない大地になるだけだ。



 

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ふわふわ漂う綿毛の自由さ

20090613_flower


綿毛が、ふわふわと飛び交う季節になりました。


綿毛が、空へ羽ばたいていく景色を見たのは、いったいいつが最後なんだろう。

いまは、記憶の中だけの、景色。


そんな景色が、頭の中にはたくさんある気がする。

希望は、見ようと思えばいつでも見れる、ということ。

けれど、見ようとしなければ、気づかぬ間に、失っているのかもしれない。


希望だけじゃ、いつまでも成立しなくて、

行動を起こすという事が、きっと、大事。



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