今日の一枚 part

My style,My life 〜心に響く写真を、心に残る何かを。

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「私の男」読了





「私の男」
小説を読了し、映画を観了した。
 
小説では、現在から過去へ
映画では、現在から未来へと話が進む。
 
小説では、進むごとに次々と新しい事実がわかり、二人の理解を深めていくというものだけれど、
映画では、進むごとに二人の関係性や心の移り変わり、そして花の成長を感じる。
 
淳悟が花を振り回したのか
花が淳悟を振り回したのか
それは結局のところわからない。
 
小説では、淳悟がその切欠を作り、子供だった花はそれに洗脳されたように描かれているが
映画では、花が淳悟の欠損部分に気付き、それを埋めるために自らを差し出し骨抜きにしたように感じる。
 
淳悟は母に愛された記憶がなく、花は父に愛された記憶がない。
それぞれ家族観に対して欠損したものを持った者同士が出会い、
そのぽっかりした穴を埋めるようにお互いを必要とし、
愛情の確認や表現方法が、【交わる】ということだった。それだけ。
 
小説は生々しい描写が多いけれど、
映像は、雪の大地や二階堂ふみの演技力のためか、非常に美しかった。
 
映画の結末では、花は妖艶な大人の女性になり、淳悟はボロボロの生きる屍になった。
見つめ合うふたり。その時に一瞬リピートされる、若き日のふたり。
無垢な花はまっすぐ淳悟を信頼し、淳悟は花を大切に大切に思っていた頃の。
それは、とてもキラキラして輝いていた、日々の記憶。
 
このキラキラとした日々は、実の親子であるという真実と、
それを隠すための殺人という後ろめたい行動によって、形を変え損なわれていった。
 
もしも二人が、16という年齢差があったにせよ、
赤の他人であり、普通に出会い、普通に恋愛した二人だったなら、
このキラキラした日々をずっと維持することができただろう。
 
禁断の愛、なんて、私にはわからないし共感することもできない。
けれどわかることがただひとつあった。
それは、相手を想う気持ちだ。
 
淳悟にとてもとても大切にされることの嬉しさと温かさとくすぐったさ
淳悟をまっすぐ心から信頼し、大好きで大好きでたまらないという気持ち。
 
それが、私には、わかる。
まさに、旦那に抱いている気持ちがそれだからだ。
 
彼の隣は温かくて安心できる場所で、大好きで好きで好きでたまらなくて
ずっと一緒にいることを疑わなくて、くっついてたくて、
1mmもこの人が自分から離れていくなんてこと想像できなくて。
 
そういう存在の人と、みんなから祝福される形で結婚し
何も後ろめたいものもなく同じ時間を紡いでいけること。
そのことを幸せに思った。
 
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2012年を振り返って



大晦日の朝、ふと目が覚めると、心臓がものすごい早さで鼓動して胸が苦しい。

嫌な夢でも見てたのだろうか。
いつも映画のように明瞭な夢を見る私なのに、そんな時に限って覚えてない。

けれど最近同じように苦しい目覚めを繰り返していることは自覚している。
そうか、今年は、そのとおり苦しい一年だったのかもしれない、とふと思う。



 
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「レ・ミゼラブル」



エンディングロールが終わり、館内が照明で照らされたあと、どこからともなく拍手が沸き起こった。それは拍手を送りたくなるほど、本当に素晴らしい映画だった。


恥ずかしながら、そのタイトルは聞いたことあれど、ミュージカルを見たことはこれまで一度もなかったし、ゆえにストーリーもよく知らなかった。
だから物語が進むごとに、バルジャンと幼いコゼットは、これからどんな数奇な運命に巻き込まれて行くのか、ハラハラドキドキしながら見ていた。不安になったり安心したり、執念深く付きまとうジャベールに心の中で舌打ちしたり、とにかく常に緊張感の中にいるのだけど、逃亡と革命という二つの物語が交わり、胸の高まりもいよいよ最高潮に達していく。そして胸の中にこれ以上はもう入らないよーっていうくらいにパンパンに感情が詰まった状態のまま、物語は幕を閉じる。

うまくいえない。一言じゃ言えない。正義、愛情、信念、希望、友情、、、なんでこんなに感動するんだろうと振り返ったとき、そこにはあらゆる種類の美しい感情が詰まっているからなんだと思った。悪役はいても、悪人はいない。

思い返せば印象深いシーンはたくさんあるのだけど、ふと感じたのは、憎しみの中で生きてきたジャベールの人生に彩りがさしたのは、コゼットへの愛なんだなぁと。生きる希望はコゼットなんだなぁと。いつだって感動する物語には、愛がある。逆にいえば、愛なくして心の琴線に触れる物語はなしえない。

うーん、文章にすると当たり前のことなんだけど、コゼットをテナルディエから引き取り立ち去る馬車のシーンで実感したんだよね。それまで灰色のフィルターがかかったような画面に、あ、色がさした、と。

何かを守りたいという愛情。
何かを変えたいという大志。
何かを貫くという信念。
何かを信じるという祈り。
何かを許すという慈愛。

まぁ、もう見てよ。(笑)
それがここでダラダラと語るよりも、一番早く共有できる手段だから。

ただいえるのは、
最後は、誰かに対する憎しみの中で死ぬよりも、
誰かに対する愛情の中で死にたいと思った。





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「どうしようもないほどうるさくて、ありえないほど近い」


osuka



子供の頃、"親に見られたくない何か"を隠し持っていた人は結構多いのではないだろうか。

 
私はというと、確か日記をつけていたように思う。

他には幼いながらに夢見ていたものがあり、それを知られるのが恥ずかしくて、こっそり集めた纏わる資料などをタンスの奥の方だったり、あるいは意識しなければ気付かないであろう本棚の隙間に忍ばせておいたように記憶している。

 
「きっと、ママは知らないはず」

 
自分が隠した場所は、当然見つからないと確信している場所を選ぶわけで、幼い私はそんな自信を持っていた。

これは誰も知らない私だけの秘密であると。

 
けれど大人になってから振り返れば、あの頃は限りなく世界が狭かったなぁと思い出す。自分の生活するスペースや行動範囲なんてたかが知れていたし、お金を持たない分、所有する物だって限りある。それは大人になった自分から見れば、小さい小さい世界。そんな小さい世界の中のどこに何があるかなんて、大人からすれば手のひらを眺めるように容易いものだろう。



 


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絶望からの向日葵

 
himawari


  
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きっといつかどこかで誰かに

 tubaki


 
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鼻と鼻を突き合わせて

 


5482lime



 
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ちっぽけな空

01 


もし自分から見える空がちっぽけだなって思うなら、
そこから動かなきゃ変わらない。

沢山のしがらみや思い込みで自分を囲っていたら
そりゃ大きな空も小さくなるよね。
無限の可能性も有限になるよね。

そこから見える空はがんじがらめになった自分の空。
だから、一歩、二歩進んでみれば、きっと空は広がるはず。

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写真展を開催します。[10.31-11.12]

work 

ずいぶん久しぶりになってしまいましたが、
今度通っているワークショップのメンバーと一緒に写真展を開催することになりました。

■日程:10月31日(月)〜11月12日(土) 
■時間:10時〜19時 (日祝日休廊)
■会場:NADAR(ナダール) 
     http://nadar.jp/tokyo/info/access.html
■交通:渋谷駅徒歩6分
※opening party11/5

全てフィルムで撮った写真を各自が暗室でプリントした写真です。
個性豊かな写真たちが見れますので、ぜひ遊びにきてくださいね。

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その、刹那。



人を好きになるのに理由なんてないように、
何かをやりたいと思う事にも
理由なんてないんじゃないかと思う。

大人になると、やりたいと発言するのにも、そこに建設的な理由や、将来につながる見通しがないと認められないところがある。

だから”やりたい”を言うために、後付けで色々な理由を考えることになる。そしてその理由に矛盾なく筋道をたてるために、やりたい事自体も少しだけ形を変えなければならなかったりする。

結果、何を聞かれても答えられるロジックは組めたし、立派な大義名分を振りかざす事はできた。
だけど答えながらも自問自答してる。『本当にそれがしたいんだっけ?』と。
周りの大人は誤魔化せても、自分の気持ちは誤魔化しきれない。


もう、繕わないで、衝動に素直に生きよう。
それが結果的に周囲の大人から見て、刹那的だと言われようが、私はもう人生を迂闊に踏み外すようなステージにはいないのだから。

将来の事ばかりを考え、保守的になっても、人生は計画通りになんてならなかったし、結果やれなかったことへの悔恨だけが残ったのだから。

過去の自分には感謝してるよ。
手堅く地道に生きてきてくれたから、今の私がいるし、道を踏み外さずに衝動的に行動できる余裕もあるのだと思う。だから。



人を好きになるのに理由なんてないように、何かをやりたいと思う事にも理由なんてない。

だから、せいいっぱい”刹那的に”生きるんだ。




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